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いざ! 入学式

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ゆっくりと確実に季節は巡り、日本の桜に似たピンクの小さな花――――セリシールが満開に咲き誇り風にヒラヒラと花びらを散らせる時季となる。


「ヴィルヘルミナさま。馬車の用意ができました」

「はい。今行きます」

部屋の窓から花を愛でていたミナを、妊娠し大きくなったお腹を抱えたヒルダが迎えにきた。

「無理をしないでね」

「これくらい大丈夫ですよ。少しは動かないとダメだと、お医者さまにも言われていますから」

心配するミナに、ヒルダはニッコリと笑って返す。最近のヒルダは、聖母みたいな雰囲気がでて、日に日にきれいになっていくようだ。

(女性って――――母親って、不思議やな)

見惚れていたミナは、ヒルダが真新しいカバンを持とうとするのに気づき、慌てて彼女に駆け寄った。

「私が自分で持ちます」

「あら。まあまあ、お嬢さま。大丈夫ですよ。これくらい持てます」

「私が自分で持ちたいの。……だって、私も今日から学園の一年生なんですもの」

ミナが言い張れば、ヒルダは微笑ましそうな顔でカバンを渡してくれた。



――――ヴィルヘルミナ十歳。

無事に入学前の魔法属性検査を終えた彼女は、今日から学園に通うことになっている。

同じ検査で二属性持っていることが判明したルーノも無事学園に入学することになっており、年齢は一つ年上ながらも今日から同じ新入生だ。

わかっていたことだが、ミナの属性は当然光だった。
攻撃防御共に高威力な上、治癒系にも優れているという万能な希少属性に、家族一同が喜びに沸いたのはつい先日だ。

(……闇属性だって光と同じくらい万能やのにな)

むしろ攻撃力だけ見れば闇は光よりも優れている。
代わりに治癒が弱いがそれだって炎系よりずっと強い。

(なんで闇だっちゅうだけで、みんな忌避するんやろ)

皆から祝福されながらもミナの心は複雑だ。


この国の第二王子が闇属性だったことが、公然の秘密として噂になっているから。
ハルトムートは、どんな思いで今日の日を迎えているだろう。
彼の心情を考えれば心も沈む。


(そう……いよいよ、ハルトムートと対面なんやな)


最初の出会いをふいにしてから三年。
当然と言えば当然なのだが、この間ミナは一度もハルトムートに会っていない。
いくら貴族の令嬢とはいえ社交界デビューもまだの子供がそうそう王族に会えるはずなどないのである。

もっとも王妃の従妹である母などは何度か二人の出会いを演出しようとしたようなのだが、ハルトムートの都合が合わず果たせていなかった。

(ていうか、微妙に避けられていたような気がするんやけど? やっとの思いで日程を合わせても、当日になってお腹が痛くなったり急用が入ったりなんて……あからさますぎやろ?)

八歳や九歳の生意気盛りの男の子が、女の子――――しかも、自分の婚約者になりそうな女の子に会いたくないと思う気持ちはわからないでもない。
だからといって避けていいのかと言えば、それは違った。

(うちは伯爵家とはいえ勢いのある家やもの。少なくとも自分の気持ちだけで遠ざけていい家やない)

その点ハルトムートは、まだまだ子供なのだと思われた。

(まあ、実際子供なんやろうけど)

王族としては失格だ。

(そんなことしているから、闇属性やってわかった途端みんなにそっぽむかれたんとちゃうか?)

うがった見方かもしれないが、ミナはそう思う。

実際、ハルトムートが闇属性とわかった時、沈痛な表情を浮かべながら父の言動の端々には『言わんこっちゃない』という雰囲気が垣間見えた。
兄など、はっきりきっぱり『ざまあみろ』という顔をしていたのだ。
父のそれがハルトムート自身に対するものか、はたまた有能な父に対して仕事を無茶振りしてくる国王に対してのものなのかは、はっきりしないが。

(まあ、でもきっとハルトムートも、わがまま王子だったんやろな)

