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レヴェント編

163.絶望は墜ちる

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 「二人とも。俺が前に出るから、二人は援護。ミヤトがいた時の陣形でやる」
 「わかった」
 「わかりましたわ」
 俺達は陣形をとりつ捕まえる。
 なんとか、なんとかな――
 「だが――今の己達では役不足だ」
 目の前に黒ローブの男が現れる。
 「「「!?」」」
 全員ワンテンポ反応が遅れる。
 そもそも、動き出しにすら一切反応ができていない。こんなの勝負にならない。
 「ハぁッ!」
 刀を振り上げないシドにワンテンポ遅れつつも、斬撃を放つアルバート。
 「うむ。やはり己が一番反応が良いな」
 「うぐっ――」
 アルバートの斬撃より速く首を掴むシド。
 俺とフィニスさんが即座にシドへ攻撃するが、奴は一切の焦りなく攻撃を躱した。
 暴れるアルバートの力を右腕一本で征し、俺達の攻撃を容易く躱し、アルバートを力強く投げる。
 「ガハッ――!」
 壁に激突するアルバートは地面に倒れ、ゲホゲホと血を吐く。
 「己は見込みがある。その場で絶望を刻み、次に生かすチャンスをくれてやる」
 倒れたアルバートの方を向きそう言った。
 どうやらシドにはアルバートを殺す気はないようだ。
 次の瞬間――ギラリと薄暗い瞳がこちらを向いた。
 急激に体が硬直する。
 まるで蛇に睨まれた蛙のように、怯えて体が動かなくなる。
 俺と同様に、フィニスさんもレイピアを持つ手が震えている。恐怖で体が動かせなくなっているようだ。〝逃げろ〟と本能が訴えているように、身体が全く動かない。
 動けっ! 動けッ――!
 心の中で叫ぶ。
 剣を振るえ、走り出せ。何でもいいから動いてくれ、と自身の体に懇願する。
 フィニスさんは立っていられなくなったのか、地面に腰を落した。
 地面に落ちたレイピアがガランと音を鳴らす。
 このままでは確実に殺される。シドは俺とフィニスさんを殺す気だ。俺達はこの場に、怪物コイツの前に立つにはあまりにも弱かった。
 それなに傲慢なまでに前に出てしまった。
 資格がないのに出しゃばった俺が悪い。ここで殺されたって仕方ない。何度も引き返すチャンスはあったのに、俺にも何かできると傲慢な思考が後退を許さなかった。
 下らないプライドが――俺を殺した。
 「フン。死を認めたか……つまらん。本当につまらないな」
 シドの持つ妖刀、暗裂が振り上げられる。
 死を目の前にしてよく自身が理解できた気がする。
 俺はこの人生、ちっぽけな自尊心のためだけに生きて、自分の認めたくない者は全部否定して、何も認めたくなっただけのガキだった。
 小さい頃。周囲の誰よりも早く魔法が使えた時、剣で誰にも負けなかった時、いつも優越感で満たされてた。
 いつも周囲が俺のことを持て囃して、両親も俺のことを天才だと言ってくれた。
 とても嬉しかった。
 自分は他人より優れていて、特別な存在なんだと思った。
 だから――勇者達が憎かった。
 本当に特別な存在を目にして俺の心は折れそうになった。
 勇者たちの常識外の行為を目にする度、折れた心が突き刺さって……痛くて、痛くて。心の底から、勇者たちを難く思った。
 ……そうか。だから俺は――アイツのことが…………。
 ふと、一人の男が脳裏に過る。
 魔法が使えない男。勇者なのに才能がない。弱い、弱い、弱者だった。
 身体能力だって他の勇者より低くて、一般人と何ら変わらない。本当に劣等生だった。
 その時、俺は嬉しかったんだと思う。
 勇者なのに、自分より弱いソイツを見ていると勇者なんて本当は大したことなくて、俺の方が特別なんだと思えた。だからこそ、俺は――アイツが強いと知って絶望した。
 やっぱり勇者は特別な存在で、その中に例外はなくて、全員が全員、特別。
 俺は、本当は全然特別じゃないと思い知った。
 ハハ、…………なん、だよ、それ。ふざけるな、ふざけるな!……じゃあ、俺は……今までの俺は何なんだよ。
 今までの自分が全てが否定された。
 特別な〝俺〟は幻想で、独り善がりな夢。カッコ悪いにもほどがある。
 もう……死にたい。
 折れた心で死を望んだ。
 握った剣を地面に落とした。その時――

 『――ただの人間だ』

 頭に過った言葉。
 それはアイツが、あの男が俺に勝った後、俺の何者か? という質問の答え。
 …………、人間。……――!
 ハッとした。
 その言葉がフラッシュバックして、俺は――いま、今更気づいてしまった。
 そうか……そりゃ、当たり前か。
 こんな下らない答えに辿り着くのが死ぬ寸前なんて。もっと、もっと早くに気づいていなければならなかったことなのに。
 ああ、死にたくない……やっぱり、死にたくない。
 ようやく見つけた答えを前に死を恐れる。
 だが、刀は容赦なく振り下ろされる。
 圧倒的に速い筈の斬撃がとてもゆっくりに見えた。
 水が頬を濡らした。
 こんな、こんな簡単な事実に気づけないで、誰かと自分を比べていたなんて……死にたく、ない。
 恐怖が襲ってくる。
 俺はどうしてもっと早くに、この事実に気づかなかったんだ。俺も、下に見ていた連中も、勇者も、目の前のコイツも……そして、アイツも。全員――
 迫り来る死の刹那――答えを心な中で零した。

 ――っていう、単純な事実に。

 単純すぎる答え。卑下する意味も、嫉妬する意味も、何もかも大した意味なんてない。
 そんな事実に気づけなかった俺が最後なんて嫌だ。
 「死ね――」
 終わりの言葉と共に、月光を受け魅惑的に輝く刀が振り下ろされる。

 ガキン―――ッ!

 火花が散ると共に鋼の剣が空を回転した。
 「!?」
 シドの表情が突如として驚愕に満ちる。周囲の皆も何が起きたのかわからないという表情をした。
 続いて二発、ロングソードが回転しながらシドを襲った。
 飛来する剣を弾きつつ、シドは周囲の敵に注意を払――
 「ぐ、っ――!?」
 「チッ、外した」
 シドの頬を斬り裂く突き。
 背後から放たれた一撃を間一髪、頬の皮一枚で躱すシド。
 瞬間――もう一本の剣が袈裟斬りに斬撃が放たれ、シドは攻撃を躱すと同時に得体の知れない何かの接近に驚き、退避行動を取る。
 俺とフィニスさんの前には、ラフな黒い服を身に着けた青年が立っていた。
 闇に沈み込みそうなほど黒に同調したソイツは、手に持った剣を一つ異空間収納エア・ボックスに戻し、飄々とした立ち姿で鋭い視線をシドに向けた。
 「さて――お前が敵か?」
 闇よりでたもう一人の怪物が現れた。
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