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虎の店長さんとミナミくんのご飯。

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 奢るので、なんて言った顔がやけに人恋しそうで、呉凱ウーカイはその誘いを断ることができなかった。もちろん普通なら大の男がそんな顔でそんなことを言ったところで毛ほども絆されはしなかっただろう。だが呉凱はどうしてもミナミのこんな顔に弱かった。それに一応、今は呉凱が雇っている貴重な労働力だ。

(立場上、ほっとけねぇだろうが)

 その上ミナミの顔はいかにも「たった今めちゃくちゃに抱かれました」と言わんばかりの色に染まっていて、とてもじゃないが一人で帰らせるわけにはいかなかった。

 そう自分に言い聞かせて呉凱ウーカイはそばのコンビニのATMに売上金を入金すると、明け方近くまでやっている呑み屋にミナミを連れて行った。狭い店内には呉凱たちと同様、仕事明けの水商売の獣人たちが酒を飲んでいて、中には店の阿桑おばさん特製の黒輪おでん麺線にゅうめんをはふはふと口いっぱいに掻き込んでいる者もいる。
 呉凱とミナミは隅の二人掛けのテーブルにつくと、酒と黒輪おでんを注文した。

「で、どうしたんだよ」

 いつものようにビールの栓を牙に引っ掛けて開けながら呉凱は水を向けた。

「いきなりもう一度研修受けたい、だなんてよ」
「うーん、それが、その……」

 ぼんやりしているミナミに代わって呉凱が適当に頼んだタロイモや糯米腸がゴロゴロ入った黒輪おでんの器をぼんやりと見つめながら、ミナミが答える。

「実は……俺、お客さん相手だといまいち、その……感じなくて」

 いきなり核心を突くようなきわどい話題に、呉凱はむせそうになる。呉凱はいまだに、このいかにも人畜無害なのほほんとした顔のニンゲンの口からこの手の話題が飛び出ることに慣れなかった。だがミナミは呉凱の戸惑いなど気づきもせずに訥々と話す。

「お客さんの方が興奮してても、俺の方は……まあこんなもんか、ってなんか冷めてて、だから俺のやり方がマズイっていうか、ひょっとしてお客さんもあんま気持ちよくできてないんじゃないかな、って思ってて……」

 ぼそぼそと呟くミナミに、呉凱は呆れてため息をつく。

「なんだ、そんなことかよ」
「は?」

 呉凱の言葉に、仕事が終わってコンタクトを外たミナミが眼鏡の奥の目をぱちぱちと瞬きした。それを見下ろしてビールを飲む。

「初対面の客と仕事でセックスして、そんなめちゃくちゃ気持ちよくなりゃしねぇだろ、普通」
「…………え?」
「だからなァ」

 内容が内容だけに、呉凱はぐい、とミナミに顔を近づけると小声で囁いた。

「前扱きゃ男なら大抵はイけっけど、お前の場合はそっちじゃねぇんだろ? 好きでもねぇ相手と金の遣り取りしてセックスして、そんな気持ちよくなれるわけねぇだろ、つってんだ」
「………………」

 ところがミナミはわかっているのかいないのか、ぽかんとした表情で呉凱の顔を見つめているだけだ。それに鼻を鳴らして呉凱は魚のつみれの串をふーふー吹いて冷ます。

「でもまあ、お前も案外まともなとこあんじゃねぇか。良かった良かった」
「まとも?」
「突っ込んでくれるなら誰でもいいとか、バカなこと言ってんなと思ったけどよ」

 口に入れたつみれがまだ熱くて、呉凱の髭が思わずピンと立つ。

「ま、セックスしたくてうちに来たっつーお前には気の毒だけどよ。でもお前が本気でこのバイト続けようって思ってんなら、それくらい頭冷めてた方がお前にとっても客にとってもいいことだと思うぜ」

 そう言って再び顔を上げると、ミナミが呆然とした顔でおでんの器を見ていた。

「…………好きでもない、相手と」

 形のいい唇から、散々喘いだせいでやや擦れた声が漏れる。そしてぱちり、と瞬きをするとこっちを向いて言った。

「……そういうもんなんですか……?」
「そういうもんだよ」

 そう答えて火傷した舌をビールで冷やすと、ミナミが前髪を掻き上げて大きくため息をついた。

「………………ああ、めんどくさいなぁ……」
「なんだよ」

 そのまま前髪をぎゅっと掴んでミナミが言う。

「……俺、ずっと色々こじらせまくってたけど、実際に一度突っ込まれればスッキリすると思ってたんですよ、マジで」

 そう言ったきり、ミナミがビールの瓶を掴んだままおでんを睨みつけているので、呉凱は瓶を取って牙で王冠を外してやった。するといささか乱暴な手つきでミナミがビールをあおる。そしてドン、とテーブルに戻して大きく息を吐きだした。

