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レヴェント編

126.絶望、怪物

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 青い水溜りを踏み散らせ駆け抜ける。
 より速く身体を駆動させ、精確に敵を殺すため走る。怪物は高速の体重移動シフトウェイトにより敵の視線を切り、圧倒的な加速力で突然敵の背後に現れ、その首を無雪で切り裂く。
 落ちる頭より速く次の攻撃を放ちオークを殺す。
 地面を跳ねるように飛んで加速、獣如き動きで三次元的な駆動を行う。
 木々、オークの体を足場とし、ありえない体勢からの加速と停止、方向変化にオークたちは対応が追い付かない。四肢全てが加速機構ブースターと化し、異様な動きを見せる。
 初戦であるのに関わらず、オークたちより上手く遺跡内の地形を活用し戦う。
 遺跡内の情報は探索と先程の戦闘で大体把握し終えている。感情という無意味な情報処理を捨て、敵を殺すことだけを意識している今、その情報は存分に活用されている。
 地を蹴り砕き、加速。オークへ跳びかかりナイフを振るう。
 一瞬にして頭部まで接近すると無雪の刃をこめかみに突き刺し、捻じる。一瞬にして命を絶ち、力を失った体を蹴りつけバク転。背後にいたオーク肩に着地する。
 オークは肩に乗った敬也を排除しようと手を叩こうとするが、その手より速くナイフは振るわれる。
 首を一閃。左側の肉がパックリと裂ける。
 その体は糸の切れた操り人形のようにぐでんと膝を着く。敬也はそんなオークの体を蔦って地面に着地、眼前の二体のオークへ駆ける。
 二体は拳を振り上げるが、その拳が振り下ろされるより速く敬也は足元を通過する。
 まったくもって学習がない。何度同じことを繰り返すんだ?
 あまりの学習力の無さに呆れながら彼は二体のアキレス腱を素早く切断し、二体は地面に這うように倒れる。
 二体のオークに一瞥を向ける敬也。
 「ヴァアァァァァアッ!」
 次の瞬間、他のオークたちが即座に敬也に向って拳を振り下ろす。
 「お……」
 少し驚いたような声を漏らす。
 どうやらオークたちも完全な馬鹿というわけではないようだ。彼らは敬也が同胞を殺した瞬間の隙を突き、既に振り上げていた拳を下ろしたようだ。
 味方諸共、逃げ道を潰しつつの総攻撃。単純だが、中々に侮れない作戦である。
 攻撃後に生じるロスタイム、ほんの少し意識が緩んだその一瞬を突かれれば、いくら敬也とはいえ殺されかねない。
 しかし――