ミナは、まだ見ぬハルトムートの性格をそう予想する。
これはゲームでは垣間見えなかった裏事情だ。

(設定にあったんか、なかったんか? ……ううん違うな。そんなもん、もう関係ない。――――ここは、あたしにとってゲームやなくて現実なんやから)

これからミナが出会うのは、ゲームのキャラクターのハルトムートではなく実際に生きているハルトムートという名の少年だ。
ミナと同じ十歳の、たぶんわがままな王子さま。
今までちやほやされて、なのに自分の魔法属性が闇だとわかった途端、周囲から疎まれている。

それはとても哀れなことだった。

(属性なんて本人のせいやないのに)

ハルトムートの心情を思い、ミナはますます心を沈ませる。



そんな彼女を慰めるかのように(ニャア)という鳴き声が聞こえてきた。
今まさに出ようとしている部屋の奥にはクッションがあって、そこに黒い猫が丸くなっている。
しかしミナは、そちらを振り返ることはなく、自分の足元――――影の方へと視線を落とした。

(ありがとうナハト。私は大丈夫よ)

影に向かって心の中で応える。

部屋の奥にいる猫は、ヒルダや他の使用人を欺くためのナハトの幻影。
本物のナハトはミナの影の中にいるのだ。

魔獣であるナハトが、影遁と呼ばれるミナの影に潜む術を覚えたのは今から一カ月ほど前。学園に入学する準備を進めながら『いい子でお留守番してね』と繰り返し言い聞かせていた中でのことで、びっくりしてしまった。

(よっぽど『お留守番』が、やだったんやろな)

だからといって影遁を使えるようになるとは思わなかった。さすが魔獣と言うべきで、普段のんびりしているナハトの真価が垣間見えた瞬間だ。

ナハトに感心していれば、別の声が頭の中に響いてくる。

(ミナ、またお前はたいして敏くもない頭を悩ませるな。……いつもの能天気はどうした?)

声の発信源は制服の下につけているネックレスだった。
非常に失礼な内容の声の主は、言わずと知れたレヴィアだ。

(ひょっとして、それで慰めているつもりなの?)

(なぜ、私がお前を慰める必要がある?)

――――ナルシストな俺さま騎士は相変わらずである。

(脆弱な人間の子であるお前が、ない頭を振り絞りいくら考えても何もできはしないだろう。下手の考え休むに似たりと言うではないか。学園には私も一緒に行くのだ。何かあれば私が守ってやる。だからお前はいつも通り笑っていろ)

上から目線の言葉はバカにしているとしか思えない。
それでも、これはレヴィアなりの最大限の慰めだった。
レヴィアと出会って一年あまり、悲しいかなこの手の発言をミナはもう聞き慣れている。

(……腹は立つけどな)

苦笑しながらミナは、制服の上からそっとネックレスに触れた。
妖精騎士の宿るネックレスは、ほんのり温かい。

(ありがとう)

(主を守るは騎士の務め。礼には及ばん)

レヴィアの言葉を聞きながら、ミナはドアを閉める。



「ミナ! 用意はいいかい?」

その時、玄関ホールからアウレリウスがミナを呼ぶ声がした。
ミナより四歳年上の兄はラキセラ学園の五年生。
今日は、入学式の会場までミナの付き添い役をしてくれることになっている。

本当は両親が一緒に行く予定だったのだが、今朝になって、突如外せない用が夫婦ともにできたらしい。入学式には遅れて参加するということで、ミナに謝りながら先ほど出かけて行った。

「お父さまお母さまが揃ってご用なんて珍しいですね? お兄さま」

「心配かい? ミナ、大丈夫だよ。私がきちんとミナをエスコートするからね」

玄関ホールについたミナの顔をのぞきこみ、アウレリウスは安心させるように笑ってくれる。
今日から妹と同じ学園に通えるということで、彼はとても張りきっているのだ。

ミナも嬉しそうに笑った。

「頼りにしています。お兄さま」

「ああ。十分に頼るといいよ」

わざと気取ってそう言ったアウレリウスが、ミナに手を差し伸べてくる。


「入学おめでとう。ミナ」


あらためて言われたお祝いの言葉にミナは笑みを深くした。

こうして彼女は学園の入学式を迎えたのだった。
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