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Ⅴ エルフの恋も信心から 編
鬼とエルフの相思相愛
しおりを挟む ダナンの街に戻って真っ先にラカン行きつけの店に肉を持って行った。
店の大将はたいそう喜んで、肉を半分やる代わりにここで調理してくれるということで話が付いた。ただ、肉をとろとろに煮込むのに少し時間がかかるらしい。
「ラカン。薬師のラヴァンのところに胆石と薬草を納めてくるから、ラカンはここで飲んで待っていたらどうだ?」
「あー、そうだな」
じゃあ、と手を上げて別れようとしたら、すごい勢いで店に飛び込んできたやつらに捕まった。
「見つけたわよ、まったく。ようやく姿を見せたわね、あなたたち」
呆れかえった声でリナルアが言う。
「ええと……無事みたいで良かったよ、アドルティス」
とレンが妙に視線を泳がせながら言った。
「無事?」
今日の岩熊のことを言ってるんだろうか? そう思って「ラカンがいたからな」と言うと、レンはなぜかちょっと目元を赤らめて「……いや、ラカンが相手だから心配してたんだけど……」と答えた。
「なぜラカンが一緒だと心配なんだ?」
「え、いやだって、昨日おとついと、ずっとラカンと一緒だったんだろう?」
昨日おとつい? 今日じゃなくて?
意味がわからず首を傾げているとレンが深々とため息をつく。
「あの晩、突然ラカンがアドルティスを担いで高級宿に消えて、それから丸一日姿を見せなかったんだよ? どう見てもラカンと君じゃ体力だって体格だってものすごく差があるし、誰だってアドルティスがラカンにそれはもうすごい目に合わされて、宿から出てくることすらできなくなってるって思うに決まってるじゃないか」
「すごい目?」
すごい目に合わされるってなんだろう。殴る蹴るの喧嘩したりしないぞ? 俺たちは。
するとラカンが横で「余計なお世話だ」とレンをギロリと睨んだ。それを見てリナルアが肩をすくめる。
「ラカン。勘弁してやって。兄はこれでもずっとアドルティスの騎士のつもりで周りに恨まれるの覚悟で頑張ってきたんだから」
「いやだってさ、もう何年もダナンにいるのに自分の周りに涎垂らして徘徊してる犬や猫たちが山ほどいるの、全然わかってないみたいだったじゃないか。そりゃあ心配にもなるさ」
とレンがまたため息をついた。そんな彼を見てリナルアが眉を上げる。
「ラカン。言っとくけど、去年中央都市から来た武器商人がアドルティスを連れ去ろうとしたのを撃退したのも、ギルドの向かいの食堂の給仕娘が既成事実を狙って彼に一服盛ろうとしてるのに気づいてそれを防いだのも兄の手柄よ。ちょっとは褒めてやって」
「よくやった、レン」
「いや、そう面と向かって言われると照れるな」
「けどお前だって狙ってなかったわけじゃないんだろうが。百年早いわ、すっこんでろ青二才」
「顔が怖いよ、ラカン」
ラカンとレンが顔を見合わせて何か目で会話している隣でリナルアがひらひらと何かを振った。
「まあ、どこで何してたのかは聞かないけど、結構大変なことになってるわよ。しばらく周りがうるさいだろうからラカンにしっかり守ってもらった方がいいわよ、アドルティス」
彼女が手に持っている例の裏新聞らしき物の内容が激しく気になったが、ラカンにひったくられて結局中身を知ることはできなかった。
◇ ◇ ◇
まるで正反対のように見える鬼人とエルフだけど、一つだけ共通点があると思う。それは「物事の良し悪しを決めるのは自分の直観で、その判断に逆らう生き方はどうしてもできない」ということだ。
「こっちに座れよ。アドルティス」
そう言ってラカンが自分が座った場所の向かいを指差す。そこが俺の定位置というわけだ。
すでに陽は暮れて店には明かりがともり始め、酒と食い物を求めてこの店にも人が集まって来る。
ラカンの馴染みの大将が珍しい東酒を持ってテーブルにやってきた。
「よう、ラカン。岩熊の煮込みはもうちっと時間がかかるからな。こいつでもやって待っててくれ」
「おう」
「こっちの別嬪さんにはこれだな」
そう言ってグラスを俺の前に置く。
「こいつはラカンに言われて仕入れたやつだ。といっても作ったのは俺のおふくろでな。シセロアの実を漬けたもんで俺の地元の名物なんだ」