「俺、頭そんな良くないし、あれこれ悩むのも飽きちゃって、当たって砕けろって言うでしょ? だから店長さんとこに面接行ったんです」
「随分と思い切ったヤツだな」
「からかわないで下さい。ぶっちゃけ自分でするのじゃもう満足できないって思って、なら本物試してみたくなるじゃないですか。それで気持ちよくなれれば儲けもんだし、ダメでもそれならそれでかえって吹っ切れるかな、って」

 するとミナミが眉を顰めて胸元をぎゅっと掴んだ。

「で、店長さんに雇って貰えて、望み通りになったはずなのに、なのに、なんかこう……モヤモヤするんです。うまく言えないんですけど」

 その顔が妙な色を感じさせて、思わず呉凱は見入ってしまう。ミナミが噛み締めた唇が白くなっているのを見て、つい手を伸ばしてそこに触れて、そんな風に自分を傷つけるなよ、と言ってやりたくなった。だがすんでのところで我に返ると呉凱は残りのビールを飲み干して言った。

「…………お前さ、ほんとにカレシ作れよ」

 そしてようやく冷めた甜不辣さつま揚げを口の中に放り込む。

「お前なら、ちゃんと好きで大事にしてくれるヤツ見つかるって、きっと」

 すると今度はやけに苦々しげな顔でミナミが言った。

「……いいんです」
「何が」
「カレシとか、そういうのはいりません」

 にわかに語気が荒くなる。

「そういうのって、ゲイバーとかそういう店で見つけるんでしょ? どこの誰ともわかんない人に好きだとかキレイだとかえっちうまいとか言われたって嬉しいわけないじゃないですか」
「いや、そういうとこにだって真面目に相手探してるヤツだっているだろうよ」
「でも、俺のこと大して知りもしないってことには変わんないでしょ? 俺だってよく知らない人が例えめちゃくちゃ大事にしてくれたって全然嬉しくもなんともないし」

 あまりに短絡的な言葉に呆れながら、呉凱は言葉を差し挟む。

「あのな、それこそちょっとくらい付き合ってみねぇと、どんなヤツかもわかんねぇだろうが」
「じゃあ、とりあえず付き合うだとかはどうやって決めるんですか。やっぱり顔? そんな見てくれだけで好き嫌い決まるわけないじゃないですか」
「…………そーデスね」

 呉凱は呆れてミナミのビールを引き寄せ、勝手に飲み干す。するとミナミがまた小さくため息をついて言った。

「……俺、やっぱり好きとかそういうのはいいです」
「あ?」
「見た目とか、そういうのだけでなんで好きとか言えるのか、全然わかりません」

 先ほどのビールがもう回ったのか目元をほんのり赤くして、ミナミが何か思い出すような顔つきをする。

「……高校ん時、しゃべったこともないのにキャーキャー言いながらやたらこっち見てくる女子たちがいて、下駄箱とか机とかに勝手に手紙とか物入れられるのすごい嫌だったし気持ち悪かったし……」

 そう言ってテーブルに頬杖をついてため息をついた。

「……それに、俺もうその頃には多分自分はゲイなんだろうなってわかってて、でも絶対バレたくなかったから、そんな風に知らないうちに見られてたり机ん中弄られたりするの、すごい怖くて」
「……そうかよ」

 呉凱が相槌をうつと、ミナミはハァァァ~~~~~ッと海より深いため息をついた。だが突然ガバッと顔を上げるとビールが二本とも空になっているのを見てカウンターの向こうにいる阿桑おばちゃんに手を上げる。

「あれ、もうないじゃないですか。すいません、あー、ビール大瓶でもう二本」
「おい、大丈夫かよ」
「店長さんもまだ呑むでしょ? ほら」

 出てきた大瓶とグラスを受け取ると、ミナミはまず呉凱のグラスに注ぎ、自分は手酌で豪快にあおり始めた。

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