上 下
49 / 64
【番外編】恋も積もれば愛となる 編

ラカンの来訪

しおりを挟む
「だ……誰だ……?」

 俺は扉越しに尋ねる。だってエリザさんだったら鍵を持ってるはずだから。すると扉の向こうから聞こえてきた声は、俺がこの世で一番大好きな男の声にすごくよく似ていた。

「俺だ。開けてくれ」

 ………………ラ、ラカン……!?!?!
 思わず息を呑んで硬直する。するとまた外から声がした。

「どうした? 何かあったのか?」

 間違いない。これ、ラカンの声だ。俺とは全然違う、低くてちょっと擦れてて聞くとドキドキするくらい男らしい声。でも扉越しだからなのか疲れているのか、いつもよりもっと声が低い気がする。それともこの声の低さはもしかして不機嫌の前兆だろうか。そう思って急いで扉を開けようとして気が付いた。

 ………………待てよ? ここが十二年後の世界だということは、ラカンだって十二年分歳を取ってるってことだ。ええと……ラカンっていくつだったっけ?
 いや待てよ。この前ラカンに誕生日を聞いた時、鬼人族には生まれた日を祝う習慣がないとかで年はわからんって言われたんだった。多分三十かそこらだろう、って。ってことは今四十くらい?
 でも鬼人族も森のエルフと同じで二百年近く生きるそうだから、多分十二年経っててもあんまり見た目はかわってないと思う……けどどうなんだろう。まったく想像がつかない。
 俺は恐る恐る鍵を外して扉を開けて、そして――――絶句した。

 なんだこのめちゃくちゃ渋い男前は。

 そこにいたのは確かに十二年分、歳を取ったラカンだった。
 見上げるほど背が高くて、俺じゃ腕が回るかどうかわからないくらい逞しくて分厚い身体はそのままだ。光が当たると少し赤みがかる短い黒髪と黒光りする角も、そしていかにも意志の強そうな太い眉や鋭い眼光も。
 けれど、さっき会った寿命八十年の人間のリンドほど変わってはいないけど、十二年分の歳月は確かに存在してた。
 俺の知ってるラカンより鼻とか顎とかがさらにがっしりしてて、それになんというか、ますます男臭さが増している。

「よう、なんかいい匂いがするな」

 そう言って入ってきたラカンを俺はただひたすら無言で凝視した。
 その口調は全然変わってなくて、でも声はもっと低く太くなってる気がする。というかなんかさらに身体が分厚くなってないか!? 鬼人って何歳まで成長するんだろう。俺なんてちょっと目が細くなって頬のあたりがスッキリしたくらいしか変わってないのに不公平じゃないか?

 いや、俺のことはどうでもいい。問題は今目の前にいるラカンだ。
 どうやらラカンは結構長い間街を出ていたようで、着ている服や荷物がだいぶ土埃で汚れている。腰には相変わらず黒と赤に塗られた二振りの刀を差していて、記憶よりもさらに厚みのある背中を見ていると、なぜか背筋のあたりがゾクゾクしてきて少し震えてしまった。
 そして今、俺はめちゃくちゃに叫びだしたい衝動と必死に戦っている。

 う、わ~~~~~~~~!!!!!

 俺が知ってるラカンの、いつもピリピリとした気迫に満ちて油断なくあたりを探っているような目と気難しい顔もものすごくカッコよかったけれど、十二年経ったラカンはさらに、さらに死ぬほどカッコよかった。いかん、語彙が圧倒的に足りない。

 まだ一瞬しか顔を見てないけど、でも後姿だけでもすごい男の色気というか、圧倒的な何かがガンガン伝わって来る。なんなんだ一体。
 それにさっきからやけに腹の奥の方がぞくぞくして、すごく変な感じがする。風邪でもひいたんだろうか。

 目が覚めたらいきなり十二年経っていたなんてことになってしまって本当にどうしようかと思ってたけれど、あまりにもカッコいいラカンが見れてこれだけは本当に神様感謝します! と本気で祈りを捧げたくなった。
 そしてラカンに気づかれていないのをいいことに、妙に慣れた足取りで俺の前を歩いて台所へと向かうラカンの背中を瞬きするのも惜しんで見つめる。するとラカンが荷物を降ろしながら聞いて来た。

「今日、何してた?」

 ああああああ、やっぱり声が渋くてカッコいい……。心臓が痛いくらいバクバクしているなんて気づかれないように、俺はことさら気を付けていつもの無表情で答えた。

「街の雑貨屋とギルドを覗いて、それからスープとパンを作っていたな」
「なんだよ、地味だな」
「そういうラカンはどうだった? ええと、依頼は無事終わったのか?」

 なんとか怪しまれないように、それでも興味津々で聞いてみる。

「おお、東の岸壁の迷宮、覚えてるか? 最下層にグエラギルスがいたとこだ。あそこにまたでっかい魔獣が住み着いたらしくてな。ただあそこの地盤がこの間の地鳴りでかなり緩くなってるみたいでそっちの方が危ないって、今回は様子だけ見て戻ってきた」
「そうか」

 ラカンは自分より強い魔獣と戦うのが三度の飯より好きだという男だ。それじゃあ今回は暴れられなくて物足りなかっただろう。だから深く考えずに「残念だったな」と言うと、ラカンが振り向いて、ほんの少し目を細めてニッと笑った。
 ッツ、わ、笑った~~~~~~~~~~!?!?
 いかん、頭が完全に停止して手足も動かない。すごい、あのいつも仏頂面のラカンが。俺に向かってニッ、って。

