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Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話
ヴィハーンの訪れ
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テーブルも椅子も棚も竈も何もかもが大きすぎる家だが、ヴィハーンと比べるとたいそうしっくりくる。
(ここはヴィハーン自身が住んでる家なんだろうか)
その割には埃だらけで誰かが暮らしていた形跡がなかった、とカイルは不思議に思った。
それにしてもこの尻尾! ついついカイルの視線はそこに吸い寄せられる。彼の肌を覆う鱗が一番綺麗に見えるのが、彼の後ろに見える極太の尾だった。根本は飽くまで太く、先端にそって綺麗なカーブを描いて細くなっていく。その尾は彼の感情を表しているらしく、今は何かを推し量るかのように先端だけが一定のリズムで石の床をパタン、パタン、と叩いていた。
カイルは昨日、ついまじまじと彼の尾を凝視していた自分を叱るようにドスン! と音を立てて地面を打ち据えた尾を思い出して笑い出しそうになる。それをぐっと我慢してそしらぬ顔でヴィハーンの強い強い視線を受け流した。
(他にどんなところに鱗があるんだろう)
見てみたいな、とふと思う。そしてそんな風に他人の身体に興味を持ったのは生まれて初めてだと気が付いた。
突然、低く太い声が耳朶を打って、カイルはハッと我に返る。
『昨日、お前の乗ってきた船が港を出た。てっきりお前も共に行ったのかと思っていた』
ヴィハーンが腕組みをしたまま言った。それに小さく笑って答える。
『わたしは言った。この国を知りたい。だから帰らない』
そしてトン、と爪先で石の床を突く。
『家、外、掃除した。私、生きる、だいじょうぶ。』
『……そうは思えんがな』
『なぜ?』
カイルが首をかしげるとヴィハーンが苦々しい顔で言った。
『お前のように小さくてひ弱な、育ちのいいニンゲンが耐えられる場所じゃない』
しばらく彼の発した単語を頭の中で反芻し、意味を理解して思わず吹き出した。
『何を笑う』
「いや、ええと……本国では小さいとかか弱いとかいう扱いをされたことがないから新鮮で、つい」
カイルは似たようなサンカラーラの言葉を並べて笑った非礼を弁明する。だがヴィハーンが「意味が分からない」という顔でいるので説明した。
『私は男。大きくて強い。だから――――』
『だがオメガだ』
冷たい声音でそう断じられたことがなぜかカイルの癇に障った。
「ああ、だがそれがどうした」
カイルは思わず足を踏み出し、ヴィハーンに向かって言う。
「僕が一度でも貴方に色目を使ったか? 貴方を誘惑したか? これでも頑丈なたちだし病気らしい病気もしたことがない。発情期もないし、正直貴方のフェロモンだって感じない」
カイルの突然の豹変にヴィハーンが目を瞠る。
「僕は貴方に心配されるほど弱くないし見くびられる筋合いだってないぞ!」
どこまで伝わったかはわからない。それでも勝手に言葉が口から飛び出した。カイルはヴィハーンを睨みつける。すると彼はすっと目を細め、一言『わかった』とだけ言った。
そう素直に頷かれると自分が大人げなかった気がして急に恥ずかしくなる。
「……声を荒げてすまなかった」
コホンと咳ばらいをして謝るとなぜかヴィハーンがじっとカイルを見つめる。そしてふいに『……邪魔をした』と言って家から出て行こうとした。
「あ、待ってくれ!」
カイルは慌てて追いかけ呼び止める。
「ええと……『家、あなた、住む? ここ』」
この家はヴィハーンの家なのか、自分が彼を追い出しているのでは? と気になって尋ねた。だがヴィハーンは『俺はここには住んでいない』とだけ言って立ち去ろうとする。けれど庭の隅の囲いで草を食んでいるロバを見て足を止めた。
『貰う、これ。ここ、だいじょうぶ?』
ここで飼っていいかと聞くと、ヴィハーンが黙って頷く。そして目の端でカイルをちらと見ると尋ねた。
『さっき、どこかへ行こうとしていたか』
「『はい。商人』えーと、なんていったっけ」
カイルがまた手帳を取り出してダンが書いてくれた地図のページを開く。するとまたしてもその手を掴まれ持ち上げられた。
「……あのさ、貴方の方がはるかに背が高いんだから、もうちょっと遠慮してくれないかい?」
本国ではカイルより背が高い者はそうそういなかっただけに、まるで子どものようにぶら下げられるこの体勢はいささか屈辱的だ。だがヴィハーンはまるで構わずそのページを読むと、パッと手を離して言った。
『一人では行くな。あと頭巾を被れ』
「へしゅか? なんだいそれは」
カイルがパラパラと手帳をめくっている間にヴィハーンは行ってしまった。
「礼を言いそびれてしまったな」
とりあえず明日パドマに会ったら『ヘシュカ』なるものの意味を聞いて、ヴィハーンが妙な顔をしていた朝の挨拶ももう一度練習しようと心に決めた。
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