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【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編
旅のお買い物
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俺とアドルティスが知り合ってから結構な年月が経っている。
だがダナンの街を出発して二週間掛かって中央都市に着き、また護衛の依頼を受けながら街道を順に進んでいくにつれて、初めてわかってきたことがあった。
「アドルティス。お前こっちに来てから何年だ?」
「ん? 二十歳の歳に森を出て以来だから十年だな」
「その割にはおのぼりさん丸出しじゃないか?」
「え、そうか?」
東ルーマ地方名物のホロ鳥のスパイス焼きとふかし芋の糖蜜かけの包みを抱えながら緑色の薬石を矯めつ眇めつしていたアドルティスが俺の言葉に首を傾げる。だがすぐにその視線は隣の白い薬石の大きな塊へと吸い寄せられていった。
「すごいな。見てみろ、ラカン。これはダナンの辺りでは見たことのない大きさだ。それにこっちのは初めて見る色の混ざり方をしている。あ、これは知っているぞ! タドル石だ。南の方でしか採れないと聞いていたがこの街には入ってきているのか。これは胃もたれと宿酔いにとてもよく効くんだそうだ。ラカンも一つ持っておいた方がいいんじゃないか? 俺が粉にして……ああ、でもすごく苦いとも聞いたな。なら糖蜜に混ぜて固めて飴のようにしてみたら……」
こちらが口を挟む隙もなくアドルティスがまくしたてるのを、俺はこいつが興味を示した草猪の串焼きとコキリ鳥の唐揚げと袋に山盛り入ったシセロンの果実を抱えながら聞き流した。
ちなみに薬石というのは本当の石ではなく、薬効成分のある植物の粉や動物の胃や肝などの生薬が硬く石化したものを指す……らしい。
「お前、こっちの方には来たことなかったのか」
「ああ。街道沿いの護衛仕事は大抵中央都市までだったし、ラカンと受ける仕事は大抵辺境での魔獣退治だろう? 俺宛ての指名依頼も森や峡谷の方での素材採取がほとんどだからな」
「……なるほど」
森を出てから十年も経っているのにアドルティスの行動範囲は予想外に狭かったようだ。俺には違いも用法もまるでわからん細々とした物を嬉々として漁りながら答えるアドルティスの背中を見下ろす。
「……ならもっと早くあちこち連れて行ってやれば良かったな」
「え? 何か言ったか?」
「いや。なんでもない。それよりあれこれ買うなら帰りの時にしろ。行きに荷物増やしてどうする」
「ああ……確かにそうだな。でも売り切れたりしないだろうか……」
「おい、これは在庫はたくさんあるのか。それか取り置きはできるのか?」
綺麗な眉をしかめて呟くアドルティスに見蕩れている店員をギロリと睨んで尋ねると、店員は慌てたように答える。
「え、ええと、普段はしてませんが、今回は特別に半値納めて頂ければ……」
「ならこれ全部取り置きだ。割符を作って、それと半金と交換にしろ」
「は、ちょっとお待ちを……!」
そう言って奥へ引っ込んだ店員をぽかんと見て、それからアドルティスが俺を見た。
「さすがラカンだな」
「お前が旅慣れていなさすぎるだけだ」
こうも真正面からストレートに褒められると気分がいいのを通り越してさすがに気恥ずかしくなる。するとアドルティスがやたらと目を輝かせてさらに言ってきた。
「いや、謙遜することはない。思えばラカンは初めて出会った時から俺に美味くて安い食堂や一番濃い果実酒を出す店や金額をごまかしたりしない換金所を教えてくれた。いつだって俺がきちんと食事をとっているか気にしてくれたり、俺がいなくても酒場の向かいの席を必ず空けておいてくれるだろう? それにうちに来る時は甘い酒や綺麗な花や珍しい石を持ってきてくれるし、前に俺がねだってからはいつも最初にキスをしてくれて、そんなところが俺は」
「わかった! わかったからもういい!」
周りの客や奥から戻ってきた店員が興味津々聞き耳を立てているのに気づいていないアドルティスの口を慌てて塞ぐ。そしてその店員に前金を投げて割符をひったくると、ちっとも訳が分かっていなさそうなやつを引っ張って店を出た。
「どうかしたのか、ラカン」
「どうかしたのかじゃねぇだろ、お前」
信じられないことに、先ほどのただのノロケのような甘ったるい恋人への賛辞をこの男はクソ真面目な顔で真剣に言うのだ。公衆の面前でそれを言われる俺の身にもなって欲しい。
おまけにアドルティスは他の誰にも見せないような、パッと花が咲いたような笑顔で「ラカン、好きだ」などとのたまった。
こいつは俺に衝撃の告白をしてきて以来、時々こんな風に突拍子もなくドストレートな言葉をぶん投げてくる。それからじっと俺の顔を見る。一体なんなんだ。酒場の色恋営業か。いまさら俺を引っ掛けてどうする。
