世界の修正者は世界を守らない

レヴェント編・真紅の血鬼《クリムゾン・ブラッド》

３２．全ては目的のために

　垂れ下がった右腕に握られた菫色の妖刀が煌く。
　大量の血液を滴らせ、カツカツと地面を鳴らして踏み歩く。足元には真っ赤な水溜りができる……遠に、死んでいてもおかしくない出血量だ。
　一歩一歩ネビルスへ近づいていくと、彼は顔を歪ませる。
　先程まで全身に見えた裂傷などは既に消えている。壊れかけだったそのカラダは、元通りに修復されている。
　不可視の斬撃が一閃――飛来する。
　怪物はその斬撃を躱すことなく、胸で受ける。
　ズバンッ、と鮮血を撒き散らす。
　しかし、怪物は一切怯むことなく、淡々と歩みを続けた。瞬間、プシューと音を立てて裂傷が修復を開始した。
　「か、回復、魔法……」
　震えた声で呟く。
　だが、すぐに訂正するように声を上げた。
　「いや、回復魔法には時間が掛かる……斬られた瞬間に回復するなんて、聞いたことが――」
　「ん、当たり前だろ？　これは回復魔法じゃない」
　「っ――」
　驚いた顔でこちらに視線を向けて来る。
　ニヤッと笑みを浮かべて答える。

　「これはね――治癒魔術」

　「治癒……魔術？」
　「ＹーＥＳ！」
　少々狂ったテンションで答える。
　「治癒魔術。俺が使えるまず少ない魔術の一つだ。実はこう見えて俺、治癒魔術がそれなりに得意だったりするんだよね。ま、普段は魔力が足りなくて、擦り傷一つ消すことくらいしか出来ないんだけどね？」
　「じゃ、じゃあ、なぜ今は――」
　うふん、と再び笑みを浮かべ問いに対する答えを口にする。
　「簡単、魔力を補給したから」
　「魔力を補給……、！？」
　ハッと何かに気づいたような表情を見せ、首筋に手を当てる。
　「まさか、アマナイ、あなたは……――私を喰らって魔力補給を？」
　「Exactly！　大大大大、大正解っ！　アハ……アハハハハハハハハハハハハ――――ッ！」
　「く……狂ってる」
　目の前の怪物が行った行為に恐怖する。
　彼が行った行為は人というにはあまりにも人道外れ、人でなし、狂っている。異常に異常におかしい、よく人だと言い張れる、あまりにも人外的だ。
　アマナイ、彼が使用する治癒魔術は程度が知れている。それは彼が持つ魔力量の少なさ故、本人が言うように擦り傷を治せる程度のもの――しかし

　魔力がある場合は別だ――
　
　彼の治癒魔術は魔力が少ない故にその修復率が低く、大したことはできない。だが、魔力さえあれば、その治癒能力は一般魔術師の比ではない。
　修復速度、修復率共に並みな魔術師を超え、欠損した肉体すら修復させることが可能。
　これは医療知識による〝知識的な肉体への理解〟と転生を繰り返したことによる〝本質的な肉体への理解〟により、治癒魔術のみ優れた能力を誇っているのである。

　「アハ、アハハハ！　直るなら――壊れること前提で動ける。
　　治るなら――――死ぬギリギリまで戦える」

　刀を構える怪物、その姿はどこか悲しげだった。
　「あなたは一体――」
　「イカれてなきゃ――神は殺せねぇんだよ」
　左手で頭を押さえる。
　狂っているような様子でありながら、どこか嗚咽を抑えこむような表情を見せる。
　「弱いから弱いから……俺は、弱いから。だからだから、イカれてなきゃ。目的を果たせなきゃ、俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は……――何者でもなくなっちゃう」
　急激な治癒魔術による肉体回復に脳のリソースを割いた影響か、どこか不安定な様子の怪物。
　壊れた機械のような歩みでネビルスに接近する。
　「ああ、もうどうでもいいどうでもいい……とりあえず今は――」
　鋭い視線をネビルスへ向けた。
　「――お前を殺す」
　酷く純粋な殺意を向けられ、彼は狼狽えつつも微笑を零した。
　「なるほど、そういうことか、あなたは――」
　何かを察したような表情を見せ、再び不可視の斬撃と触手による攻撃を開始した。

　「人間なんですね」