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【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編
鬼人の里
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そこから先の旅路もいろいろあった。通りかかった町で盗賊騒ぎに巻き込まれたり、乗合馬車で移動中にゲダルダというイモリの巨大版みたいな魔獣の大量発生を見つけて二人で泥まみれになって倒したり。
そうこうするうちに予定より日数がかかって、目的地である鬼人の里に辿り着いたのは完全に冬に入った頃だった。
「その割りにずいぶんと地面が暖かいな」
「地面? そんなことわかるのかよ」
足元を見ながら呟くアドルティスに尋ねると「足の根が地面についているからわかる」とよくわからないことを言った。
「東のこっちの方には火山があるからな。だからいい鉄も取れるし鍛冶も盛んなんだ」
「なるほど」
丸太を組み合わせて作った大きな門をくぐり、鬼人の里へと入っていく。するとすぐに見張りの鬼人の気配が近づいてきた。
「おい、お前ら。ここに何しに……なんだ、羅漢か」
「久しぶりだな、応供」
「おう」
オウグは今の刀を鍛えてもらいにここへ来た時以来の顔見知りだ。やつは俺に軽く手を上げるとアドルティスをじろじろと見下ろした。
「なんだこいつは」
「あー、俺の相棒みたいなもんだ」
するとアドルティスは相変わらずの無表情でピンと背を伸ばし「西の森のアドルティスという。よろしく頼む」ときっちりと挨拶をする。
そういう行儀作法のようなものにとんと縁のないオウグは、少しばかり面食らったような顔をして「そうか。よく来たな」と応えた。
歩きながらオウグに自分の刀が折れたこと、新しい刀を手に入れたくて来たことを話すと、オウグは重々しく頷いて言った。
「なら刀鍛冶のじいさんのところに行くか。だがまずは長に顔を見せに行け。そっちのも連れていくなら尚更な」
「わかった」
「長に言えば寝泊まりする場所も与えてくれるだろう」
里の真ん中にある里長の元へ歩いていくと、里の鬼人たちが珍し気にこちらを見てくる。その視線の先は俺の隣にいるアドルティスだ。アドルティスは彼らの視線をまったく気にせずきょろきょろと辺りを見回しながら言った。
「この里は男ばかりが住んでいるのか」
「女と赤ん坊は山向こうの里に住んでる。鬼人族ってのはお互い血の気が多すぎて、ツラ突き合わせて暮らしてると争いごとが耐えないんだよ」
「そうなのか」
「しかも勝つのは大抵女の方だ。だから男は年に一度の妻問いの晩に女たちの里へ行って、相手が『良いぞ』っつったら契って子を作るんだ。で、生まれたのが男だったらその子が七つになったらこっちに連れてくる。それまでは向こうで育つ」
「なんとも合理的な風習だな」
真面目くさった顔で頷くアドルティスを連れて長の家に入ると、長はすでに何度かここで刀を誂えている俺を覚えていて歓迎してくれた。
「ほう、お前さんは葛城の里の羅漢か。久しいのう」
「長殿も変わらんようで何よりだ」
「なんの。もう年じゃよ」
髭も髪も真っ白な里長は、うまく胡坐をかけずにひっくり返りそうになっているアドルティスを見て言った。
「そちらは耳長族か。年はいくつじゃ」
「今年三十になった。西の森のアドルティスという」
「そうか。遠いところをよう参られた。しばらくゆっくりとここで冬を過ごすといい」
「ありがたく、この時と巡り合わせに感謝する」
そのやり取りを見ながら俺とオウグは横目で視線を見合わせた。
この世に二つとない刀を生み出す里の長は、余所者がこの刀鍛冶の里へ入り込むのを嫌う。なのにアドルティスには妙に愛想がいい。だが俺の疑問に気づいたのか、長は笑って言った。
「この者は里に災いは持ち込まぬ。むしろお前さんには良い縁となるだろう」
「そうか?」
とにかく歓迎してもらえるのならありがたい話だ。そろそろ初雪も降るだろうこんな時期に不興を買って里から追い出されては困る。