 完全に見蕩れてしまってぼけっとしてると、ラカンにいぶかしげな顔で聞かれてしまった。

「……なんだよ、どうかしたか? お前」
「いや、なんでもない」

 いかんいかん。怪しまれちゃいけない。だってこんなかっこいいラカンともっとあれこれおしゃべりしたいし、それとなく今の俺がどんな生活をしてるのか聞き出せるかもしれないし。

「そうだ、そろそろ昼だし何か食べるか? ラカン」
「おう」

 俺はそう言っていつもエリザさんと一緒に食事をとっている丸いテーブルを指し示す。そしてラカンが腰を下ろしたのを見てからたっぷりのスープをよそって持って行った。
 それからオーブンから出した焼き立てのパンを分厚く切って、ふと思い立って地下から持ってきたチーズを上に乗せてオーブンに戻す。
 裏口に行くと、毎朝配達されるミルクの缶がバケツの水で冷やされていた。それも持ってくると、こんがり焼けたチーズパンと一緒にラカンに出した。

「お、いつものチーズが乗ってるやつだな」
「え?」

 思わず聞き返すと、ラカンが惚れ惚れするくらい大きな口でパンを咀嚼しながら言った。

「お前、昔から俺がここに来るといつもたっぷりチーズを乗せたのを焼いてくれてたよな」
「そ、そうだったか?」

 俺が知ってる限りじゃ、ラカンがこの家に来たことは一度もない。そこまで深い付き合いではないからな。
 つまり、俺が知らない十二年の間にもっと親しくなってここでチーズを乗せたパンを振る舞う仲にまでなったってことか。
 うわ、すごい、嬉しいな。思わずにんまりと笑ってしまう。多分全然顔は動いてなかったと思うけど。

 なんだか興奮しすぎて全然食欲が湧いてこなかったので、俺はお茶だけ淹れてラカンの前に座って飲んだ。
 ラカンがパンとスープを三回お代わりしてから、俺は皿やコップを流し台に運びながらしみじみと幸せを噛みしめていた。
 ああ、でもこれじゃあラカンにはまだ足りないよな。どうしよう、どこか外に食べに行こうかって聞いてみようか、なんて考えてたら、あまりにも予想外すぎる言葉がラカンの口から飛んできた。

「よし、じゃあ風呂行くぞ」
「…………は?」
「皿洗いは後でもいいだろう? お前も早く来い」

 そう言ってラカンは二階へ上がる階段の向こうにある浴室へさっさと行ってしまった。
 え? 風呂? 今まだ昼だけど? というかうちで湯を浴びるのか?
 いや、それは別にいいんだけれど、まるで俺も一緒に入るみたいな感じじゃなかったか?

 そりゃあ同じ討伐依頼を受けて汚れて帰ってきた時にみんな一緒に街の共同浴場へ行ったことだってあるし、一緒に風呂に入ること自体は別に嫌じゃない。
 でもなんでうちで? 確かにこの家には湯が出る浴室があるけれど、ただ身体を洗うだけの小さくて狭いところだし、もっと広い共同浴場の方がゆったりできていいんじゃないのか? それになんで俺も一緒に? それとも何か聞き間違えただろうか。

 どうしていいかわからず台所で呆然としていると、階段の向こうからラカンの声が聞こえてきた。

「こっち来る時ベッドのとこからアレ持って来いよ」

 …………どうやら俺も一緒に風呂場に行くことは決定事項らしい。でもアレってなんだろう? 見当もつかない。
 仕方なしに言われた通りエリザさんの部屋だったはずの寝室に行ってベッドを見下ろす。朝起きて、突然のことに動揺したまま家を飛び出たからシーツやなんかもくしゃくしゃだ。
 それはともかく、ここらへんに風呂場に持ってくような物があっただろうか。
 
 きょろきょろあたりを見回して、ベッドの横にある小型のキャビネットに気づいた。この中に何かあるのかな。そう思って俺は引き出しを開けてみた。

 ……………………え、なにこれ。

 何か透明の液体の入った瓶と、すべすべしていて細長い棒みたいな物を取り出してみる。なんだろう、これは。
 とりあえず棒は置いておいて瓶の方を開けてみると、甘くていい匂いが漂ってくる。これ、香油か? エリザさんの化粧道具か何かだろうか。
 それを置いてもう一度謎の棒を手に取ってみる。うーん、わからん。
 そいつも香油の隣に置いて、引き出しの中をもう一度覗いてみる。するともっと奥の方に何かがあった。結構持ち重りのするそれを引き出しから取り出してみて、そしてそれが何かを理解した瞬間に取り落とした。
 それは黒くて、明らかに男の逸物の形を模した物体だった。
 な、なんだこれ。え、これってアレだよな? アレの形だよな? な、なんでこんなものがここに????

 俺は床に落としてしまったその恐ろしく卑猥な形のものを呆然と見つめる。そして恐る恐る拾い上げた。
 …………アレの形をしているのはわかったが、これちょっとデカすぎないか? こんなサイズの男なんていないだろう普通。あ、これ、ここに魔石を入れて使うのか。ということは魔道具? じゃあこんな形してるけど実は武器かなんかだったりするんだろうか? と思ったその時だった。 

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

処理中です...