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Ⅴ エルフの恋も信心から 編

レンとリナルアの急襲

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 あの後、ラカンは話し掛けてきた重戦士の男と、そして後から飛び込んできた別の男と一緒にまたギルドに戻っていった。どうやら東の山に出た巨獣が人里近くまで降りてきたと一報が入って、ギルドの緊急指名依頼が来たらしい。
 指名された相手は『剣鬼』ラカンと他の二人の金級の冒険者だ。それが昨日ラカンに話し掛けていた重戦士と魔導士だった。他にも魔導士の相棒の銀級の僧侶ヒーラー支援術士バッファー、そしてやはり銀級の剣士も参加するらしい。

 ラカンに「お前も行くか」と聞かれたけど、それより前にラヴァンからの依頼を受けてしまっていたから断った。
 普通の依頼なら後回しにしてラカンと一緒に行くけれど、ラヴァンの依頼にあったグェン鳥は初夏のユウル月の頭、弦月から新月の間にしか峡谷の巣から降りてこない。つまり今日、明日を逃せばグェン鳥の尾羽を採ることは来年まで無理だということだ。
 それにすでに同行が決まってる支援術士は俺も知っているとても有能なやつだったから、断腸の思いでラカンの誘いを断った。

 昼過ぎにエリザさんの家を出て草原を越え、日暮れ直前に月見草を採取してからダナンの西にある峡谷の方へ向かった。そこから丸一日かけて急な崖の道を登り、中腹にあるグェン鳥の巣を見つけた。
 年に一度、グェン鳥は峡谷から海の方へ飛んでいく。空っぽの巣には何枚もの羽根が落ちていた。
 グェン鳥はものすごく敵の気配に聡くて、生きてる鳥から羽根を取るのは不可能だ。かといって殺してしまうとたちまち羽根の色は真っ黒になって使えなくなってしまう。だから弓も使えない。あくまで自然に抜け落ちた羽根が必要なのだ。

 なんとか無事に羽根を採取して元の崖の道に戻り、そこで夜を明かす。俺は持ってきたパンと干したカラカスの実を齧りながら、峡谷の谷間から細く見える夜空を見上げた。
 今日は初夏ユウル月の二日目だ。空にはごくごく細い弦月が上っている。その時、俺は気が付いた。そうだ。明日って俺が生まれた日じゃないか。

 俺たちエルフにとって理想の生涯は、常に静かに満ち足りた凪のような生活を送り、やがて大きな古い木のように密かに朽ちて、次の世代を生み出す豊かな森の養分となるような生き方だ。
 だから完全に満ちた真円の月の日に生まれたエルフは月の王イシリオンにとても祝福された子だと言われる。
 反対に今夜みたいに細い三日月や新月に生まれた子は、波乱万丈の人生を送ることになるだろうと信じられている。そして俺は二十八年前のユウル月三日目、糸のように細い弦月の夜に生まれた子どもだった。

 正直俺はそんなのはただの迷信だと思っている。どんな生き方に満足するのかは人それぞれで、自分自身が死ぬ時に初めてわかるものだと思う。
 でも実際俺は二十になったばかりの年に森を飛び出してしまったのだから、やっぱり『静かに満ち足りた人生』というものからは縁遠いのかなあ、と納得してしまった。

 ラカンはどの月に生まれたんだろう。清々しい新しい日とともに朝生まれたのか、じりじりと暑く焼ける昼に生まれたのか、それともいろんな神秘が闇の中からこちらを覗き見ている夜に生まれたのか。
 以前ラカンに聞いたら、なんと彼は自分が生まれた月日を知らないと言っていた。どうも鬼人族には生まれた日を祝ったり記念したりする習慣がないらしい。
 エルフはいろんな日付をいつまでも覚えていて大事にしたりひどくこだわったりするから、種族によって本当にいろいろなんだなあと驚いた。

 今頃ラカンはどうしてるかな。
 ダナンから東の山までは歩いて五日はかかるから、まだその巨獣には出くわしてないはずだ。
 ラカンのことだからワクワクしてるかな。今回の仲間はみんな優秀で足を引っ張るようなやつもいなさそうだから、早く強くて大きな魔獣と対決できるのを楽しみにしているに違いない。
 ラカンは今夜、何を食べたかな。もちろん野宿じゃそう呑気にはしていられないだろうけど、途中でまたエルクや野兎を獲って食べているかもしれない。
 誰とどんな話をしてるかな。笑うかな。ラカンはいつも岩みたいに怖い顔をしているけど、時々すごく楽しそうに笑うことがあるんだ。

 俺は荷物を担ぎ直すと少し開けた場所まで出て見つけた木の上に登る。一人なら木の上で寝るのが一番安全だ。
 さっきよりほんの少し近くなった月を見上げてため息をつく。
 今までもこうして一人で出掛けて一人で野宿することなんていくらでもあったし、一度だってそれが嫌だと思ったことはない。
 でも今、なんだかすごく寂しいな、って思った。
 自分の隣にあのすごく大きくて圧倒的な気配がないのがすごく物足りない。

 おかしいな。ラカンがいてもいなくても、俺はラカンのことばっかり考えている。それは今までと同じだけど、昔と違うのはラカンのことを思っているだけじゃ満足できないってことだ。
 前はラカンが俺に言った言葉や、たまに俺を森や川に誘ってくれた時のことを思い出すだけですごく幸せな気分になれた。でも今は駄目だ。

 ラカンに会いたい。ラカンの声が聞きたい。もっと正直に言えばラカンに触りたいし、触られたい。
 ラカンは今どこで何を考えているかな。俺と同じように月を見上げたりしてるかな。でもすぐに『いや、それはないな』とも思う。
 鬼人は空や月なんて見ない。エルフと鬼人は違う。俺とラカンだって全然違う。
 なんでラカンは俺の『好き』を受け入れてくれたんだろう。
 やっぱりよくわからない。


     ◇   ◇   ◇


 それから数日掛けて草原や森に行って、岩熊の胆石以外のものは全部揃えることができた。
 ダナンから中央都市に向かう途中の山によく出る岩熊は俺一人でも倒せないこともないけど、ちゃんとした準備が必要だ。すぐには難しい。
 草や実は鮮度が大事だから、その都度ラヴァンのところに持って行って胆石以外は全部納品した。
 素材の質もなんとかラヴァンのお眼鏡にかない、受け取り票を持ってギルドへ行く。報酬の支払いはギルド経由でされるからだ。そこでものすごい形相で迫って来るレンとリナルアに捕まってしまった。

「やあ、アドルティス。ちょっといいかな?」
「少し聞きたいことがあるのよ。そこの店まで付き合ってくれない?」


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