 「君ら、単純に――遅いよ」

 振り下ろされた拳の先に敬也はいない。
 彼は既に、オークの振り下ろされた拳の遥か上で体勢を反転させ、空に浮かんでいる。
 確かに敬也とはいえ、緩んだ一瞬の隙を狙われれば回避は難しい。だがしかし――今の彼は、
 張り詰められた神経は一瞬も途切れることなく、常に最高の緊張感を保っている。
 決して途切れることのない集中力は、彼が圧倒的な格上を殺す上で最も重要な能力である。この一点において彼は、ある種、卓越した才能を持っているとも言える。
 あるいは――、そうとも形容できよう。
 〝殺す〟という一点を遂行するために作り上げられた敬也の状態は全て、それを成そうとする異常なまでの執念。故に彼は怪物なのである。
 目的のために己の全てを捨て、目的を成すために己の全てを捻り出す。
 飛来する敬也はゆっくりと体を捻じり、無雪を持つ手に力を込める。オークは未だ、飛来する怪物に気づかない。
 オークたちは目線を正面に戻す。その瞬間――眼前に怪物が現れる。
 怪物は空中で体を捻じりの勢いで回転し、空中で一回転。煌めく無雪は周囲にいたオークたちの首元を綺麗に切断してみせた。周囲の七、八体のオークは力なく崩れた。
 クルッと回転し地面に着地、倒れるオークたちの足元を抜け敬也は走る。
 石を二つ拾い、即座に投擲。
 投擲された石はそれぞれオークの目を潰す。
 跳躍、オークの体を蹴りつけ高く飛び、片手で木の枝にぶら下がり体操選手のように回転。その勢いで二体の顔面に同時に蹴りを入れ、地面に転ばせる。
 ベシと木の枝を折って着地。
 駆け抜けざま、立ち上がろうとするオークの額に木の枝を強く突き刺し、確実に絶命させる。もう一方のオークは無雪で喉を掻っ切り殺す。
 「ヴァアァァァァァァァ―――――アッ!」
 咆哮と共に一体のオークが、ベキッベシベシッと大木を一本圧し折り持ち上げた。
 敬也は冷静に大木を持ったオークへ駆け寄る。
 隆起した筋肉が投擲をする体勢に移行される。次の瞬間には大木が敬也向けて投げられる。
 オークの巨大な筋肉より投げられたそれは異様な速度で接近する、このままでは大木に頭部を押し潰され死亡だ。
 彼は冷静に左に少し逸れる。
 頬を大木が掠り眼前には枝葉、回避は不可能。
 直撃の瞬間、敬也は加速する。
 バンッと枝葉に衝突した敬也――だが、次の瞬間、オークの前に折れた枝を持った敬也が現れ、眼球に枝が突き刺さる。
 「甘い――」
 首に無雪を突き刺し抉る。
 躱せないと判断した彼はより加速し、枝の間を抜けるという判断をした。
 首元から青い血を吹き出すオークはそのまま地面に転がり絶命。敬也が意識を他の敵へ向けたその時――
 「!」
 突如嫌な予感を感じ、首を右に傾ける。
 〝何か〟が右側に飛んで行く。何かは目の前の木にぶつかり砕け散る。
 スッと後ろを振り向くと、敬也の頭部ほどの石を持つオークたちがそこにいた。
 なるほど……学習したのか。
 接近戦では敬也に勝てないと判断したオークたちは敬也が使用していた投擲を真似、石を投げる投擲に戦闘方法を切り替えたのだ。
 些か対応が遅い気もするが、今まで司令塔であった変異個体アンレギュラの指示に従っていた彼らが、今ようやく自己で状況を打開しようし始めているのだから、仕方ないのかもしれない。
 何にせよ、敬也にとっていい状況ではない。
 「まあ、関係ないけど」
 無雪を構え直す。
 敬也はすぐさま現状の情報を更新し、オークたちが先程のように接近してこないと把握する。
 反射じゃ躱せないか……まあ、射角が把握できれば問題ないか。
 放たれる投石は見てからでは躱せないと判断し、オークたちの動きを五感全てを総動員してよく観察する。
 疾駆する――
 青い血だまりを踏み越え、石を構えるオークたちへ向う。
 放たれる投石、神塚敬也はその全てをギリギリで躱す。
 射角を把握している彼は放たれる石全てを予測し、先の投石の速度から人体への到着時間を計算し、最小限の動きで全てを躱す。
 高速で飛ぶ石は全て、彼の後方へ虚しく飛んで行く。
 何発投げようと一切当たらない。伏兵のように隠れていたオークによる投石も把握済み、右側から飛んで来る石を首を後ろに下げ避ける。
 眼前を通り過ぎる石に目もくれず前進。
 投石を行っていたオークたちの顔色が明らかに悪くなっている。それもそうだろう、目の前から確実な〝死〟が迫ってくる感覚など、恐怖しない方がおかしい。
 一体のオークが巨大な岩を頭上に上げる。
 「ヴァアァァァァァァァァァァ――――――アッッッ!!!」
 恐怖を押し殺すような咆哮と共にオークは、己の全力を振り絞り大岩を前進する怪物に向けて投げる。
 ズドンッという音と共に、ペシャペシャという青い血だまりを踏みつける音が消える。オークたちの顔に歓喜の表情が浮かぶ。
 同胞を殺した怪物を殺したことに喜ぶ彼ら、伏兵のオークたちも集まり始める。
 集まったオークの数は推定七、八十。
 当初は三、四百はいた同胞は全て怪物とその仲間によって惨殺されてしまった。長期間、変異オークにより集められたオークは無残な死体へと成り果てた。
 彼らに残ったのは、蒸発していく同胞の死体、怪物を殺したという愉悦感。
 ふと――一体のオークが大岩の下の潰れた怪物の死体がどうなったのかと興味を抱き、怖いもの見たさで大岩の下に目を向ける。
 次の瞬間――
 スルッとオークの首がずり落ちる。
 その光景に驚愕の表情を浮かべるオークたち。しかし、次第に次々とオークたちの首に線が現れ、首がストンと落ちていく。
 理解不能な現象に恐怖を覚えるオーク。ある一体が、自分たちの後ろにいた〝何か〟に気づく。
 何かはジッと黒い瞳をオークたちに向けている。
 それは何を見ているのか――分からない。
 それは何を宿しているのか――分からない。
 恐怖が超過する。闇に沈んだ悪夢が、全てを喰らってやってくる。
 それはまるで〝死〟そのもののようで、不条理に狂っている。その形を維持しているヒトの異常性を本能で感じ取ってしまう。
 そして彼らは悟る。
 自分達は決して起こしてはいけない――怪物を起こしてしまった、と。
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