3 / 44
Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話
カイルの悩み
しおりを挟む
カイルは世にも珍しい、成人後に初めてオメガだと判明したタイプだった。
カレッジを卒業し父の会社に入った翌年に暴漢に襲われた父をかばって大怪我をした。輸血をする際に血液を調べられ、突然「貴方はオメガであることがわかりました」と言われたのだ。
それ以来、カイルの人生は大きく変わった。
かつて社のあらゆる問題解決のために父の代わりに大陸中飛び回っていた頃を思い出す。行く先々での新しい出会い、そして街にいては絶対に見ることのできない広大なフロンティアの森林や乾いた砂の大地に毎回わくわくしたものだ。
だが今では法律関係の折衝や取りまとめが主な役目で、街から出ることはほとんどない。
変わったのはカイル自身だけではなかった。オメガであることが判明して年頃の娘を持つ親たちからの鵜の目鷹の目な視線からは逃がれられたが、代わりに別のレッテルがべったりとカイルに貼り付けられた。
――――もっとも優秀なアルファを産むための、もっとも優秀な胎。
政界でも財界でも一族がより高みに登るためにはアルファの子は強力なカードになる。だからこそこの新大陸で現在最も”優秀な”オメガであると言われるカイル=ヴァンダービルトを一体どのアルファが手に入れるのか、こうして政府の高官さえもが固唾を飲んで見守っているのだ。
とはいえ、それまで普通の男として生きてきた人間が、ある日突然「優れたアルファとつがい、より優秀なアルファを産むことが貴方の使命ですよ」と言われてもそう簡単に「そうですか」とは頷けないし、ましてや自分を妊娠させる相手を積極的に探す気になんてなれるはずもない。おまけにオメガとしての体質も普通とは違うのか、いまだに発情期も来ていなかった。
だから今日もカイルは自分の結婚話をこうしてのらりくらりと躱そうとしているのである。
(でも、いつまでもこうしてのんびりはしていられないんだろうな)
カイルは紅茶のカップの影に隠れて小さく息を吐いた。
だが考えてもみて欲しい。能力的にも人格的にも自分より劣る同性の相手を『自分を支配し従える主』に欲しがる男がいるだろうか?
(そりゃあ、心から尊敬と賞賛を覚えるような相手に出会えれば違うのかもしれないけどね)
「ねぇ、カイル。今日来ている殿方の中に心惹かれる方は本当にいないの?」
小声で尋ねる母にカイルはにっこり笑って誤魔化した。するとエリザベスがお手上げと言わんばかりに扇の影でぐるりと目を回す。そこへ聞きなれた声が飛んできた。
「それはカイルを惚れさせるだけの度量や実力がない我が国のアルファたちのせいですよ、ミセス=ヴァンダービルド」
その言葉に皆が振り向くと、そこには実直そうな顔に柔らかな笑みを浮かべた若い男が立っていた。幼馴染のアルフレッドだ。
「この僕も一応アルファではありますが、幼い頃からかけっこでも算術でもクリケットでもあなたの息子さんに勝てたことが一度もないんですからね。せいぜい一の子分として彼の後を必死に追っかけるだけで精一杯ですよ」
「アルフレッド、馬鹿なことを言うな」
カイルは相変わらずの親友の大げさな軽口に眉を上げて見せる。だがエリザベスは彼の言葉に満足したのか、鷹揚に頷いた。
「貴方のような子は早く自分の《運命》と出会えればいいんですよ」
その言葉にカイルは視線を戻す。
「貴方の《運命》は一体どこにいるのでしょうね」
(そんな相手はいませんよ、多分)
なにせカイル自身がアルファをまったく必要としていないのだから。
口から飛び出そうになった言葉を、カイルは紅茶と一緒に呑み込んだ。
カレッジを卒業し父の会社に入った翌年に暴漢に襲われた父をかばって大怪我をした。輸血をする際に血液を調べられ、突然「貴方はオメガであることがわかりました」と言われたのだ。
それ以来、カイルの人生は大きく変わった。
かつて社のあらゆる問題解決のために父の代わりに大陸中飛び回っていた頃を思い出す。行く先々での新しい出会い、そして街にいては絶対に見ることのできない広大なフロンティアの森林や乾いた砂の大地に毎回わくわくしたものだ。
だが今では法律関係の折衝や取りまとめが主な役目で、街から出ることはほとんどない。
変わったのはカイル自身だけではなかった。オメガであることが判明して年頃の娘を持つ親たちからの鵜の目鷹の目な視線からは逃がれられたが、代わりに別のレッテルがべったりとカイルに貼り付けられた。
――――もっとも優秀なアルファを産むための、もっとも優秀な胎。
政界でも財界でも一族がより高みに登るためにはアルファの子は強力なカードになる。だからこそこの新大陸で現在最も”優秀な”オメガであると言われるカイル=ヴァンダービルトを一体どのアルファが手に入れるのか、こうして政府の高官さえもが固唾を飲んで見守っているのだ。
とはいえ、それまで普通の男として生きてきた人間が、ある日突然「優れたアルファとつがい、より優秀なアルファを産むことが貴方の使命ですよ」と言われてもそう簡単に「そうですか」とは頷けないし、ましてや自分を妊娠させる相手を積極的に探す気になんてなれるはずもない。おまけにオメガとしての体質も普通とは違うのか、いまだに発情期も来ていなかった。
だから今日もカイルは自分の結婚話をこうしてのらりくらりと躱そうとしているのである。
(でも、いつまでもこうしてのんびりはしていられないんだろうな)
カイルは紅茶のカップの影に隠れて小さく息を吐いた。
だが考えてもみて欲しい。能力的にも人格的にも自分より劣る同性の相手を『自分を支配し従える主』に欲しがる男がいるだろうか?
(そりゃあ、心から尊敬と賞賛を覚えるような相手に出会えれば違うのかもしれないけどね)
「ねぇ、カイル。今日来ている殿方の中に心惹かれる方は本当にいないの?」
小声で尋ねる母にカイルはにっこり笑って誤魔化した。するとエリザベスがお手上げと言わんばかりに扇の影でぐるりと目を回す。そこへ聞きなれた声が飛んできた。
「それはカイルを惚れさせるだけの度量や実力がない我が国のアルファたちのせいですよ、ミセス=ヴァンダービルド」
その言葉に皆が振り向くと、そこには実直そうな顔に柔らかな笑みを浮かべた若い男が立っていた。幼馴染のアルフレッドだ。
「この僕も一応アルファではありますが、幼い頃からかけっこでも算術でもクリケットでもあなたの息子さんに勝てたことが一度もないんですからね。せいぜい一の子分として彼の後を必死に追っかけるだけで精一杯ですよ」
「アルフレッド、馬鹿なことを言うな」
カイルは相変わらずの親友の大げさな軽口に眉を上げて見せる。だがエリザベスは彼の言葉に満足したのか、鷹揚に頷いた。
「貴方のような子は早く自分の《運命》と出会えればいいんですよ」
その言葉にカイルは視線を戻す。
「貴方の《運命》は一体どこにいるのでしょうね」
(そんな相手はいませんよ、多分)
なにせカイル自身がアルファをまったく必要としていないのだから。
口から飛び出そうになった言葉を、カイルは紅茶と一緒に呑み込んだ。
442
お気に入りに追加
775
あなたにおすすめの小説
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる