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Ⅳ 恋は異なもの味なもの 編

アドルティスの動揺

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 少し離れたカウンターの向こうで肉を焼いている店の親父に追加の注文をすると、ついでに酒も変えようと考える。塩で焼くなら俺の国の東酒の方が断然いいよな。

「あー、あと東酒あるか?」
「ああ、そういやにごり酒じゃない方のが入ってるぜ」
「お、珍しいな。じゃあそれ、冷やで」
「おう、待ってな」

 コカク鳥ってのは普通の鶏と違ってデカくてもう少し噛み応えがあって味が濃い。それに塩を振って焼いただけの串焼きに清酒だなんて、そりゃあいい組み合わせだ。

「お待たせしました!」

 店の女の子が串焼きの皿と酒を運んでくる。代金を渡して小さなぐい呑みに手酌で注いで一気に呑む。うーん、スッキリした口当たり、これはいくらでもイケそうだな。

 東の国の酒には二種類あって、白く濁った酒と、今飲んでるやつみたいな透明なやつだ。これを常温かちょっとだけ冷やして飲むのがすごくいい。あいつはあっためて飲むのが好きみたいだがな。
 冷たい酒を呑み下さずにしばらく口に含んでいると少しずつこっちの体温が移っていく。それをごくりと呑んでまた次のひと口を、ってのを繰り返していると、腹の中が突然カッと熱くなる。

 そういえばあいつとのセックスも、ある意味こんな感じだったな。ひんやりとしたあいつの身体に少しずつ俺の熱が移っていって、あいつの中に入った途端溜まった熱がなだれ込んでくる。
 その熱はどくどくと高鳴る鼓動に乗って全身を駆け巡り、心臓を押し包み、下腹から股間に向かって叩きつけてくる。
 一体なんなんだろうな、アレは。今まで何人もの女と寝たことはあったが、それでもあんな風になることは一度もなかったと思う。

 傷だらけのテーブルに肘をついてなんとなくぼんやり天井を見上げる。店の親父がいつも豪快に肉を焼いてるから黒く煤けてるな。
 少々いびつな形のぐい呑みに酒をついで、ちびちびと呑む。あー、うめぇ。にしてもザワザワうるさいな。酒場なんだから静かにとは言わないが、もうちょっとみんな落ち着いて呑めよ。

 俺はコカク鳥の塩焼きを肴にのんびりと冷酒を楽しむことにする。さっきは妙に苛立って外にいるあいつを睨みつけたりしたが、本当を言えばこのわけのわからない苛立ちをあいつにぶつけたいと思ったわけじゃなかった。というか今会うのはヤバイ。いくら酔っててもそれくらいの自覚はある。

 あの晩、あいつが部屋に溜め込んでた秘密の道具の数々を使ってあいつが一人でイきまくるのを見た時、あいつがあんなエロくてとろとろに蕩けたイキ顔をほかの誰かに見せたことがあるのかも、と思ったら思わずブッ殺してやりたくなった。あいつを、じゃなくて相手のヤツをだ。それってどう考えたってヤバイだろう? 

 俺がこないだあいつに対して怒ったりガラにもなく心配したりしてたのは、あいつが男欲しさに軽率なことをして、あいつがひどく快楽に弱いこととか時々すごく無防備になっちまうことなんかがバレて、変なやつらに目をつけられて人生狂っちまったらどうするんだ、ってことだ。だったら怒る相手はあくまでアドルティスの方だろ?  相手の男じゃないだろう。

 そういえば、鬼人とエルフっていうのは思ってた以上に違うんだな。初めて知った。
 俺たち鬼人は人間より体温が高くてザラザラしてて力が強い。でもあいつは……全然違った。エルフは白くて細くて皮膚が薄くてひんやりしている。
 めったに日が差さない深い深い森の中の苔は、柔らかくて滑らかでしっとりしていて少し冷たい。あいつに触れた時、そんなことを思い出した。

 ああ、ダメだ。また考えちまう。
 周りからは耳障りな笑い声が響き、隣の女の子らは興奮した甲高い声を上げてまだあの野郎の話をしている。

 いかん、本格的に酒が回り始めた。冷酒は口当たりの良さについつい杯を重ねてしまって、さあ帰ろうかって頃に騙まし討ちみたいに一気にぐらっと酔いが来る。気づいた時にはもう手遅れってやつだ。

 そんなことを考えていると、急に隣の女たちが無言になってることに気がついた。なんだ? なに黙り込んで口ぽかんと開けておんなじとこ見てんだ? あいつが見える窓の外じゃなくて、俺の後ろの……って思ったところで、恐ろしく聞きなれた声がぼわんと鈍っている耳に滑り込んできた。