「そうなのか。ありがとう」
それはとてもとても綺麗なオレンジ色をした果実酒だった。頭上に灯された魔石燈の明かりでキラキラと輝いて見える。
こんなに綺麗なものをラカンが俺のために頼んでくれたことに驚いて、そしてすごく嬉しくなった。
「アドルティス。あんまりそういう顔を外で見せない方がいいわよ。また馬鹿な犬や猫が寄ってきて鬼の餌食になるばっかりだから」
リナルアが豪快にエールを煽りながら言う。
「……そういう顔ってどんな顔なんだ?」
向かいのラカンに尋ねると、ラカンは俺の顎をぐい、と持ち上げて言った。
「俺好みの、とんでもなくかわいくてエロい顔ってことだ。アディ」
「……っ、っか…………っ!?」
リナルアたちの目の前でアディと呼ばれたことや、あまりに俺には似合わない言葉に、思わず詰まってしまった。
最近、ラカンは俺に向かってやたらと「かわいい」という言葉を使う気がする。いつもしかめっ面の鬼人のラカンがそんなことを言うのは俺をからかって楽しんでるんだと、今までなら思ったことだろう。
でも今は、もしかしたらこれもラカン流の『好き』なんじゃないかと思う。だから俺も負けじとラカンに向かって「そうか。俺もラカンの顔が好きだぞ」と答えた。
「………………私たち、席を移った方がいいかしら」
「頼むから俺を置いていかないでくれ、妹よ」
リナルアとレンがひそひそ言っているのをよそに、俺はラカンが注いでくれる意外と酒精の強いその綺麗な酒を心ゆくまで堪能したのだった。
◇ ◇ ◇
「お前んところのばあさんも飲むか? 持って帰るか、これ」
と、ラカンがさっきのシセロアの果実酒を瓶ごと持たせてくれた。
店の大将の地元の名産だというシセロアはここよりもっと南の温かい地方でしか採れない珍しい果物で、水や炭酸で割ったらきっと家主のエリザさんも喜ぶんじゃないかと思う。
しばらく家を空けてしまっていたが、これならいい土産になると喜んでいたら、店を出たところで突然ラカンにぐい、と腕を引っ張られた。
「なあ、アドルティス。俺がひどく負けず嫌いなのは知ってるよな?」
「……え? ああ、そうだな」
負けず嫌いというか、魔獣を倒すことに関しては確かに誰にも負けな……と思ったところでラカンの大きな手に顔をすくい上げられる。そして爪先立ちになったところを、後から店を出てきたレンたちや宵っ張りの往来を行きかう酔客たちの目の前で、ちゅ、と口づけられた。
「ラ……ラカ……っ!?」
「お前、さっきからその酒飲みながらして欲しそうな顔してたぜ?」
ニッと人の悪そうな笑みを浮かべてラカンが言う。そんなのは誤解だ! と言おうとしたけど、いや、やっぱり誤解でもなんでもないな、と思い直した。
だって確かに俺はいつだってラカンに触れたいし、ぎゅってされたいし、キスだってして欲しいって密かに思っているから。
「ほら、その甘くていい匂いのする口をもっと寄越せ」
「ん……っ」
甘いのはきっとこの酒のせいだ。そしてこんな、皆が見ている前でちゅっ、ちゅっ、って何度も口づけられて舌まで絡められて、恥ずかしさよりも気持ちよさの方が断然勝ってしまってラカンの太い腕が俺の腰に回されていなかったらすぐにくったりと地面に這いつくばってしまいそうなほどフラフラになってしまってるのも全部この綺麗で甘い酒のせいに違いない。
「フン、これだけマーキングしとけば充分か」
なんて言ってるラカンにリナルアとレンが「呆れた男ね、ラカン」「やるときは本当に徹底的だな」と呆れた顔で言う。
「次回の裏新聞が楽し……いや、怖いか。かなり」
「ほんとにそうね」
そう、本当に、相棒としてのラカンは誰よりも強くて頼もしいやつだって知ってたけれど、まさか恋人としてのラカンがこんなにも心臓に悪い男だとは思いもしなかった。
俺は火照る顔をなんとか隠そうとしたけど、奥の方でちらちらと熾火の燃える鬼の目に射すくめられて溢れてくる気持ちが抑えきれなくなる。
結局、全部酒のせいにしてぎゅっとラカンの腕にしがみついた。
------------------------------
ここで本編完結です。一か月間お付き合いありがとうございました!
まだ一本おバカな番外編があるので、また後日アップしていく予定です。
今しばらくお待ちください。
店の大将はたいそう喜んで、肉を半分やる代わりにここで調理してくれるということで話が付いた。ただ、肉をとろとろに煮込むのに少し時間がかかるらしい。
「ラカン。薬師のラヴァンのところに胆石と薬草を納めてくるから、ラカンはここで飲んで待っていたらどうだ?」
「あー、そうだな」
じゃあ、と手を上げて別れようとしたら、すごい勢いで店に飛び込んできたやつらに捕まった。
「見つけたわよ、まったく。ようやく姿を見せたわね、あなたたち」
呆れかえった声でリナルアが言う。
「ええと……無事みたいで良かったよ、アドルティス」
とレンが妙に視線を泳がせながら言った。
「無事?」
今日の岩熊のことを言ってるんだろうか? そう思って「ラカンがいたからな」と言うと、レンはなぜかちょっと目元を赤らめて「……いや、ラカンが相手だから心配してたんだけど……」と答えた。
「なぜラカンが一緒だと心配なんだ?」
「え、いやだって、昨日おとついと、ずっとラカンと一緒だったんだろう?」
昨日おとつい? 今日じゃなくて?
意味がわからず首を傾げているとレンが深々とため息をつく。
「あの晩、突然ラカンがアドルティスを担いで高級宿に消えて、それから丸一日姿を見せなかったんだよ? どう見てもラカンと君じゃ体力だって体格だってものすごく差があるし、誰だってアドルティスがラカンにそれはもうすごい目に合わされて、宿から出てくることすらできなくなってるって思うに決まってるじゃないか」
「すごい目?」
すごい目に合わされるってなんだろう。殴る蹴るの喧嘩したりしないぞ? 俺たちは。
するとラカンが横で「余計なお世話だ」とレンをギロリと睨んだ。それを見てリナルアが肩をすくめる。
「ラカン。勘弁してやって。兄はこれでもずっとアドルティスの騎士のつもりで周りに恨まれるの覚悟で頑張ってきたんだから」
「いやだってさ、もう何年もダナンにいるのに自分の周りに涎垂らして徘徊してる犬や猫たちが山ほどいるの、全然わかってないみたいだったじゃないか。そりゃあ心配にもなるさ」
とレンがまたため息をついた。そんな彼を見てリナルアが眉を上げる。
「ラカン。言っとくけど、去年中央都市から来た武器商人がアドルティスを連れ去ろうとしたのを撃退したのも、ギルドの向かいの食堂の給仕娘が既成事実を狙って彼に一服盛ろうとしてるのに気づいてそれを防いだのも兄の手柄よ。ちょっとは褒めてやって」
「よくやった、レン」
「いや、そう面と向かって言われると照れるな」
「けどお前だって狙ってなかったわけじゃないんだろうが。百年早いわ、すっこんでろ青二才」
「顔が怖いよ、ラカン」
ラカンとレンが顔を見合わせて何か目で会話している隣でリナルアがひらひらと何かを振った。
「まあ、どこで何してたのかは聞かないけど、結構大変なことになってるわよ。しばらく周りがうるさいだろうからラカンにしっかり守ってもらった方がいいわよ、アドルティス」
彼女が手に持っている例の裏新聞らしき物の内容が激しく気になったが、ラカンにひったくられて結局中身を知ることはできなかった。
◇ ◇ ◇
まるで正反対のように見える鬼人とエルフだけど、一つだけ共通点があると思う。それは「物事の良し悪しを決めるのは自分の直観で、その判断に逆らう生き方はどうしてもできない」ということだ。
「こっちに座れよ。アドルティス」
そう言ってラカンが自分が座った場所の向かいを指差す。そこが俺の定位置というわけだ。
すでに陽は暮れて店には明かりがともり始め、酒と食い物を求めてこの店にも人が集まって来る。
ラカンの馴染みの大将が珍しい東酒を持ってテーブルにやってきた。
「よう、ラカン。岩熊の煮込みはもうちっと時間がかかるからな。こいつでもやって待っててくれ」
「おう」
「こっちの別嬪さんにはこれだな」
そう言ってグラスを俺の前に置く。
「こいつはラカンに言われて仕入れたやつだ。といっても作ったのは俺のおふくろでな。シセロアの実を漬けたもんで俺の地元の名物なんだ」
「そうなのか。ありがとう」
それはとてもとても綺麗なオレンジ色をした果実酒だった。頭上に灯された魔石燈の明かりでキラキラと輝いて見える。
