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レヴェント編

145.遠に朽ちた記憶

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 眼前の男が走り出した瞬間、シドは腰に携えられた三振りの妖刀から一振り、妖刀・懺無ざんむを引き抜き、その色褪せた鈍色、ほとんど真っ白な刀身を露出させた。
 刀というにはあまりにも白く、刃の潰れている刀身。
 しかし相対している宮登はそんな刀を見て尚、一切の警戒を緩めることなく全力で斬撃を放つ。
 放たれる斬撃を容易く弾くシド。
 宮登の剣速度は一般の序列上位の魔道騎士と比べても遜色ないどころか、上である可能性すらあるにも関わらず、彼はそんな一撃を容易に防いで見せた。
 シドは地面を強く踏みつけ、懺無を横薙ぎに振るう。
 〝命食い〟と呼ばれる妖刀は、異様な速度で宮登の胴目掛けて飛ぶ。が、宮登は危なげもなくその一撃を剣の刀身で防ぎ、軽く地面を擦りながらもその場で防ぎ切る。
 防いだ一撃をそのまま振り上げ、シドの胴をがら空きにすると、懺無を弾いた体勢からそのまま、袈裟斬りを放つ。
 シドは斬撃より速く後ろへバックステップし、その一撃を躱す。
 次の瞬間、上方へ飛んだシドの右腕が鞭の様にしなって斬撃を放ち、今度は宮登が後ろに飛び、その一撃を間一髪で躱して見せる。
 身体の柔軟性と伸縮性、柔らかい筋肉でありながらその実、とても硬質な筋肉。全てが相まって凄まじい威力の斬撃を放つシド。とても人間の出せる一撃とは思えない。
 踏み込むシド、宮登の視線は彼を強く注視した。
 瞬間、彼の視線からシドが消える。
 ありえない光景に驚きつつも、微かに捉えた彼の残像を追って放たれるであろう斬撃を予測し、防御する。
 右側から首を一閃する斬撃を剣で防ぐ。
 凄まじい速度と威力で少し吹き飛ばされるが、何とか体を立たせ、追撃に備える。
 連続して放たれる斬撃の数々は全て予想外の位置、角度。それでいてその全てが洗練されており、一撃一撃が即死に繋がる強攻撃、辛うじてその全てを防いでいるが、時間の問題である。
 宮登は必死に斬撃を防ぎ、隙を見て辛うじて捉えているシドの姿目掛けて剣を振るった。
 だが、その全ては悉く弾かれ、躱される。
 圧倒的強者、あまりに強くあまりに理不尽、曹源宮登という男が相手をしたどの相手より純粋に強かった。
 でも――段々慣れてきた。
 一切こちらの攻撃が通じず、防御もギリギリな中、宮登は次第にシドの動きに慣れ始める。
 辛うじて見えていただけの動きがしっかりと視界に捉えられ、防御も最少の動きで確実に弾けるように、攻撃も避けられる回数が減り、弾かれる回数が増えてきた。
 まだ、まだだ……手は、届く。
 強い殺気をシドへ向ける。
 「クカカカカッ! いいぞ曹源! 圧倒的な相手を目の前にして尚、戦意が削がれるどころか、湧き上がるその姿勢ッ! 己はついに現れた俺の探し求めた――宿か!」
 嬉しそうにそう叫ぶシド。
 宮登は体勢を変え、反撃の構えを取る。
 「それについては遠慮させてもらうよッ!」
 そう言いながら宮登は的確にシドの首を狙って剣を振るう。
 ガシンッと金属音を鳴り響かせ火花を散らす剣と刀、シドの愉悦に満ちた笑みをより純度を増していく。
 宮登は間髪入れず、連続で斬撃を放つ。
 既にシドの動きに慣れた宮登の動きは先程の攻防とは全く違い、相手の動きに合わせつつ攻撃を放ち互角の戦いを見せていた。
 シナ達はそんな彼の動きに感嘆しつつも、何もできない自分たちに悔しさを滲ませた表情を浮かべていた。
 どんどんと加速度的に強くなっていく彼の姿に酷く動揺を見せていた。
 「一撃交える度、一度躱す度、動きがより俺と戦うことに適していく! 俺を殺すために異様な速度で成長しているか!? クカ、クカカカカカカ―――――――カッッッ!!! これほど唆る者が、この世にいたとは。あの女に同意するようで少し癪だが、この世は想定がであるが故に面白いッ!」
 愉悦の染まった表情で宮登と打ち合うシド。
 一方相対する宮登は必至に食らいつこうと、己の全身全霊を懸ける。
 怒涛の連続攻撃、その全てを宮登は確実に弾き、躱し、反撃する。ヒートアップする二人の攻防、宮登はこの死闘の中で成長し続ける。
 ぶつかり合う剣と刀による風圧で突風が巻き起こる。
 宮登は極限まで集中力を高め、己の可能の領域を広げ、シドという男の領域へ迫る。
 他人が異様な速度で自身の領域を迫り来る感覚に、愉悦を浮かべるシド。彼は自身の領域へ宮登をいざなうように刀を交え、戦闘の興じる。
 彼の中で本来の目的は既に霧散している。
 これほどの相手を目にして、他に思考を割く余裕などある筈がない。シドというニンゲンはただひたすら、この戦いに己を預けるだけだった。
 激しい打ち合いの最中。突然、狂った笑みを浮かべていたシドが後方に下がり、懺無を鞘に納める。
 「どうした? まだ遊び足りないだろ……?」
 挑発的な口調でシドを他に目移り……他の誰かを傷つけさせないため言葉で煽る。
 が、その心配は無用だと気づく。
 「もちろんだ。いま俺は、己という好敵手の存在に胸を躍らせ、戦意で満ち満ちている。この場で戦わぬという選択肢など、在りはしねぇさ」
 「……ならどうして刀を収めた」
 「フン、じゃ、己の相手には役不足だろ。それに見定めはもういい、己は確実に俺に届き得る器を持った男だ。断言しよう、己は俺が今まで出会ってきた者の中で最も強くなれる素質を有している」
 一切の誇張なく、シドはそう言い切った。
 「それはどうも」
 そう言って宮登は剣を構え直す。
 「ああ……、思い出すぜ。最高に狂ったバケモノを、己は……いや、それはいい。俺はあれらの高みを見たい――憧れの先の風景を、化け物が見た世界を――――俺は視る」
 シドは高揚した表情でそう唄う。
 そんな様子に宮登は嫌な怖気を感じ、冷や汗を流す。
 「……さて。もう少しだけ、俺の愉悦に付き合ってもらうぞ。曹源」
 その言葉と共に腰に携えた刀の一振り、妖刀・暗裂あんざきを引き抜き、その深い藍色の刀身を露出させる。
 暗裂は夜の闇を喰らい、怪しげな光を放ち始める。
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