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Ⅴ エルフの恋も信心から 編

『今週のエルフ様』

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 そう言って突然襲い掛かってきたレンとリナルアの兄妹に連れて行かれたのは、偶然にもついこの間ラカンと夕飯を食べた飲み屋だった。あの木苺のコーディアルを飲んだ店だ。しかもその時と同じテーブルについた途端、隣に座ったレンがひそひそ声で聴いてきた。
 
「なあ、アドルティス。あの噂は本当なのか?」
「噂?」
「これよ」

 そう言ってリナルアがドン! とばかりにテーブルに一枚の紙を出す。それは普段ギルドの掲示板に貼ってある壁新聞を破り取ったものだった。
 ギルドの職員が手作りしている壁新聞にはダナンの街でのイベントや最近ルーマ地方で起こった異変や珍しい魔獣についての注意事項など、色々なお役立ち情報が書かれている。
 って、え、あれ破ったりしたら駄目だろう。他の人たちが見れなくなるじゃないか。バレたら受付統括のリードあたりに大目玉食らうんじゃないか?

「違うわよ。これは表の壁新聞じゃなくて裏のよ」
「裏?」
「壁新聞じゃなくてごく少部数だけ印刷されて早い者勝ちで貰えるんだ。ダナンの冒険者の面白おかしい話とかファニエール街の店の噂とかが載ってる」

 そ、そんなのがあるのか……知らなかった……。というかファニエール街ってラカンも通ってる色街だろう? あんなところの噂話って……まさかラカンのこととかも載ってるんだろうか?
 気になって覗き込もうとすると、リナルアが「これ! ここのとこよ!」と紙面を指差した。
 そこには、ダナンの住民たちが匿名で投稿している記事を集めたコーナーだった。
 一番上には『ダナンの酒場で一番人気の歌姫が今付き合っている男は誰か』っていう内容で、その次は変わった魔道具ばかり作っている西グレン通りのイカレクラフターが今年作った魔道具の役に立たない度ランキングらしい。
 なんだ? この『今週の輝くイケメン剣士様』ってコーナー。これどう見てもレンのことだよな。おっかけファンによる『街で見かけたレン様情報』か。誰が読むんだそんなの。
 思わず顔を上げて隣を見たら、レンが『そこは見なくていいよ』と言って手で隠してしまった。

「ほら、これだよ。これ」
「…………は?」

 そう言って指差したのは『今日の輝くイケメン剣士様』の隣。なんと『今週の麗しのエルフ様』と書いてある。
 へえ、ダナンにもそんなに有名なエルフがいるのか。知らなかった。どこ出身のエルフなんだろう、リード辺りに聞いたらわかるかな。などと考えながら記事を読んでみた。


――――――――――――
今日もエルフ様が古の薬師様の採取依頼を一発でクリアしてた。あの厳しい薬師様の要求する基準をなんなく越えられるエルフ様さすがだし相変わらずお美しくて今日も飯が旨い。
――――――――――――


 え、なにこれ。古の薬師様ってラヴァンのことだよな? 厳しいって書いてあるし。彼女の基準を超えられるエルフって……もしかして俺のことなのかこれ。しかも俺が依頼をこなすと飯が旨いってなんでだ? というか一々俺の納品状況とか見てる人がいるの?

「あなた、ダナンで知らない人はいないってくらい有名なのよ? いまいち実感してないみたいだけど」

 とリナルアがちょっと呆れたような顔をして言う。
 なんと答えていいかわからず、その下の記事を読む。そっちはさらに問題ありだった。


――――――――――――
今日、エルフ様がなんだかすごくぼんやりした顔でギルド受付に荷物の受け取りに来てた。他の子は「いつもと変わんないじゃない」とか言ってたけど麗しのエルフ様ファンクラブ会員ナンバー一桁の私にはわかる。あれは絶対ぼんやりしてた。ってかエロかった。
――――――――――――


「エ、エロ……っ!?」

 え、いや、なにそれ。といいつつ『荷物の受け取り』という言葉でそれがいつのことかすぐにわかった。あれだ。ギルド経由で取り寄せた乾燥サラサ紙を取りに来た時だ。
 確かあれは……そう、ラカンがなぜか機嫌が悪くて、でもってめちゃくちゃに抱かれたあの夜の次の日だ。
 ……間違いなくぼんやりしてたな。だってあの日一日中ずっと俺の腰を掴んでたラカンの手の感触とか、後ろにラカンの太くて堅くて熱いアレが入ってるみたいな感覚が消えなくて、それに耳に吹き込まれる低くて擦れた声とか圧し掛かって来る身体の重みとか……いかん、また思い出してしま……っ

「ア、アドルティス? 大丈夫か?」

 思わず口を押さえて机に突っ伏しそうになった俺の背中をレンが心配そうに撫でてくる。

「…………だ、大丈夫だ」
「アドルティス、そっちの記事じゃなくてね」

 と言ってリナルアがその下を指差した。え、まだあるの?? と思って恐る恐る読んでみる。


――――――――――――
ギルド裏の飲み屋で飲んでたら麗しのエルフ様来た。相棒の鬼さんを迎えに来たみたい。
なんかエルフ様胸倉掴まれてぐいっと引っ張られて耳元にちゅう♡されてて思わずケララ鶏の唐揚げ噴いた。
――――――――――――

「………………は、はぁあぁあッ!?」

 と叫んだ。いや叫びそうになった。実際には目玉落っこちそうなほどかっぴらいて絶句した。え、なにそれ、いつ俺がラカンとちゅう♡♡だって!?!?!?