こんなに綺麗なものをラカンが俺のために頼んでくれたことに驚いて、そしてすごく嬉しくなった。
「アドルティス。あんまりそういう顔を外で見せない方がいいわよ。また馬鹿な犬や猫が寄ってきて鬼の餌食になるばっかりだから」
リナルアが豪快にエールを煽りながら言う。
「……そういう顔ってどんな顔なんだ?」
向かいのラカンに尋ねると、ラカンは俺の顎をぐい、と持ち上げて言った。
「俺好みの、とんでもなくかわいくてエロい顔ってことだ。アディ」
「……っ、っか…………っ!?」
リナルアたちの目の前でアディと呼ばれたことや、あまりに俺には似合わない言葉に、思わず詰まってしまった。
最近、ラカンは俺に向かってやたらと「かわいい」という言葉を使う気がする。いつもしかめっ面の鬼人のラカンがそんなことを言うのは俺をからかって楽しんでるんだと、今までなら思ったことだろう。
でも今は、もしかしたらこれもラカン流の『好き』なんじゃないかと思う。だから俺も負けじとラカンに向かって「そうか。俺もラカンの顔が好きだぞ」と答えた。
「………………私たち、席を移った方がいいかしら」
「頼むから俺を置いていかないでくれ、妹よ」
リナルアとレンがひそひそ言っているのをよそに、俺はラカンが注いでくれる意外と酒精の強いその綺麗な酒を心ゆくまで堪能したのだった。
◇ ◇ ◇
「お前んところのばあさんも飲むか? 持って帰るか、これ」
と、ラカンがさっきのシセロアの果実酒を瓶ごと持たせてくれた。
店の大将の地元の名産だというシセロアはここよりもっと南の温かい地方でしか採れない珍しい果物で、水や炭酸で割ったらきっと家主のエリザさんも喜ぶんじゃないかと思う。
しばらく家を空けてしまっていたが、これならいい土産になると喜んでいたら、店を出たところで突然ラカンにぐい、と腕を引っ張られた。
「なあ、アドルティス。俺がひどく負けず嫌いなのは知ってるよな?」
「……え? ああ、そうだな」
負けず嫌いというか、魔獣を倒すことに関しては確かに誰にも負けな……と思ったところでラカンの大きな手に顔をすくい上げられる。そして爪先立ちになったところを、後から店を出てきたレンたちや宵っ張りの往来を行きかう酔客たちの目の前で、ちゅ、と口づけられた。
「ラ……ラカ……っ!?」
「お前、さっきからその酒飲みながらして欲しそうな顔してたぜ?」
ニッと人の悪そうな笑みを浮かべてラカンが言う。そんなのは誤解だ! と言おうとしたけど、いや、やっぱり誤解でもなんでもないな、と思い直した。
だって確かに俺はいつだってラカンに触れたいし、ぎゅってされたいし、キスだってして欲しいって密かに思っているから。
「ほら、その甘くていい匂いのする口をもっと寄越せ」
「ん……っ」
甘いのはきっとこの酒のせいだ。そしてこんな、皆が見ている前でちゅっ、ちゅっ、って何度も口づけられて舌まで絡められて、恥ずかしさよりも気持ちよさの方が断然勝ってしまってラカンの太い腕が俺の腰に回されていなかったらすぐにくったりと地面に這いつくばってしまいそうなほどフラフラになってしまってるのも全部この綺麗で甘い酒のせいに違いない。
「フン、これだけマーキングしとけば充分か」
なんて言ってるラカンにリナルアとレンが「呆れた男ね、ラカン」「やるときは本当に徹底的だな」と呆れた顔で言う。
「次回の裏新聞が楽し……いや、怖いか。かなり」
「ほんとにそうね」
そう、本当に、相棒としてのラカンは誰よりも強くて頼もしいやつだって知ってたけれど、まさか恋人としてのラカンがこんなにも心臓に悪い男だとは思いもしなかった。
俺は火照る顔をなんとか隠そうとしたけど、奥の方でちらちらと熾火の燃える鬼の目に射すくめられて溢れてくる気持ちが抑えきれなくなる。
結局、全部酒のせいにしてぎゅっとラカンの腕にしがみついた。
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ここで本編完結です。一か月間お付き合いありがとうございました!
まだ一本おバカな番外編があるので、また後日アップしていく予定です。
今しばらくお待ちください。
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