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 その時、カップを持ったままぼんやりと天井を見上げてルーカスが呟いた。
「……今夜、ヤるんだ、あの部屋で」
「おい」
 あまりに直截な言葉に思わずカールは窘める。するとアレンが顔を寄せて囁く。
「いや、でもアレだろう? ほんとにヤるわけじゃないんだろ?」
「あー、というか、ヌいてくれるんだよな? 委員会の女の子が」
「って聞くけど?」
 するとまたルーカスがため息をついて言った。
「……どんなコなんだろな、委員のコって」
 するとその場いた全員が黙り込む。
「…………立候補、なんだよな? 基本」
「や、でも定員に足らないと前任者からの推薦とか、勧誘とかあるって聞いたけど」
 するとそれまで黙っていたノールがニヤニヤ笑って囁く。
「って、立候補ってすごいよな。 それって相当いやらしい子だ、ってことだろう?」
「そういうことが好きじゃなきゃ立候補なんてできないよな!」
 興奮したように笑うアレンが今脳裏に描いている光景は、カールにも手に取るように分かった。
 自ら奉仕委員に立候補した女子生徒が、夜陰に紛れてそっとこのアードラー寮にやってくる。そして忍び足で階段を登り、最上階の一番奥にある部屋のドアをノックすると、中から答える声。そっとドアを開けて滑り込む女子と、電気を消した部屋のベッドに腰かけているアリスティド。
 女子はドアに鍵を掛けて部屋に入る。そしてベッドに腰掛けているアリスティドの前に跪き、長い髪を耳に掛け、恥じらうように上目遣いで囁くのだ。
――――……特別奉仕委員です。今夜は私がご奉仕させて頂きます。
 そしておもむろに手を伸ばし、アリスティドの履いているトラウザーを引き下ろし、下着を押し上げているモノをそっと手で包み込んで、そして――――
「おい、カール」
 突然名を呼ばれてカールは思わず飛び上がった。
「ひゃ、ひゃい!?」
「……なんだ、その声は」
 その低くて太い、まるで大人のような声で自分を呼んだのが誰か、カールはわかっていた。自分より三年上の上級生のゲオルグだ。振り向くとまだ二学年のカールたちとは比べ物にならないほど大きく逞しい体躯の男がカールを見下ろしていた。
 ゲオルグが常に短く刈られた黒髪の下の、表情の読めない黒い目でカールを見下ろして尋ねる。
「アリスティド監督生はまだ部屋におられるのか? 姿が見当たらないのだが」
「あ、アリスティド先輩はもう食べ終わって、さっき食堂を出られま……」
 そう言いかけたところでゲオルグが眉をしかめた。くっきりとした太くて凛々しい眉とがっしりとした鼻梁や顎の強面な彼がそういう顔をすると、アリスティドとは違った迫力がある。カールは少々ビクつきながら慌てて言い添えた。
「あの、アリスティド先輩に何か……」
「寮監から書類を預かっている」
「あ、そうしたら僕がお渡ししておきますので……」
 そう答えて手を差し出すと、ゲオルグは首を振った。
「いや、直接渡すように言われている。後で俺が部屋まで行こう」
「あ、でもアリスティド先輩は今夜……」
 と言いかけてカールは口ごもる。周りの同輩たちも皆気まずげな顔をして互いに目を見合わせていた。するとそんなカールたちの様子を見てゲオルグも察したようだ。だがなんの感情も表情には表さず、ただ淡々とした声で「なら明日の朝にしよう」と言って立ち去った。
 ゲオルグが一列向こうの席に座ったのを見届けてから、カールは深々と息を吐き出す。
「驚いた。ヤバイよこのタイミングで」
 緊張の反動か、アレンがニヤニヤ笑いながら囁く。
「だよな、ゲオルグ先輩のあの迫力で聞かれたら黙ってるとか無理だよな」
「怖くてあることないこと言っちゃいそうだ」
 カールはようやく最後の一口を呑み込み、フォークをトレーに置いた。
「あ、カール。部屋戻る?」
「うん、急げばまだアリスティド先輩に追いつけるかもしれないし、一応ゲオルグ先輩のこと伝えとこうと思って……」
「じゃあ食器片しといてやるよ」
「サンキュ」
 カールはルーカスの肩を叩くと席を立ち、急いで食堂を出た。そして自分たちの寮へ戻ると最上階にあるアリスティドの部屋のドアをノックしようとしたところで、その手を止めた。
 もしも、万が一もうすでに『奉仕委員』が来ていたら。
 もしも、この扉の向こうで、すでに『ソレ』が始まっていたら。
 カールはやんちゃな同輩たちから聞きかじった知識で、ついあれこれ想像してしまう。
(暗くした部屋で、ベッドにアリスティド先輩が座ってて……)
 その前に奉仕委員の女子生徒跪いている。
(ヌいてやるって、やっぱり、手とか、口、とかで……? )
 学院始まって以来と噂される優秀な成績と、背が高く引き締まった無駄のない身体つき。そして何よりその抜きんでた白皙の美貌。着痩せする性質なのか、薄手の部屋着だけを纏った彼は意外としっかりとした身体つきをしていることを、いつも翌日の支度の手伝いに夜彼の部屋を訪れているカールは知っていた。
 まだまだ子どもっぽい自分たち二学年生とは違ってすでに一人前の大人のように見える彼の前に顔を伏せ、女子生徒がせっせと『ご奉仕』している姿。
 思わず、はぁ、と熱い息が漏れる。そして慌てて頭を振って妄想を押しやると、ゲオルグに申し訳ないと思いつつそっとその場を後にした。
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