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【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編

旅の準備

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 それから数日後、驚いたことに本当に二人はアドルティスがダナンを離れている間、ラヴァンの家で一緒に暮らすことになったらしい。エリザ婆さんが「せっかくだからラヴァンにお手製の石鹸やお茶やハーブの枕を持って行ってあげましょう」とやけに楽しそうに荷造りするのをアドルティスと一緒に手伝ってラヴァンの家まで運んでやった。
 ラヴァンはあの、人の性根を見透かすような灰色の目で俺をジロジロと見上げたかと思うと、アドルティスには「そうかい。楽しんでおいで」と言い、俺には「お前さん、くれぐれもあの子に無茶をさせるんじゃないよ。あの綺麗で有能な指一本でも傷つけて帰してごらん。あの子の代わりにエリン草を百ガロンとチコリの実を三百ガロンに青頭鷲の羽根を五十羽分採取してきてもらうからね」と言った。俺は神妙な顔をして「わかった」と言っておいた。

 ここダナンの街から東への出発点となる中央都市までは馴染みの商隊の護衛をしながら移動することにした。商隊とは中央都市で別れ、俺たちはそこから東へ向かう街道馬車に乗るか、また別口の護衛の仕事を見つけて進む。そうすれば路銀を稼ぎながら目的地へ向かえるというわけだ。
 俺はいつもの脇差と、普段は使わない両手持ちの大剣を背中に背負っている。
 鋭角に刃先を当てて斬ることに特化した俺の国の刀と違って、こっちの剣は上から叩きつけて敵をぶった切るための物だ。当然戦い方も技も魔獣を殺すコツも違ってくる。何か月かかるかわからん旅の間、ずっと片手剣を使って妙な癖がついたら困るが、刀とまったく違う両手持ちの大剣ならまあ大丈夫だろう。
 アドルティスの方はいつものように弓と矢筒を背負い、腰にはエルフの短剣という装備だ。
 馴染みの商隊の商人はいつになく大剣を背負った俺を見て目を丸くしていた。

 東に行くのはいいが、正直今はあまりいい時期とは言えなかった。蒸し暑い中央大陸の夏が終わり、季節はすでに秋だ。鬼人族の住む東の国までは街道馬車と歩きで早くてもふた月は掛かる。うまく頃合いの刀がすぐ手に入ったとしても冬に入ってしまう。冬に大陸を突っ切ってここへ戻って来るのは至難の業だ。

「けどまあ、エリザばあさんの心配がなければなんとでもなるだろう」

 俺がそう言うとアドルティスが瞬きをする。

「帰路が冬に掛かるなら、いっそ向こうで一冬越せばいい。お前だって別にいいだろ?」

 そう尋ねるとアドルティスの顔がパッと明るくなった。そしてじんわりと目を細めて笑う。
 どうしたことか、この旅に出ることが決まってからのこいつはやけに表情が緩い。しかも誰が見ても分かるくらいに。ほら見てみろ。馭者がバカみてぇに口開けてお前のこと見てるぞ。今にも涎が垂れそうだ。あいつは要注意だな。
 俺は隣を歩くアドルティスの頬を摘まんで引っ張る。

「何をするんだ、ラカン」
「あんまゆるゆるの顔してんじゃねぇぞ」
「ゆるゆる? どういう意味だ」

 俺の手を払ってアドルティスが首を傾げている。俺がそんなやつの頭をひと撫でして「あんまりかわいい顔すんなってことだ」と言うと、口をポカンと開けてから目元を赤く染めて俯いた。だからその顔だっつーの。今度は商隊主の商人までアホ面下げてこっちを見ている。

 俺がアドルティスと付き合いだして二年が経つ。きっかけは……まあ成り行きみたいなもんだ。怪我の功名、棚から牡丹餅、瓢箪からエルフ。そんなところだ。

 元からアドルティスはモテる方だった。そりゃそうだ。黙って立ってりゃさすがはエルフ、白金の髪に朝露に濡れた葉陰の色の目、伸びやかな若木のごとき肢体に月の光が形になったような端正な顔。ちなみにこれは何年か前にダナンの街で人気だった吟遊詩人の言だ。俺じゃないぞ。鬼人にそんな語彙はない。

 とにかく女も男もひと目で虜にしちまうような綺麗な顔の持ち主だが、妙なところで世間知らずというか世を知らんというか。
 魔獣の気配だの殺気だのには恐ろしく敏感で、こっちが刀を抜く前に弓で一発仕留めちまうようなやつなのに、自分に向けられる秋波や下心ありありの視線にはとんと鈍いのだ。今だって馭者や商人や街道へ向かうやつらが残らず自分を見てることに全然気づいちゃいない。だからせいぜい俺が周りに目を光らせておかないとな。
 俺が時も場所も構わずこいつに「かわいい」なんて口に出して言うのは半分牽制みたいなもんだ。そう言われる度に恥ずかしそうに、でもちょっと嬉しそうに笑うこいつが見たいせいじゃねぇぞ。……まあそういうことにしとけ。
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