上 下
58 / 64
【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編

旅の準備

しおりを挟む
 それから数日後、驚いたことに本当に二人はアドルティスがダナンを離れている間、ラヴァンの家で一緒に暮らすことになったらしい。エリザ婆さんが「せっかくだからラヴァンにお手製の石鹸やお茶やハーブの枕を持って行ってあげましょう」とやけに楽しそうに荷造りするのをアドルティスと一緒に手伝ってラヴァンの家まで運んでやった。
 ラヴァンはあの、人の性根を見透かすような灰色の目で俺をジロジロと見上げたかと思うと、アドルティスには「そうかい。楽しんでおいで」と言い、俺には「お前さん、くれぐれもあの子に無茶をさせるんじゃないよ。あの綺麗で有能な指一本でも傷つけて帰してごらん。あの子の代わりにエリン草を百ガロンとチコリの実を三百ガロンに青頭鷲の羽根を五十羽分採取してきてもらうからね」と言った。俺は神妙な顔をして「わかった」と言っておいた。

 ここダナンの街から東への出発点となる中央都市までは馴染みの商隊の護衛をしながら移動することにした。商隊とは中央都市で別れ、俺たちはそこから東へ向かう街道馬車に乗るか、また別口の護衛の仕事を見つけて進む。そうすれば路銀を稼ぎながら目的地へ向かえるというわけだ。
 俺はいつもの脇差と、普段は使わない両手持ちの大剣を背中に背負っている。
 鋭角に刃先を当てて斬ることに特化した俺の国の刀と違って、こっちの剣は上から叩きつけて敵をぶった切るための物だ。当然戦い方も技も魔獣を殺すコツも違ってくる。何か月かかるかわからん旅の間、ずっと片手剣を使って妙な癖がついたら困るが、刀とまったく違う両手持ちの大剣ならまあ大丈夫だろう。
 アドルティスの方はいつものように弓と矢筒を背負い、腰にはエルフの短剣という装備だ。
 馴染みの商隊の商人はいつになく大剣を背負った俺を見て目を丸くしていた。

 東に行くのはいいが、正直今はあまりいい時期とは言えなかった。蒸し暑い中央大陸の夏が終わり、季節はすでに秋だ。鬼人族の住む東の国までは街道馬車と歩きで早くてもふた月は掛かる。うまく頃合いの刀がすぐ手に入ったとしても冬に入ってしまう。冬に大陸を突っ切ってここへ戻って来るのは至難の業だ。

「けどまあ、エリザばあさんの心配がなければなんとでもなるだろう」

 俺がそう言うとアドルティスが瞬きをする。

「帰路が冬に掛かるなら、いっそ向こうで一冬越せばいい。お前だって別にいいだろ?」

 そう尋ねるとアドルティスの顔がパッと明るくなった。そしてじんわりと目を細めて笑う。
 どうしたことか、この旅に出ることが決まってからのこいつはやけに表情が緩い。しかも誰が見ても分かるくらいに。ほら見てみろ。馭者がバカみてぇに口開けてお前のこと見てるぞ。今にも涎が垂れそうだ。あいつは要注意だな。
 俺は隣を歩くアドルティスの頬を摘まんで引っ張る。

「何をするんだ、ラカン」
「あんまゆるゆるの顔してんじゃねぇぞ」
「ゆるゆる? どういう意味だ」

 俺の手を払ってアドルティスが首を傾げている。俺がそんなやつの頭をひと撫でして「あんまりかわいい顔すんなってことだ」と言うと、口をポカンと開けてから目元を赤く染めて俯いた。だからその顔だっつーの。今度は商隊主の商人までアホ面下げてこっちを見ている。

 俺がアドルティスと付き合いだして二年が経つ。きっかけは……まあ成り行きみたいなもんだ。怪我の功名、棚から牡丹餅、瓢箪からエルフ。そんなところだ。

 元からアドルティスはモテる方だった。そりゃそうだ。黙って立ってりゃさすがはエルフ、白金の髪に朝露に濡れた葉陰の色の目、伸びやかな若木のごとき肢体に月の光が形になったような端正な顔。ちなみにこれは何年か前にダナンの街で人気だった吟遊詩人の言だ。俺じゃないぞ。鬼人にそんな語彙はない。

 とにかく女も男もひと目で虜にしちまうような綺麗な顔の持ち主だが、妙なところで世間知らずというか世を知らんというか。
 魔獣の気配だの殺気だのには恐ろしく敏感で、こっちが刀を抜く前に弓で一発仕留めちまうようなやつなのに、自分に向けられる秋波や下心ありありの視線にはとんと鈍いのだ。今だって馭者や商人や街道へ向かうやつらが残らず自分を見てることに全然気づいちゃいない。だからせいぜい俺が周りに目を光らせておかないとな。
 俺が時も場所も構わずこいつに「かわいい」なんて口に出して言うのは半分牽制みたいなもんだ。そう言われる度に恥ずかしそうに、でもちょっと嬉しそうに笑うこいつが見たいせいじゃねぇぞ。……まあそういうことにしとけ。
しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...