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新人泡姫♂ミナミくんと虎の店長さん。
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「ミナミ、準備できたか? 次の客が来てんぞ」
腕まくりした白いシャツに黒のベストとスラックスといういつもの姿で呉凱はインカムを耳にセットしながら振り向く。すると下半身にぴったりと張り付く卑猥な衣装を指で引っ張り直してミナミが言った。
「はい、大丈夫です」
「じゃあ七番の部屋行け。SSで四十分だ」
「了解です」
先週末の面接で採用が決まったミナミは、昨日の土曜の午後から初めての勤務についている。今のところは順調なようで、特に客からもミナミ本人からも苦情は出ていなかった。
「ああ、待てミナミ」
早速部屋に向かおうとしたミナミを呼び止める。
「お前、今日俺と一緒に早上がりな」
「え?」
「コンタクト、まだ買ってねぇだろ」
「あ……はい。すみま……」
ずり落ちてくる眼鏡を押し上げながら慌てて謝ろうとするミナミを止めて呉凱は言った。
「いや、店連れてってやるっつったのは俺だからな。今日は副店長がいるからこの客で最後にして買い物行くぞ」
「わ、わかりました! ありがとうございます!」
ニッと笑って小走りに去って行った後姿を見送って、呉凱は深々とため息をついた。
「ため息ばっかついてると幸せが逃げていきますよ」
「この街のどこに幸せなんかあんだよ」
事務所から出てきた副店長の狼の獣人志偉がニヤニヤと意味ありげに言ってくるのにすげなく返して呉凱は予約表を見せる。
「今ミナミんとこにSS入った。四十分な」
「ソープ四十分でナニができんですかね。しみったれにもほどがあるぜ」
ケッと志偉がバカにしたように喉を鳴らす。
「大体、そんな短い時間で来る客は即尺即ハメ要求してくるようなヤツばっかでしょ。あのお嬢ちゃん大丈夫なんスか?」
「ああ。そこんとこはちゃんと規則だっつって断るように言った」
「そうスか」
志偉は頷くと、いつもの細身の煙草に火を付けて言った。
「客の評判聞いたけど、結構うまくやってるっぽいスね。お嬢ちゃん」
お嬢ちゃんというのはもちろんミナミのことだ。特に女顔でもなんでもないのだが、この店に来るまで荒事ばかりを生業にしてきたこの狼の目には、あののほほんとしたニンゲンのオスはなんともガキっぽく映るようだ。
正直呉凱から見てもそう思うが、ミナミの隠された本性を知っている身としてはそう気安くお嬢ちゃん呼ばわりする気にはなれなかった。
(……無自覚ビッチっていうのは、ああいうのを言うんだろうな……)
我ながらなんとも酷い言い草だが他にうまい言い方が思いつかない。
普段はなんとも危機感のない、こんな場末の風俗店なんぞとはまったく縁のなさそうな人畜無害な若造に見えるのに、いざセックスが絡むと途端に目つきが変わる。
昔は泣く子も黙る黒幇扱いされていた呉凱を前にしてもちっとも怯むことなく、それどころか些かグロテスクなほどの呉凱の摩羅を見ては涎を垂らさんばかりに発情して自分から口を開けてしゃぶりたがる始末だ。
それをあの育ちの良さそうな、少しも擦れたところのない顔でやるのだから余計に始末に負えない。
呉凱は先週の面接を思い出しては苦り切った顔で息を吐きだした。
「……とにかく、この土日で五人ばか客取ってるけど、苦情も来てねぇし客の評判もいい。一応黑名单入りだけ付けねぇように見張っといてくれ」
「了解」
呉凱はやりかけの帳簿をつけ、アルバイトの黒服が呼び込みから戻ったところを捕まえて外の様子を聞き、消耗品の発注の電話を掛け終わったところでミナミが服を着て戻ってきた。
「部屋の掃除は」
「終わりました。でもローションが残り少ないんで補充した方がいいと思うんですけど、買い置きってどこにありますか?」
それを聞いて、やはりこいつは育ちがいいんだな、と呉凱は思う。初めて面接した時も呉凱が何も言わなかったのに風呂場の掃除をして出てきたし、備品のタオルを使った様子もなかった。おそらく客でもない自分が勝手に使っていいものか躊躇ったのだろう。
男に抱かれたいからといきなりソープで働こうとしたり、恋人ではなくただ突っ込んでくれるだけの男を欲しがったり、言ってることややってることは相当酷いのにそういう根っこのところは上等なのが、呉凱がいまいちミナミというニンゲンを扱いかねている所以である。
「ああ、備品はそっちの倉庫にあるが今日はいい。おい、以文! 七番の補充しとけ!」
「ウス」
バイトの黒服が頷いたのを見て、呉凱は事務椅子から立ち上がった。
「じゃあ、後は頼んだぜ」
「お疲れさんです」
志偉が呉凱とミナミを見比べてニヤリと笑う。
呉凱とは付き合いの長いこの狼は、ことあるごとにミナミを「虎の大哥に気に入られたお嬢ちゃん」呼ばわりして呉凱を揶揄おうとする。呉凱はミナミの前でくだらないことを言うな、と牙を剥き出して牽制しながら、ご丁寧にも「お先に失礼します」と頭を下げているミナミの首根っこを掴んで店を出た。