「応供、西の空き家へ案内してやれ。それから舎利のところへ連れて行ってやるがよい」
「わかった」
それからオウグに案内されて借りた空き家に荷物を下ろすと、アドルティスがオウグに尋ねた。
「シャリというのは?」
「ああ、里一番の刀鍛冶のじいさんだ。腕はいいが偏屈なやつでな。気に入らんやつには甕の水をぶっかけて鍛冶場から叩き出しちまうようなやつだ。だが長が彼のところへ連れていけといったのだから、話もできずに追い返されることはなかろうて」
「そうか。楽しみだ」
今の話のどこに楽しみだと思う要素があったかわからんが、とりあえず俺はアドルティスを連れてシャリの所へ向かった。
今まで俺が使っていた刀もこのシャリの打ったものだ。銘を冥加という。意味は知らん。朱塗りの柄に黒い鍔と鞘で斬れ味は他に類をみない。ちなみに長さの短い脇差しもそいつの作だ。
「おう、あんたか」
無精髭の岩みたいなツラをこちらに向けてシャリが鼻を鳴らす。
「あんたが来るってことは、わしの刀を駄目にしやがったな」
「不可抗力だ」
「フン、見せてみろ」
折れてしまった刀を鞘から抜いて、シャリはまた鼻を鳴らした。
「砥ぎ師はどこのどいつだ。まったくなっちゃいねぇ」
「西にあんたが満足できるような刀の扱いできるやつはいねぇよ」
「だったら西になど行くな」
言うことが相変わらずめちゃくちゃだ。パチン、と音を立てて刀を鞘に納めたシャリに向き直った。
「で、新しい刀を打ってくれるか」
「………………まあ、あんたのだったらいい」
それから俺の隣に目をやって言う。
「で、なんだそのやけにきらきらしい生き物は」
「あー、俺のツレだ」
そう言って隣を見るとアドルティスは好奇心に耳をぴくぴくさせながら辺りを見回しているところだった。そしてひそひそ声で言う。
「すごいな、ラカン。鍛冶場というものは初めて見たが、あれはなんだ? あそこで火を焚いて鉄を打つのか? あんな道具は見たことがないぞ。あ、あっちは?」
今にも立ち上がって手を伸ばしそうなやつを押さえ込んでシャリに言った。
「とにかく、この冬の間はこの里にいる。よろしく頼むぜ」
「わかった。今宵は歓迎の宴だ。久々に呑もう」
「ああ。わかった」
そうこうするうちに予定より日数がかかって、目的地である鬼人の里に辿り着いたのは完全に冬に入った頃だった。
「その割りにずいぶんと地面が暖かいな」
「地面? そんなことわかるのかよ」
足元を見ながら呟くアドルティスに尋ねると「足の根が地面についているからわかる」とよくわからないことを言った。
「東のこっちの方には火山があるからな。だからいい鉄も取れるし鍛冶も盛んなんだ」
「なるほど」
丸太を組み合わせて作った大きな門をくぐり、鬼人の里へと入っていく。するとすぐに見張りの鬼人の気配が近づいてきた。
「おい、お前ら。ここに何しに……なんだ、羅漢か」
「久しぶりだな、応供」
「おう」
オウグは今の刀を鍛えてもらいにここへ来た時以来の顔見知りだ。やつは俺に軽く手を上げるとアドルティスをじろじろと見下ろした。
「なんだこいつは」
「あー、俺の相棒みたいなもんだ」
するとアドルティスは相変わらずの無表情でピンと背を伸ばし「西の森のアドルティスという。よろしく頼む」ときっちりと挨拶をする。
そういう行儀作法のようなものにとんと縁のないオウグは、少しばかり面食らったような顔をして「そうか。よく来たな」と応えた。
歩きながらオウグに自分の刀が折れたこと、新しい刀を手に入れたくて来たことを話すと、オウグは重々しく頷いて言った。
「なら刀鍛冶のじいさんのところに行くか。だがまずは長に顔を見せに行け。そっちのも連れていくなら尚更な」
「わかった」
「長に言えば寝泊まりする場所も与えてくれるだろう」
里の真ん中にある里長の元へ歩いていくと、里の鬼人たちが珍し気にこちらを見てくる。その視線の先は俺の隣にいるアドルティスだ。アドルティスは彼らの視線をまったく気にせずきょろきょろと辺りを見回しながら言った。
