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レヴェント編・真紅の血鬼《クリムゾン・ブラッド》

26.想定外

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 ふぅ――、魔道の発動タイミングはおそらくで予測できる。
 まだ詳細は理解していないが、詠唱という工程を印結びや書字印などにしている可能性が高い。詳細が不明な以上、ここで突っ込むのは利口とは言えない。
 チッ、初撃で殺し切れなかったのは痛ぇな。
 先程の一撃で決め切れれば、こんなにも頭を悩ませる必要はなかったが、魔法以外の神秘、その想定があまかった。
 見たところアイツの攻撃は〝風〟……基本の三属性、火、水、木の内、水属性の派生属性。
 記憶の片隅にある教科書の内容では、魔道も基礎属性等の原理は統一されている。そのため、属性による神秘発動の差異はそこまでない。
 あ~、クソ。もっと真面目に教科書読み込むんだった。
 一番肝心な〝工程〟を覚えていない俺は、ネビルスと距離を測りつつ、後悔を爆発させる。
 基本的に勉強好きではない俺の欠点が、今際に効いて来るとは……日頃の努力ってホント大切だね。などと反省しつつ、気持ちを切り替える。
 地面に剣を突き立て、真っ直ぐとネビルスに視線を向ける。
 「?」
 疑問そうな表情がこちらへ向けられるが、俺はその表情に答えることはなく、冷静な呼吸を零す。
 魔道発動の工程は不明……だが、推測として書字印が可能性が高い。先程の魔道を発動した際、奴の指は光っていた、あれはルーンの系譜にありがちな、魔術印を書く時に発生する余剰魔力だ。
 ゆったりと予測と推測を回し、対応策を構築する。
 先程の攻防を鑑みて、印の構築には推定二秒を要すると仮定。
 最善策はやはり、接近戦。距離を詰めて魔道の発動をさせないように立ち回る必要がある。
 「スぅ――、――――」
 息を吐き、心拍数をゆっくりと上げる。
 暴威による身体強化を速度特化に回し、二秒で奴と俺の距離を詰め切り攻撃を加える。
 身体強化レイズも付与したいが、魔力の消費は極力抑えたい。確実に一手で殺せない以上、手札の消費は抑えつつ、確実に行けるところで切りたい。
 だからここは――
 「天月流――」
 「おや?」
 様子の変わった俺を見て首を傾げるネビルス。
 深々と立幅スタンスを取り、短距離を走るスプリンターのように、速く走るために両脚へ力を込める。俺の正面からやや右側に、地面に突き立てられた剣がある。
 両手には何も持っていない。
 しかし、その体勢はどこか抜刀を思わせる不思議なフォームをしている。
 何も持っていない右手の剣に左手を添えるように、独特な形を構えを取る。ネビルスはこちらの動作に興味を示し、何をするのかとマジマジと見つめてくる。
 「――――、――――」
 二秒。
 推定距離――四十m。普通に走れば四~五秒、いくら暴威を使用している状態とはいえ、三秒以上は掛かる。ギリギリ魔道発動に間に合ってしまう。
 だが、これなら――
 両脚に力を籠め筋肉を隆起させる。同時、身体操作を滑らかに、動作一つ一つの無駄を消して複数工程を一手にまとめ、簡潔に動作を完成させる。

 「――――華閃かせん

 リミット二秒……長いな。
 「っ――!」
 視界からの喪失、発見に推定一秒。既に攻撃動作は終わっている。
 逆手に握った剣を振り上げたその斬撃は、見事に胸をパックリと切り裂く。鮮血、驚愕の表情がネビルスに浮ぶ。そんな中、俺は一言――
 「ジャスト――一秒」
 そう呟いた。
 ネビルスの認識全てを越え、圧倒的な速度で接近からの攻撃。
 動作始めから完結までに掛かった時間は。暴威発動による身体強化アリとはいえ、ノーマルの人間の限界を超えた高速の斬撃だ。
 走り始めネビルスに到達するのに0.5秒、斬撃に0.5秒。俺が出せる最速の一撃だ。
 ふぅ、タメが大きいから普段は当たらないんだが……。
 ニヤリと笑みを浮かべる。
 この男の油断が招いた一撃、俺の攻撃くらいどうとでもなるというその驕りが、お前を殺す。
 振り上げた剣を即座にクルリと回転させ、逆手から持ち替え斬撃。
 「っ――」
 回避させるが、もう距離は開けさせない。指先で何かを描こうとしたその瞬間、その腕を切り捨てる勢いで斬撃浴びせ、一切の行動を潰し魔道発動を阻害する。
 魔法使い……魔道使いである以上、接近戦の優位はこちらにある。多少剣や武具を使えようと、こっちは接近戦のエキスパート、多少程度の腕なら全て斬り捨てる。
 ネビルスの魔力に警戒を払いつつ、距離を詰め続ける。
 「ククク、対魔法戦は心得ていますか」
 笑みを浮かべるネビルス。次の瞬間――
 「では、そのセオリー崩しにいきましょうか?」
 そう言って彼は右手を振るった。
 印がな――
 魔道発動の印はない。しかし、魔力の揺らぎを感じ取った俺は即座に回避行動を取る。
 スパン、と頬の肉が裂ける。
 鋭い痛みでそれが魔道であると判断した俺は距離を取る――否、逆に距離を詰め、潰しに掛かる。
 「!?」
 二度目の驚愕。
 ……なぜノータイムで魔道を発動できたか? その答えを寄こしたのは宮登やクラスメート達だ。
 詠唱の省略、無詠唱魔法。魔道も根本が同じなのであれば、同様に印構築を省略し、魔道を発動できる可能性は十分ある。だが、無詠唱魔法とは非常に難易度の高い技術と聞く。
 オリビアやエヴァ、アルなどの現地人の話では、短絡魔法ショートマジックというだけで異常、無詠唱など普通はできない。そして、宮登本人からも魔法のランクが上がれば上がれるほど、無詠唱の難易度も向上すると聞いた。あの男ほどの奴がそう言うのだ、他の奴なら尚の事難しいだろう。
 ならば、ネビルスの放ったこの鎌鼬カマイタチのような攻撃は、威力ではなく発動速度重視の攻撃と予測ができる。故、被弾覚悟で正面突破が最善。
 距離を詰め斬撃、虚を突く形のおかげか、再び胸元を鋭く斬り裂いた。
 もうっ一回ッ――!
 ロングソードを放り投げると、ネビルスの視線は無意識にそちらへ向く。
 ――視線誘導。
 一気に距離を詰め切り、右拳を握り込む。
 「天月流・つづみッ!」
 「グげっハ――ッ!!」
 抉るように拳を叩き込み、その体を背後の壁に力強く叩きつける。
 弾け飛ぶ家の壁。ボロボロと崩れる壁の下、ネビルスは仰向けに倒れていた。
 「ヒュ~、すごいね」
 「いやはや、呆れた怪物っぷりですね」
 壁が粉々に壊れる音と共に、ルーダとファグナの声が聞こえた。
 周囲に視線を向けると二人に蹂躙されているレッド・ゲイルの面々が、殺されかけていながら、こちらの目を疑うような現実離れした光景にドン引きしていた。
 俺は視線をネビルスに戻す。
 「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ。ふぅ――」
 呼吸を整え、地面に落ちた剣を拾う。
 暴威の血流を抑えつつ、体力回復に意識を割く。ただし、まだ暴威を解くことはしない。
 これで終わり……なわけないよな。
 仰向けに倒れるネビルスの表情に浮かんだ笑みを見てそう思った。
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