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Ⅴ エルフの恋も信心から 編

ラカンとアドルティスのデート

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 さすがダナンでも指折りの高級宿だけあって、ベッドの寝心地も部屋から繋がってる浴室も頼めば運んできてくれる食事もものすごく良かった。
 結局その後は二人とも部屋から一歩も出ずにダラダラしつつ、ラカンが倒してきた珍しい魔獣の話や、昨日飲み屋でラカンが魔導士から聞いた南の方にある湖で獲れる魚の話を聞いたりした。なんでもその魚の鱗は薬や御守りの素材になるそうだが、まだ詳しい薬効や使い方がはっきりしないらしい。

「お前、そういうの興味あるだろうと思って」

 だから昨日熱心に聞いていたのか。俺を放ったらかしにして。
 というかその時そう言ってくれれば俺だって直接その魔術師から話を聞けたのに、と言ったらラカンがぱち、と瞬きをして「……そうか。そうだよな」と言った。……よっぽどあの時は疲れていたんだろうか。

 なんだかいつもより馬鹿っぽいラカンとよくわからない話をしたり、キスしたり、突然その気になったらしいラカンに散々意地悪なことをされて、その三倍くらい可愛がられて、いっぱいいっぱいいやらしいことを言わされながらイかされまくった。
 それから寝落ちして、起きたらラカンがどこからか山盛りの串焼きの包みと大きな葡萄酒入りの瓶を持ってきて、裸のままシーツを被ってベッドで黙々と食べたりした。

 とはいえ、どれほど豪華で快適な宿であっても、元々じっとしているのが苦手な鬼人といつも何か手仕事をしているのが癖になっている森のエルフがずっと部屋に籠っていられたのはたった一日だけだった。

 次の日、ラヴァンからの依頼の残りに岩熊ロックベアの胆石が入っていると聞くなり、ラカンが「暇だから」と言って一緒に行ってくれることになった。
 まだ夜が明ける前に宿を出て、急いで下宿に戻って家主のエリザさんにまた出掛けてくるとひと言メモを置く。そして野営と採取のための荷物をまとめてギルド前でラカンと落ち合った。

 岩熊は大きいやつだと人間三人分ぐらいの大きさは優にある。でも剣鬼・ラカンに掛かればあっという間だ。お陰で岩熊の生息地であるグランデ渓谷に来て一刻も経たずに胆石が手に入ってしまった。簡単すぎる。

「肉はどうする」

 心臓からオレンジ色の中魔石を抜きながらラカンが聞いてくる。

「食べられるのか?」
「そうだな。とろとろになるまで煮込むと旨いな」
「それだとここでは無理だな。街まで持って帰らないと」

 だが生憎、ついでに取っていこうと思っていた他の薬草類の採取がまだだった。

「こいつは一番最後にやるべきだったな」

 そう言うラカンがすごく惜しそうな顔をしているので、今回は薬草は諦めてそいつを担いで街に戻ることにした。
 ラカンが血抜きをしている間、俺はちょっと足を延ばして今特に品薄だというベスカの根だけ採ってくる。土がついたまま丁寧に油布で包んで背嚢にしまった。
 元居たところに戻ると、解体した岩熊の肉の塊を並べてラカンがすごくいい顔をしている。

「ゲイルのとこに持って行って煮込んで貰おうぜ」

 ゲイルはラカンが贔屓にしている食堂兼酒場の大将の名だ。珍しい東酒をたくさん揃えていて、飯も旨い。
 巨大な肉の包みを担いで歩いて行くラカンの大きな背中を見ながら、俺はついつい条件反射のように妄想に耽る。

 歩く度に動く肩や腕や背中の筋肉がものすごくカッコいい。堅くて引き締まった尻とか太くて力強い腰とか。あの腿って俺の何倍あるんだろう? 種族の差って本当に凄いな。いや、多分鬼人族といってもラカンが特別強くて逞しいんだと思う。きっとそうだ。

 ここへ来るのにギルド前でラカンと待ち合わせをした時、朝早くに出勤してきた受付統括のリードにばったり会った。
 リードの話だとラカンが同じ金級のあの髭の重戦士たちと討伐してきた魔獣は、このルーマ地方では初めて確認された種族だったらしい。つまりその魔獣がどんな性質でどんな攻撃をしてきて何が弱点なのか、ラカンたちも知らずに戦ったということだ。
 しかも取り出した魔石はリードでさえ初めて見たというくらいの大きさだったらしい。その魔獣が相当な強さだった証拠だ。

 今回の討伐に参加したメンバーから考えるに、恐らく髭の重戦士が盾役として魔獣の注意を引きつつ攻撃を受け、魔導士が遠距離から攻撃しながらラカンがその二振りの刀で直接魔獣に接敵して戦ったのだろう。
 最終的に致命傷になったのは魔獣の延髄を叩き斬ったラカンの一閃だったそうだから、そんな相手と初見で戦って倒したラカンのすごさは誰だってわかる。
 そんなすごい男がわざわざ俺の仕事に付き合ってくれたり、こんな風に二人でのんびり歩いたり、それにいっぱいいっぱいキスをしてくれて俺が精魂尽き果ててしまうくらいたっぷり抱いて愛してくれて、こんなに幸せでいいんだろうかと思う。本当に。
 そんなことをポーッとした頭で考えていたら、急にラカンが振り向いて「どうかしたか? アディ」と聞いて来た。

 そう、ラカンと初めてキスをしたあの夜から、ラカンはよく俺のことを「アディ」って呼ぶようになった。前はすごく酔っぱらった時とか、何か俺にものを頼みたい時にふざけて言うくらいだったのに。
 いつも気難しそうな顔で人を寄せ付けないラカンが「アディ」って特別な名前で呼んでくれて、そのたびにラカンが俺を見るのが嬉しくてたまらない。そして胸の奥がぎゅっとなって顔が熱くなる。

 だから今も急いでラカンに追いついて、何か俺も特別なことを言いたかったけど何も浮かばなくてただラカンの顔を見た。

「どうした」
「……いや、なんでもない」
「何か言いたいことあるんだろう? そういう時はちゃんと言えと言ったはずだぞ」

 ラカンがちょっと眉をしかめて言う。
 俺がラカンにキスして貰いたいのにずっと言い出せなくて、馬鹿みたいに一人で思い詰めた末に大勢の人たちの目の前で無理矢理ラカンの唇を奪ってしまった暴挙を咎めているのだ。
 そのせいでラカンにもいらぬ恥をかかせてしまったし、俺も本当に反省したから、言いたいことはちゃんと言わないと、と思い直す。

「ラカン、好きだ」

 するとラカンはちょっと驚いたみたいに目を開いて、そしてふっ、と目を細めると大きな手で俺の頭をぐしゃっと撫でた。
 こんな時、ラカンも一度くらい「好き」って言ってくれたらな、とちょっと思う。でもふと、鬼人族には元々そういう習慣がないんじゃないだろうか、と気づいた。
 それによく考えたらこうやって頭を撫でるのだって今まではまったくなかったことだから、きっとこういうのがラカンの「好き」の伝え方なんだろう。
 ラカンが普段言葉にはしない色々な気持ちを、こうやって少しでも見つけていけたらいいな、と思った。


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