「この里は男ばかりが住んでいるのか」
「女と赤ん坊は山向こうの里に住んでる。鬼人族ってのはお互い血の気が多すぎて、ツラ突き合わせて暮らしてると争いごとが耐えないんだよ」
「そうなのか」
「しかも勝つのは大抵女の方だ。だから男は年に一度の妻問いの晩に女たちの里へ行って、相手が『良いぞ』っつったら契って子を作るんだ。で、生まれたのが男だったらその子が七つになったらこっちに連れてくる。それまでは向こうで育つ」
「なんとも合理的な風習だな」
真面目くさった顔で頷くアドルティスを連れて長の家に入ると、長はすでに何度かここで刀を誂えている俺を覚えていて歓迎してくれた。
「ほう、お前さんは葛城の里の羅漢か。久しいのう」
「長殿も変わらんようで何よりだ」
「なんの。もう年じゃよ」
髭も髪も真っ白な里長は、うまく胡坐をかけずにひっくり返りそうになっているアドルティスを見て言った。
「そちらは耳長族か。年はいくつじゃ」
「今年三十になった。西の森のアドルティスという」
「そうか。遠いところをよう参られた。しばらくゆっくりとここで冬を過ごすといい」
「ありがたく、この時と巡り合わせに感謝する」
そのやり取りを見ながら俺とオウグは横目で視線を見合わせた。
この世に二つとない刀を生み出す里の長は、余所者がこの刀鍛冶の里へ入り込むのを嫌う。なのにアドルティスには妙に愛想がいい。だが俺の疑問に気づいたのか、長は笑って言った。
「この者は里に災いは持ち込まぬ。むしろお前さんには良い縁となるだろう」
「そうか?」
とにかく歓迎してもらえるのならありがたい話だ。そろそろ初雪も降るだろうこんな時期に不興を買って里から追い出されては困る。
「応供、西の空き家へ案内してやれ。それから舎利のところへ連れて行ってやるがよい」
「わかった」
それからオウグに案内されて借りた空き家に荷物を下ろすと、アドルティスがオウグに尋ねた。
「シャリというのは?」
「ああ、里一番の刀鍛冶のじいさんだ。腕はいいが偏屈なやつでな。気に入らんやつには甕の水をぶっかけて鍛冶場から叩き出しちまうようなやつだ。だが長が彼のところへ連れていけといったのだから、話もできずに追い返されることはなかろうて」
「そうか。楽しみだ」
今の話のどこに楽しみだと思う要素があったかわからんが、とりあえず俺はアドルティスを連れてシャリの所へ向かった。
今まで俺が使っていた刀もこのシャリの打ったものだ。銘を冥加という。意味は知らん。朱塗りの柄に黒い鍔と鞘で斬れ味は他に類をみない。ちなみに長さの短い脇差しもそいつの作だ。
「おう、あんたか」
無精髭の岩みたいなツラをこちらに向けてシャリが鼻を鳴らす。
「あんたが来るってことは、わしの刀を駄目にしやがったな」
「不可抗力だ」
「フン、見せてみろ」
折れてしまった刀を鞘から抜いて、シャリはまた鼻を鳴らした。
「砥ぎ師はどこのどいつだ。まったくなっちゃいねぇ」
「西にあんたが満足できるような刀の扱いできるやつはいねぇよ」
「だったら西になど行くな」
言うことが相変わらずめちゃくちゃだ。パチン、と音を立てて刀を鞘に納めたシャリに向き直った。
「で、新しい刀を打ってくれるか」
「………………まあ、あんたのだったらいい」
それから俺の隣に目をやって言う。
「で、なんだそのやけにきらきらしい生き物は」
「あー、俺のツレだ」
そう言って隣を見るとアドルティスは好奇心に耳をぴくぴくさせながら辺りを見回しているところだった。そしてひそひそ声で言う。
「すごいな、ラカン。鍛冶場というものは初めて見たが、あれはなんだ? あそこで火を焚いて鉄を打つのか? あんな道具は見たことがないぞ。あ、あっちは?」
今にも立ち上がって手を伸ばしそうなやつを押さえ込んでシャリに言った。
「とにかく、この冬の間はこの里にいる。よろしく頼むぜ」
「わかった。今宵は歓迎の宴だ。久々に呑もう」
「ああ。わかった」
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