竜蛇のつがいと運命論

伊藤クロエ

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Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話

ヴァンダービルド家の園遊会

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 今日は一年の内でもっとも重要な祝日でもある独立記念日ナショナルデーだ。
 ヴァンダービルト家の屋敷では盛大な園遊会の真っ最中で、邸内には国内の主だった名士やその細君、そして大勢の使用人たちで溢れている。
 中でも他人を値踏みしながら虎視眈々と獲物を狙い自らの優位を見せつけようとするアルファたちの視線とこれみよがしなフェロモン臭に、カイルは心底うんざりしていた。

 優れたアルファが放つ支配者のフェロモンは、オメガにとって本能を掻き立てられる強烈な媚薬だ。だが正直カイルはいままで彼らの匂いを”良い匂い”だと思ったことがない。どれもこれも厚かましくうるさくて不快なだけだった。
 なのに彼らはカイルに向けて高圧的なまでのフェロモンを容赦なく浴びせかけてくる。それは”難攻不落のオメガ”と言われるカイルを落とせば彼らにとっての最高のトロフィーになるからだ。

(だからといって私のように背が高くて庇護欲を感じさえる可愛さなど欠片もない男を妻に欲しがるやつらが本当にいるとはね)

 先程から四方八方から投げかけられている大勢の男たちの熱量に辟易しながら、カイルは心の中で呟いた。

「相変わらず君への視線の熱さは凄まじいね。隣にいるこっちまで被弾して大火傷だ」

 一緒についてきたアルフレッドがふざけて耳打ちする。

「だったら僕から離れてかわいいお嬢さんにパンチの一杯でも運んでやったらどうだ」
「いやいや、今日一番の獲物にされてる君を守るナイトが一人くらいはいないとね。例えその姫君に十回連続ポーカーでこてんぱんにされているような僕でもいないよりはマシだ」
「ははっ」

 アルフレッドはいつもこの調子でカイルを笑わせてくれる。カイルがオメガだとわかるずっと前からの、得難いただ一人の親友だった。だからこそ彼にも良縁を結んでもらいたいと思う。
 カイルはニッと笑ってアルフレッドの肩を叩いた。

「僕のお守りはいいから。あそこで君に熱いまなざしを送っているお嬢さんがいるぞ」
「あ……ああ……」

 言われてそちらを向いたアルフレッドがわずかに目を見開いた。
 本来アルファとオメガで特に相性のいい者同士は一目でそれがわかるという。もしかしたらこの人のいい、陽気な友人にもついに運命の出会いとやらが訪れたのだろうか。
 二人の邪魔にならないように、カイルはその場を離れる。だがいくらも進まないうちに望まぬ客から声を掛けられた。

「やあ、カイル。君は今日も魅力的だね」

 それは国内有数の紡績工場を持つ家の御曹司チャールズだった。やたらと派手な色のジャケットの襟を弄りながら気取った笑みを浮かべている。仕方なくカイルは持ち前の愛想のよさをフル稼働して、自分より幾分低いところにある彼の目を見てにっこり微笑んだ。

「それはどうも」
「まさに君はこの園遊会でも一服の清涼剤のようだよ。君のようにすらりとして上品なたたずまいをした美しい人はなかなかいないからね」

 それを聞いてカイルはおかしくてつい目を閃かせる。

「おや、君たちアルファはもっと小さくて愛らしくて従順なオメガを好むんじゃないのか?」
「とんでもない。甘ったるいフェロモンをプンプンさせてすり寄って来るオメガ女たちなんて願い下げだ」

 チャールズはやけに気取った笑みを浮かべると、ぐっと胸を反らしてカイルを見上げた。

「どうか僕の求婚を受け入れてくれないかい? そうすれば君をこの国で最も幸福なオメガにしてあげよう」

 あまりにも自信満々に言う彼の言葉にふと興味を持ってカイルは尋ねてみた。

「例えばどんな風に?」
「僕とつがいになれば君は二度とあくせく働いたりわずらわしい社交になんて出なくていい。君はオメガと分かった今でもヴァンダービルド家の鉄道会社の重役の職についているだろう?」

 チャールズの薄い唇がニヤリとゆがむ。すると生のタマネギのような匂いが漂ってきた。思わず顔を顰めそうになるのを我慢する。

「君たちオメガはとても繊細だ。世間の矢面に立つ仕事は僕に任せてくれたまえ。君はニューヨークの一等地に建てる予定の僕の屋敷でただ僕の帰りを待っていてくれればいいのさ」

――――オメガはアルファの世界に首を突っ込まず、大人しく家に引っ込んでいろ。

 チャールズのあからさまな揶揄にカイルは無言の微笑みで返した。

「悪いが、自分なりに今の仕事に誇りを持っているんだ。君はそうではないようだが」

 つい我慢できずに冷ややかな口調で答える。予想外の反駁にうろたえたのかチャールズがカッと顔を赤くして一歩後ずさった。チャールズが初めて父親から任された新しい工場で、つい半年前に一方的な圧政が原因で労働者たちの反感を買い一大ストライキが起き、その隙に軍への第一納入業者の座をウェブスターに掻っ攫われてしまったのは有名な話だ。
 興味津々に様子をうかがっていた令嬢たちがクスクスと小声で笑う。それに気づいた彼の顔が怒りと羞恥でさらに赤くなった。


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