「なあ、これ、相棒の鬼さんってラカンだよな? 他に鬼っていないもんな?」
「護術士のゴランも鬼って感じだけど一応人間だし、鬼っていうよりオーガって顔だもんね。それにあなた彼と組んだことだってないよね? ある?」
「というか『ちゅう』って何だ!? アドルティス、あの鬼にそんなことされちゃったのか!? 皆が見てる飲み屋なんかで!?」
「…………い、いや、誤解だ。レン。そんなことはされてない」

 ぐらぐらする頭で、なんとかそこはきっぱりと否定した。
 だってこれ、あの時のことだろ? ラカンが妙に機嫌悪かった時の。
 俺が雑貨屋に薬石が入荷したのを見に来たらレンがいて、で、話してたらリナルアがラカンを探してるのにぶつかって。
 そしたら偶然向かいの店で飲んでたラカンの殺気がしたから、レンとリナルアをまいてラカンのところに行った時のことだ。
 その時は本当にラカンの機嫌が悪くて……。それに窓から俺のこと見てたらしいラカンがもしリナルアに気づいたら、リナルアと飲みに行っちゃうんじゃないかと思って誤魔化そうとしたら急にラカンが怒り出したやつだ。
 その時確かに襟首掴まれて耳元であれこれ言われたけど、ただそれだけだ。
 そんなまさか、こんな店の中でラカンが俺にちゅう♡なんてするわけがないだろう。ちょっと考えただけで嘘だってわかることだ。

 ……と、そこまで考えて、俺は思わず柄にもなく意気消沈してしまった。だって俺、ラカンとすっごいセックス何度もしちゃってるけど、ちゅーはしたことない。うん、まあ、頼めばしてくれるのかもしれないんだけど、でもなんていうかさ。

「アドルティス? 何をそんなしょんぼりしてるんだい?」
「ねぇ、大丈夫? ひょっとして具合でも悪いの? お水飲む?」

 レンとリナルアに心配されてしまった。大丈夫となんとか答えるとリナルアが肩をすくめて言った。

「まあ、違うならいいんだけど。この裏新聞、毎回結構いい加減だし。でもあなた本当にこの街じゃ有名人なんだから、もう少し気を付けた方がいいわよ。いろいろと」

 そしてレンがなぜか鼻息も荒く言ってくる。

「そうだぞ。ただでさえアドルティスはいろんなやつに目をつけられてるんだから。こんな噂を立てられて勘違いした野郎に襲われでもしたら……!」
「うーん、でも相手がラカンって書かれてたら逆にみんな慌てて逃げてきそうな気もするけどね」
「………………だな」

 何か二人で納得してるようだったが、俺は落ち込んでしまったまま浮上できず、正直それどころじゃなかった。
 ラカンとキス。そんなのしたいに決まってる。でもしたことない。だってそんな感じじゃなかったし。

 あんまり深く考えないラカンのことだから、俺が頼めばキスくらいしてくれるんじゃないかと思う。でも初めてのキスを、俺の方からお願いしてしてもらうって、そんなのって、やっぱり悲しくないか?
 それにラカンはいつも本能でなんでも決める。つまり俺とセックスはできてもキスは嫌だって無意識に思ってたからしなかったのだとしたら、そしたら俺はもう二度と立ち直れないと思う。

 いやだな。なんでそんな贅沢なこと考えるようになっちゃったんだろうか。前はバッタリ会えただけで嬉しかったし、話ができただけで、一緒に飯が食えただけでものすごく嬉しかったし、ましてやあんな風に抱いて貰えて俺の中にいっぱい注いでもらってもう死んでもいいくらい幸せだったのに。

 ラカンが他の金級の冒険者たちと緊急討伐依頼に出掛けてから七日経つ。そう、まだたった七日なのだ。なのに会いたくて会いたくてたまらない。
 今までだって一か月や二か月いないことだってあったのに。その時は平気…………とは言えなくても一応普通に過ごせてたのに。
 あ、なんかちょっとまずいな、これは。今まであんまり考えないようにしてたのに。頭がキリキリする。
 ラカンに会いたい。すごく会いたい。

 俺は前にここで夕飯を食べた時ラカンが座ってた、でも今は空っぽの席を見る。
 ラカンがなぜか俺のために木苺のコーディアルを頼んでくれた。そんなの初めてだ。お互いいつも質より量のエールばっかだし。

 確かにラカンは大抵怖い顔してるし結構意地悪だけど、怒ってても眉間のシワとか暗く光ってる目とかすごくかっこいいし、いつもより低い声にもゾクゾクしてしまう。
 でも後でちゃんと『苛々してて悪かった』って言ってくれるところとか、ラカンが好きすぎてちょっとおかしい俺のことも呆れずに最後まで付き合ってくれる、すごくいいやつだ。
 それに時々すごく優しくなる。ちょうど俺に綺麗な赤色の酒を頼んでくれた時みたいに。
 だからあの日、俺は本当に幸せだったんだ。今一緒に緊急討伐に行ってる彼らがラカンを呼びに来るまでは。

 ああああラカンに会いたいなあああと頭の中で絶叫した瞬間、後ろから俺が今聞きたい声とは真逆の、やけにキラキラした声が飛んできた。
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