俺は辺りを見回しアドルティスの腕を掴んで路地に引きずり込むと、こいつが当分の間口がきけなくなるようなどろっどろのキスをしてやった。ざまあみろ。
だがダナンの街を出発して二週間掛かって中央都市に着き、また護衛の依頼を受けながら街道を順に進んでいくにつれて、初めてわかってきたことがあった。
「アドルティス。お前こっちに来てから何年だ?」
「ん? 二十歳の歳に森を出て以来だから十年だな」
「その割にはおのぼりさん丸出しじゃないか?」
「え、そうか?」
東ルーマ地方名物のホロ鳥のスパイス焼きとふかし芋の糖蜜かけの包みを抱えながら緑色の薬石を矯めつ眇めつしていたアドルティスが俺の言葉に首を傾げる。だがすぐにその視線は隣の白い薬石の大きな塊へと吸い寄せられていった。
「すごいな。見てみろ、ラカン。これはダナンの辺りでは見たことのない大きさだ。それにこっちのは初めて見る色の混ざり方をしている。あ、これは知っているぞ! タドル石だ。南の方でしか採れないと聞いていたがこの街には入ってきているのか。これは胃もたれと宿酔いにとてもよく効くんだそうだ。ラカンも一つ持っておいた方がいいんじゃないか? 俺が粉にして……ああ、でもすごく苦いとも聞いたな。なら糖蜜に混ぜて固めて飴のようにしてみたら……」
こちらが口を挟む隙もなくアドルティスがまくしたてるのを、俺はこいつが興味を示した草猪の串焼きとコキリ鳥の唐揚げと袋に山盛り入ったシセロンの果実を抱えながら聞き流した。
ちなみに薬石というのは本当の石ではなく、薬効成分のある植物の粉や動物の胃や肝などの生薬が硬く石化したものを指す……らしい。
「お前、こっちの方には来たことなかったのか」
「ああ。街道沿いの護衛仕事は大抵中央都市までだったし、ラカンと受ける仕事は大抵辺境での魔獣退治だろう? 俺宛ての指名依頼も森や峡谷の方での素材採取がほとんどだからな」
「……なるほど」
森を出てから十年も経っているのにアドルティスの行動範囲は予想外に狭かったようだ。俺には違いも用法もまるでわからん細々とした物を嬉々として漁りながら答えるアドルティスの背中を見下ろす。
「……ならもっと早くあちこち連れて行ってやれば良かったな」
「え? 何か言ったか?」
「いや。なんでもない。それよりあれこれ買うなら帰りの時にしろ。行きに荷物増やしてどうする」
「ああ……確かにそうだな。でも売り切れたりしないだろうか……」
「おい、これは在庫はたくさんあるのか。それか取り置きはできるのか?」
綺麗な眉をしかめて呟くアドルティスに見蕩れている店員をギロリと睨んで尋ねると、店員は慌てたように答える。
「え、ええと、普段はしてませんが、今回は特別に半値納めて頂ければ……」
「ならこれ全部取り置きだ。割符を作って、それと半金と交換にしろ」
「は、ちょっとお待ちを……!」
そう言って奥へ引っ込んだ店員をぽかんと見て、それからアドルティスが俺を見た。
「さすがラカンだな」
「お前が旅慣れていなさすぎるだけだ」
こうも真正面からストレートに褒められると気分がいいのを通り越してさすがに気恥ずかしくなる。するとアドルティスがやたらと目を輝かせてさらに言ってきた。
「いや、謙遜することはない。思えばラカンは初めて出会った時から俺に美味くて安い食堂や一番濃い果実酒を出す店や金額をごまかしたりしない換金所を教えてくれた。いつだって俺がきちんと食事をとっているか気にしてくれたり、俺がいなくても酒場の向かいの席を必ず空けておいてくれるだろう? それにうちに来る時は甘い酒や綺麗な花や珍しい石を持ってきてくれるし、前に俺がねだってからはいつも最初にキスをしてくれて、そんなところが俺は」
「わかった! わかったからもういい!」
周りの客や奥から戻ってきた店員が興味津々聞き耳を立てているのに気づいていないアドルティスの口を慌てて塞ぐ。そしてその店員に前金を投げて割符をひったくると、ちっとも訳が分かっていなさそうなやつを引っ張って店を出た。
「どうかしたのか、ラカン」
「どうかしたのかじゃねぇだろ、お前」
信じられないことに、先ほどのただのノロケのような甘ったるい恋人への賛辞をこの男はクソ真面目な顔で真剣に言うのだ。公衆の面前でそれを言われる俺の身にもなって欲しい。
おまけにアドルティスは他の誰にも見せないような、パッと花が咲いたような笑顔で「ラカン、好きだ」などとのたまった。
こいつは俺に衝撃の告白をしてきて以来、時々こんな風に突拍子もなくドストレートな言葉をぶん投げてくる。それからじっと俺の顔を見る。一体なんなんだ。酒場の色恋営業か。いまさら俺を引っ掛けてどうする。
俺は辺りを見回しアドルティスの腕を掴んで路地に引きずり込むと、こいつが当分の間口がきけなくなるようなどろっどろのキスをしてやった。ざまあみろ。
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