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【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編

鬼人の里の生活

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 歓迎といいつつシャリもオウグも単に酒を呑む口実が欲しいだけだ。実際夜になって里の中央にある寄合所に行ってみれば、俺たちが来るより先に酒の甕は開いていた。だがめったに人の行き来がない鬼人の里だ。わざわざ大陸をつっきってやって来た俺たちが語る西の魔獣や最近流行りの歌や食い物なんかの話はたいそう喜ばれた。

 東の国の酒はコメという穀物を発酵させて作る。もう少し北の方じゃ清酒といってコメの酒を濾して作る透明なやつが流行ってるそうだが、この辺りじゃ白く濁った濁り酒が普通だ。
 果たしてエールか果実酒しか飲んだことがないアドルティスの口に合うんだろうかと思っていたが、度数が高い割にほんのり甘い口当たりが気に入ったようで、オウグに木の椀に注いでもらったやつをちびちびと飲んでいた。

「遠慮せんでも酒ならいくらでもあるぞ」

 オウグがアドルティスにそう言うと、やつは真面目くさった顔で首を横に振り「いや、大丈夫だ」と答えた。こいつは何年か前にうっかり飲み過ぎて酔っぱらったあげく、ダナンの街の酒場やなんかが並ぶ往来でいきなり俺に抱きついてキスを奪うという暴挙に出てしまって以来、外ではずいぶんと酒量に気を付けるようにしているらしい。

 俺はといえば久々の故郷の酒と肴をめいっぱい堪能した。鬼人が三人集まれば、誰が一番たくさん呑めるかと競争が始まるのは当たり前のことだ。

 俺はひたすら呑んでいただけだったが、アドルティスは宴の最中、里の薬師らしい男と何かを話していたり、俺の隣でまるで涅槃の神秘でも解き明かそうとしているかのような顔つきをしながら、その実ぼんやりと気を抜いていた。こいつは相変わらず見た目と中身がまるで一致しない。

 エルフというやつは昔からあまり他の種族と慣れ合わないやつが多いが、アドルティスはそんなことはない。里の鬼人たちも自分たちとは真反対の容姿の耳長族を興味深げに眺めながら酒を呑み、木の実を挽いて粉にしたのを練って作る団子に甘い餡を乗せたのや、塩を振って焼いた魚なんかを時々アドルティスに回してやっていた。

 それから俺は僅差でオウグとシャリを呑み負かした後、いい気分でアドルティスを連れて借りてる家に戻った。

「ああ、いい酒だった」

 木の床に敷いた寝床にごろりと寝転ぶと、アドルティスが真面目な顔をして「ああ、いい集まりだったな」と言った。

「お前も楽しんだか」
「ああ、楽しんだ」

 そう答えたアドルティスが俺の隣に座って少しだけ口角を上げる。

「ラカン」
「なんだ」
「ここに連れて来てくれてありがとう」
「おう」

 多分、アドルティスは初めての俺との遠出やこの鬼人の里での出来事をとても楽しいと思っているのだろう。やつはそのまま綺麗な緑色の目で俺を見下ろしながら「好きだ、ラカン」と言った。だから俺はやつを抱き寄せて口づけると白くて細い身体を撫でて触って抱きしめて、月が中天にかかるまでたっぷりと可愛がってやった。



     ◇   ◇   ◇



 それから俺たちはしばらく鬼人の里でそれぞれ好き勝手に暮らしていた。
 俺はオウグたちと山に入って冬眠しそこねた獣が魔獣化する前に狩って回ったり、里で打ち合いをやったりしていた。
 アドルティスは初めの内は薬師の鬼人と一緒に西にはないという何かの根っこだの木の実だのを集めたり乾かしたりしていたが、ある日を境にシャリの鍛冶場に入り浸るようになった。
 とはいえ近くじゃ危ないしシャリの気が散るから、と外の窓から硬い槌の音が鳴る小屋の中をじっと覗いている。俺が横からあれこれ声を掛けても生返事だ。

「おい、立ちっぱなしでしんどくないのか?」
「ん」
「メシはどうする」
「ん」
「いくらなんでも飽きないか?」
「んー……」

 そんなことが四日も続けば俺も諦めて、狩りにも鍛錬にも飽きた時はアドルティスの隣で居眠りするようになっていた。だが困ったことに、こっちの冬は向こうに比べるといかんせん寒い。

「っ、くしゅ」
「おいおい、エルフがくしゃみなんかしてちゃカッコつかないだろうが」
「ん」

 すると俺たちの声に気付いたのか、中からシャリの声が飛んできた。

「おめぇら、気が散る。中入って来い」
「お、やったぜ」

 ずび、と鼻をすすっているアドルティスの首根っこを掴んで鍛冶場に入ると、外の寒さとは一転、ぶわりと襲ってきた熱気に思わず息を呑む。

「熱いのと寒いのの間はないのか」

 そう舌打ちをする俺をよそにアドルティスは、シャリともう一人の鬼人が大槌とたがねを使って伸ばした玉鋼を折り返し、鍛錬しているさまを食い入るように見つめていた。
 真っ赤に焼けた鉄の塊に大槌が振り下ろされるたびに赤い火花が飛び散る。

「おい、危ないぞ」

 どうせ聞こえちゃいないアドルティスを火傷しないように後ろに引っ張って、俺も真っ赤に焼けた鋼の塊から自分の刀が生まれるのを見ていた。

 それからアドルティスはまるで何かに魅入られたようにほぼ一日中彼らの仕事を見守り続けた。放っておくと食事もとらないので、仕方なく俺がぼんやりしているあいつの口に度々コメを握ったものを突っ込み、お茶を飲ませてやる。
 そんな時に俺は、口にものが入っていない時のアドルティスの口がかすかに動いて何か呟いているのに気が付いた。

 シャリが突然「おい、あんた何かシュでもかけたか」と言ったのは、造込みが終わった鋼を繰り返し打ち延ばしながらほぼ刀の形ができあがってきた時だった。

「あ? なんだって?」
「あんたじゃねぇ。そっちの耳長の小僧の方だ」

 ギロリ、とシャリが険のある目つきでアドルティスを睨んだ。俺はつい反射でアドルティスの前に立ちながら尋ねる。

「って言ってるが、お前何かしたのか」

 するとアドルティスはパチリ、と瞬きをしてシャリを見た。

「え? いや、『シュ』というのは?」
「呪は呪だ。おまえら耳長のやつらはまじないを使うんだろう?」
「まじない……魔法のことか? 確かに精霊の力を借りて敵や味方の動く速さを上げたり力を増したりすることはできる」
「セイレイ?」

 今度はシャリの方が首をかしげる。それに俺が「自然のたましいみたいなもんだ」と言い添えると、ようやく納得したように頷いた。

「ああ、ならそれかもしれんな」

 そう呟いて、また刀を鍛え始める。

「おい。もっとちゃんと説明しろ」

 俺がそう言ってもシャリは顔を上げもしなかった。再び俺もアドルティスと一緒に黙ってシャリのやる事をただ見守る仕事に戻る。そしてシャリが打ち続けている刀身をじっと見つめながらかすかに唇を動かしていたアドルティスの横顔を思い浮かべていた。

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