「ラカン?」
「…………は?」

 後ろを向くと、店の入口の辺りにアドルティスが立ってた。こんな夜更けの、騒がしい酒場にまったくそぐわぬ、涼し気で一点の曇りもない美しい佇まいで。
 おい、お前相変わらず綺麗な顔してんな。いや髪もか。出会った当時の長いのも良かったが、肩のとこで切ってからは毛先が動いて光が通ってますますキラキラして見えるな。目がキラキラしてんのは最初っからだけど。
 にしても本当にお前こういう店似合わないよな。その証拠に店内の客どころか大将までぽかんと口開けて見てんじゃねぇか。
 なのに当の本人はそんな視線や沈黙などまるで気づいてないみたいにスタスタとやってきて、俺の顔を覗き込んでくる。

「ラカン、あんた酔ってるのか? 珍しいな」
「…………なんでお前がここにいるんだ」
「あんたが呼んだんだろう? その窓から、 すぐに来いって」
「……んなことは言ってない」
「言われなくてもわかるよ。ちゃんと」

 真面目な顔をしてそういうアドルティスに、俺はふと思いつきでやつを試すようなことを言った。

「……お前、誰とここに来たんだ」
「え?」

 するとアドルティスはさっき俺が見ていた窓の方をちら、と見て、ここからあの二人が見えると気づいた途端慌てたように頬を染めてこっちを向いた。

「そ、それよりもう充分呑んだだろう?  帰ろう。宿まで送っていくから」

 アドルティスが珍しくやけにぐいぐいと俺の腕を引っ張って他所を向かせようとするもんだから、俺はそれを振り払ってもう一度窓の外を見た。アドルティスは何も言わずにあいつらをまいてここに来たのか、レンとリナルアが誰かを探しているように辺りを見回しているのが見える。
 あいつらといたことを隠そうとしているようなアドルティスに、なんとなくまたしてもくろぐろとしたモノが腹の中でとぐろを巻き始めた。

 俺は腕を伸ばしてアドルティスの胸倉を掴むとぐい、と引き寄せた。予想外だったのか、アドルティスがたたらを踏んで俺の上に倒れこみそうになり、寸でのところでテーブルに手を付き身体を支えた。

「ラカン、危ないだ……」
「てめぇ、今俺の目逸らさせようとしただろ」
「は?」
「外のあいつらから」

 一瞬、アドルティスが明らかに狼狽えた。表情は全然変わってないが目を見ればわかる。俺はさらにヤツの襟首を引っ張ってその耳元に口を寄せた。

「……身に覚えがあるんだな? 何か後ろ暗いところでもあるのか」
「………………は?」
「お前、何考えてやがる。場合によっちゃお仕置きもんだな」
「え、えっ!?」

 まったく訳がわかっていない様子のアドルティスを引っつかんだまま俺は立ち上がった。隣の席の女たちがやけに真っ赤な顔をしてこっちを見上げている。そりゃあこいつのファンだって言ってたもんな。でも片方はマッチョ好きだとか言ってなかったか? なんで二人で手を取り合ってプルプルしてんだ。 乙女か。

「オラ、行くぞ」
「へ? は? うん?」

 意味不明の言葉を漏らすアドルティスを引きずるようにして、荷物を担いで店を出た。リディアがクラーケンの干物を齧りながら手を振っていたような気がするがどうでもいい。あと店を出た途端、中からものすごい女たちの悲鳴が聞こえた気もするが、それもどうでもよかった。

「えっ、ラカン!? こんなところにいた!」

 すぐさま通りの向こうから甲高いリナルアの声がする。それも無視して俺はアドルティスを引っ掴んだままどんどん道を歩いて行った。

「お前、こんな時間にこんなとこで何してたんだ」

 アドルティスが何か言う前にこっちから質問する。すると戸惑ったような声が後ろから返ってきた。

「すぐそこの店にドリスの街から薬石が入荷したってラヴァンに聞いて……」
「ああ、お前がよくなんか作ってるやつの材料か? それでこんな夜更けにこんなとこまで来たのか」
「珍しいのは明日にはもう売れてしまってるかもしれないし、それにこの辺りには一人で来るなってあんた言ってたけど、偶然レンに会ったから……」
「ちゃんと覚えてたのか、イイコだな。でも連れて来るならあの野郎じゃなくて俺を呼べ」
「………………え?」

 なぜかアドルティスが黙ってしまった。褒めてやったのに、ヘンなヤツだな。肩越しに振り向いてもう一回尋ねる。

「で、欲しかったもんは買えたのか」
「え、あ、うん」
「そうか。良かったな」

 それからはお互い無言で雑踏をすり抜けつつ表通りから一本入ったところにあるあいつの下宿の前までやってきた。
 俺はずっと掴んだままだったあいつの手を引っ張って、顎で玄関を指す。するとアドルティスがぽかんと口を開けて俺を見た。

「え、今日も来るのか?」
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだよ。事と次第によっちゃ、ほんとにやってやるからな」

 俺はアドルティスの背中を押して無理矢理石段を上がらせる。

「な、何を?」

 上擦ったような声でアドルティスあいつが問い返してきた。

「言っただろう」

 お仕置きしてやるってよ。
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