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【番外編】恋も積もれば愛となる 編

未来の世界

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 それから街をうろうろしてわかった。
 信じられない話だが、あの壁新聞の日付は間違っていなかった。
 本当に今はアルウム歴994年で、俺が知ってる年より十二年も未来の世界だったのだ。
 何を言ってるかわからないと思うが俺もわからない。え、未来? 一体どういうことだ?

 俺はギルドの奥の手洗い場で呆然と鏡を見ていた。
 自分の顔が記憶と微妙に違う。なんというか、頬や顎の辺りが記憶にあるよりシュッとしてて目が細い。俺の目はもうちょっと丸かったような気がする。
 それに今まで地味にパニックになっていて気が付かなかったが、背中の中ほどまであったはずの髪が肩の上まで短くなっていた。いやさすがにそれは気づけよ、と思うが『常に森の古木のごとく冷静沈着であれ』と言われる森のエルフエルフェンリーフであっても、さすがにこんな事態に直面したら落ち着いてなどいられないだろう。

 衝撃に強張った顔で手洗いを出るとまたすぐに知らない相手に声を掛けられる。

「こんにちは、アドルティスさん! 今日はラヴァンさんからの指名依頼はありませんが、中央都市から素材収集の要請が出ています。依頼を受けられますか?」
「え? ああ……いや、今日は止めておこう」

 とてもそんな気になれずに断ると、ギルドの受付の女性がハッとした顔で言った。

「あ、そうですよね。そろそろラカンさんが戻られる頃ですよね。それじゃあ依頼どころじゃないかも……。失礼しました」

 それを聞いて、こっちの世界でもラカンはどこか仕事で遠出してるんだとわかる。
 ……いや、待て、なんでラカンが戻ると俺が依頼どころじゃなくなるんだ? いや確かにある意味そうだけど、え、もしかして俺がラカンのことが好きだってバレてるのか?
 思わず顔からサーッと血の気が引きそうになる。するとまたどこからか別の声が飛んできた。

「ああ、アドルティス。いいところに来た」

 それは受付担当のリンドという男だった………………はずだ。リンドってもうちょっと若くなかったか? 老けた? 確かに人間は何百年も生きるエルフや鬼人と違って年を取るのが早いが、でも数日前に見た時はこんなんじゃなかったはずだぞ? と、そこで「そうだ、ここは十二年未来の世界だった」と思い出す。
 そうか、そうなのか。そこで俺は突然理解した。

 ここは本当に十二年後の世界で、俺が自分の手や顔が記憶と違うと思ったのも、これが十二年後の三十二歳になった俺の姿だからだ。
 外の飲み屋が雑貨屋に変わっていたのも、五年前に発見されたという薬石を知らないのも、リンドが老けたのも、今が俺が知ってるよりも十二年未来だからなのだ。

 いつもの無表情の下で驚愕している俺をよそに、リンドがいくつもの木札を持って受付のカウンターから身を乗り出した。

「実は東の境界線あたりの森にまた黒目蜘蛛が出てきてる兆候があるという一報が入ってな。ひとっ走り様子を見て来て欲しいんだ。また昔のように大量発生すると後が面倒だからな」

 ところがリンドの横から別の木札を抱えた男が口を挟む。

「駄目ですよ、統括。今日あたりラカンが戻ってくるそうですからね。なのにそこのエルフ殿が街にいなかったら、ものすごく面倒なことになりますよ」
「あー、そうか。くそっ。そうだな、じゃあ仕方がない。別のやつに頼むとするか。でももし本当にスタンピードの気配があった時はラカンと一緒に行ってくれるか?」
「…………もちろんだ」