腕まくりした白いシャツに黒のベストとスラックスといういつもの姿で呉凱はインカムを耳にセットしながら振り向く。すると下半身にぴったりと張り付く卑猥な衣装を指で引っ張り直してミナミが言った。
「はい、大丈夫です」
「じゃあ七番の部屋行け。SSで四十分だ」
「了解です」
先週末の面接で採用が決まったミナミは、昨日の土曜の午後から初めての勤務についている。今のところは順調なようで、特に客からもミナミ本人からも苦情は出ていなかった。
「ああ、待てミナミ」
早速部屋に向かおうとしたミナミを呼び止める。
「お前、今日俺と一緒に早上がりな」
「え?」
「コンタクト、まだ買ってねぇだろ」
「あ……はい。すみま……」
ずり落ちてくる眼鏡を押し上げながら慌てて謝ろうとするミナミを止めて呉凱は言った。
「いや、店連れてってやるっつったのは俺だからな。今日は副店長がいるからこの客で最後にして買い物行くぞ」
「わ、わかりました! ありがとうございます!」
ニッと笑って小走りに去って行った後姿を見送って、呉凱は深々とため息をついた。
「ため息ばっかついてると幸せが逃げていきますよ」
「この街のどこに幸せなんかあんだよ」
事務所から出てきた副店長の狼の獣人志偉がニヤニヤと意味ありげに言ってくるのにすげなく返して呉凱は予約表を見せる。
「今ミナミんとこにSS入った。四十分な」
「ソープ四十分でナニができんですかね。しみったれにもほどがあるぜ」
ケッと志偉がバカにしたように喉を鳴らす。
「大体、そんな短い時間で来る客は即尺即ハメ要求してくるようなヤツばっかでしょ。あのお嬢ちゃん大丈夫なんスか?」
「ああ。そこんとこはちゃんと規則だっつって断るように言った」
「そうスか」
志偉は頷くと、いつもの細身の煙草に火を付けて言った。
「客の評判聞いたけど、結構うまくやってるっぽいスね。お嬢ちゃん」
お嬢ちゃんというのはもちろんミナミのことだ。特に女顔でもなんでもないのだが、この店に来るまで荒事ばかりを生業にしてきたこの狼の目には、あののほほんとしたニンゲンのオスはなんともガキっぽく映るようだ。
正直呉凱から見てもそう思うが、ミナミの隠された本性を知っている身としてはそう気安くお嬢ちゃん呼ばわりする気にはなれなかった。
(……無自覚ビッチっていうのは、ああいうのを言うんだろうな……)
我ながらなんとも酷い言い草だが他にうまい言い方が思いつかない。
普段はなんとも危機感のない、こんな場末の風俗店なんぞとはまったく縁のなさそうな人畜無害な若造に見えるのに、いざセックスが絡むと途端に目つきが変わる。
昔は泣く子も黙る黒幇扱いされていた呉凱を前にしてもちっとも怯むことなく、それどころか些かグロテスクなほどの呉凱の摩羅を見ては涎を垂らさんばかりに発情して自分から口を開けてしゃぶりたがる始末だ。
それをあの育ちの良さそうな、少しも擦れたところのない顔でやるのだから余計に始末に負えない。
呉凱は先週の面接を思い出しては苦り切った顔で息を吐きだした。
「……とにかく、この土日で五人ばか客取ってるけど、苦情も来てねぇし客の評判もいい。一応黑名单入りだけ付けねぇように見張っといてくれ」
「了解」
呉凱はやりかけの帳簿をつけ、アルバイトの黒服が呼び込みから戻ったところを捕まえて外の様子を聞き、消耗品の発注の電話を掛け終わったところでミナミが服を着て戻ってきた。
「部屋の掃除は」
「終わりました。でもローションが残り少ないんで補充した方がいいと思うんですけど、買い置きってどこにありますか?」
それを聞いて、やはりこいつは育ちがいいんだな、と呉凱は思う。初めて面接した時も呉凱が何も言わなかったのに風呂場の掃除をして出てきたし、備品のタオルを使った様子もなかった。おそらく客でもない自分が勝手に使っていいものか躊躇ったのだろう。
男に抱かれたいからといきなりソープで働こうとしたり、恋人ではなくただ突っ込んでくれるだけの男を欲しがったり、言ってることややってることは相当酷いのにそういう根っこのところは上等なのが、呉凱がいまいちミナミというニンゲンを扱いかねている所以である。
「ああ、備品はそっちの倉庫にあるが今日はいい。おい、以文! 七番の補充しとけ!」
「ウス」
バイトの黒服が頷いたのを見て、呉凱は事務椅子から立ち上がった。
「じゃあ、後は頼んだぜ」
「お疲れさんです」
志偉が呉凱とミナミを見比べてニヤリと笑う。
呉凱とは付き合いの長いこの狼は、ことあるごとにミナミを「虎の大哥に気に入られたお嬢ちゃん」呼ばわりして呉凱を揶揄おうとする。呉凱はミナミの前でくだらないことを言うな、と牙を剥き出して牽制しながら、ご丁寧にも「お先に失礼します」と頭を下げているミナミの首根っこを掴んで店を出た。
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