 ごく普通に、冷静に返事できたと思う。多分。
 これ以上動揺せずに済むように急いでギルドを出ようとすると、さっきの受付の女の人が「ラカンさんが依頼の完了報告に来られたら、アドルティスさんがいらっしゃったことお伝えしますね!」と後ろから叫んできた。おまけにリンドまで「ラカンには早くお前のとこに戻るよう言っとくから」なんて言ってくる。
 え、なんなんだこれ。今までこんなこと一度だって言われたことないのに。
 頭がぐちゃぐちゃで、とにかく急いでエリザさんの家に戻ろうとする最中も、やっぱりいろんな人に次から次に声を掛けられた。

「こんにちは、アドルティスさん! いいドワーフの火酒が入ってるんですがひと甕どうですか? ラカンさんお好きなんですよね?」
「よう、エルフの兄さん! 今日あたり鬼の大将が戻って来るんだろう? もし叢熊グラスベアかフォレストサーペントの肉が手に入ったんだったら、ぜひ俺のとこに持ってきてくれって伝えてくれるかい?」
「あっ、ちょっとアドルティス!? ねえ、ラカンもう戻ってきた? どんな魔石が獲れたのか聞いてない? それとドラーケンの薬石って知ってる? あれってやたらめったら硬いんだけどどうやったら細かく砕けるのかし……え、ちょっと! アドルティス!?」

 もう最後の方はほとんど走って表通りを逃げだした。そしてエリザさんの家に飛び込んでバタン、と扉を閉める。ハアハアと肩で息をしながら耳を澄ましたけれど、やっぱり家の中にエリザさんの気配はなかった。
 俺はよろよろと台所に行くと、見覚えのないやたらとデカい木のコップで水を一杯飲んでぐったりと流し台に手をついた。

 なんなんだ。みんなして俺を見るなりラカン、ラカンって。
 もしかしてみんなにバレちゃってるの? 俺がラカンにずっと片思いしてるって。知っててからかってるのか?
 いやまあ、オレがラカンの事が好きなのは本当のことだから仕方ないけれど、でもどうしよう。もしラカンが街に戻ってきて、さっき俺が言われたみたいに寄ってたかって俺のことをあれこれ言われたりしたら、さすがに鬱陶しいって思うよな。
 うるさいのが嫌いなラカンのことだから、あのしかめっ面をますます険しくさせて『あいつのことなんて知るか。俺にいちいち聞くな、やかましい』ぐらい言いそうだ。それで面倒になって避けられたりしたらすごく悲しいな。
 
 そのままずるずると床に座り込んで膝を抱えて、ため息をついた。
 一体、何でこんなことになってしまったんだろう。十二年後の未来だって?
 その時ふと、昔西の森の婆様に聞いた言葉を思い出した。

――――よいか、アドルティスや。神々というものは昔からひどく気まぐれじゃ。
 公明正大な時の女神さえ、時にはその糸紡ぎを狂わせる。

 いやいやいやいや、そんな馬鹿な話はないだろう。でもそれならなんでこんなことに?
 何かもう、混乱しすぎてものすごく疲れてしまった。気分が落ち込んで回復できそうにない。こういう時はひたすら手を動かすに限る。

 俺は立ち上がって地下に置いてある木箱を覗いていくつか野菜を見繕った。運よく塩漬けの塊肉もあったのでそれも持って台所に戻る。
 そしてこの家で一番大きな鍋を持ってくるとそこに刻んだ肉や野菜を入れてスープを作った。
 それから粉と水を練って取っておいた発酵済みのパン種を一緒に練り込む。それから濡れた布巾を被せて裏口の涼しいところに置いた。
 スープの味見をしながら、そういえばエリザさんがどこにいったのか判らず仕舞いだということに気づく。
 そうだ、ラヴァンのところに行けば、二人は知り合いだから何か知っているかもしれない。ここに下宿できることになったのも元はラヴァンの紹介だったからな。
 そう考えながら膨らんだパン生地を丸めて天板に並べ、あらかじめ灰を掻き立てて薪を足しておいたオーブンに入れた。
 これだけ作っておけば突然エリザさんが帰ってきても大丈夫だ。と、その時。突然外に通じる扉がドンドン、と叩かれて飛び上がりそうなほど驚いた。
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