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Ⅲ 有為転変はエルフの習い 編
ラカンの取り調べ
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翌朝、死骸の燃えカスの中から魔石を集め終えた頃に街から派遣されてきた樵たちが到着した。彼らはこれから黒目蜘蛛の毒で駄目になった木々を切り倒して燃やすのだ。
無残に黒く枯れてしまった木が倒されるのをあまり見たくない俺は、ラカンたちと一緒に彼らと入れ違いに街に戻る。
万が一群れからはぐれていた黒目蜘蛛が残っていたとしても、それは樵たちと一緒に来た別の銀級の冒険者たちが倒すだろう。
街に着いてギルドの依頼完了の報告をし、そのままレンとリナルアを含めた四人で冒険者向けの共同浴場に行って汚れを落とした。共同浴場は銅貨10枚ほどで湯を浴びることができる。冒険者たちが普通ねぐらにしているような宿ではせいぜい裏の井戸で汲んだ水で身体を拭くくらいしかできないから、今回のように魔獣討伐でひどい匂いや汚れがついた時には本当にありがたい場所だ。
「あー、さっぱりしたぜ」
ラカンが目の粗いタオルで髪をガシガシと拭きながら言う。俺もこの浴場の名物でもある冷やした牛乳に果汁を混ぜたものをごくごく飲みながら目線で同意した。
討伐の行き帰りに川や森の清水で身体を拭くぐらいはしたがやっぱりお湯で頭や身体を洗う気持ちよさには到底かなわない。特に俺は普段からエリザさんの家の温水シャワーの恩恵を受けているので余計にそう思う。
そして同じように風呂から出てきたレンとリナルアと合流した後、一緒に夕飯を食べて酒を飲んだ。
往復で五泊六日の討伐依頼、しかも妙に人懐っこいというかくっついてくるレンと一緒で少し気疲れしていた俺はいつも以上に不愛想だったと思う。それに風呂上がりなせいですごく眠い。
でもその分レンが俺に、そしてルナリアがラカンに向かってしゃべりまくっていたので気まずいことにはならなかった。
「ねぇ、もっと飲みたいわ! もう一軒行きましょうよ!」
大食らいのラカンとレンがようやく満腹になった後、案の定上機嫌のリナルアがそう言い出した。ラカンは酒が飲めるチャンスは絶対に逃さない男なので多分一緒に行くだろう。
俺はというと、ちょっと酔いが回ってる上にどうにも眠気が我慢できなくて「俺は帰る」と言って立ち上がろうとした。でも疲れているせいか、だしぬけに伸びてきたレンの手を避けれずにぐっ、と肩を掴まれてしまった。
「アドルティスも行こう! 君とはめったに一緒に飲んだりできないからね」
突然他人に触られた驚きに思わず眠気が吹っ飛ぶ。ぞわ、と総毛だつ感覚に一瞬目の前が暗くなった時、反対の腕を引っ張られてたたらを踏んだ。
「いや、今日は帰るわ」
ラカンの声がしてさらに腕を引っ張られる。そのまま引きずられるようにしていつの間にか俺の下宿先の前に立っていた。そこで荷物を持っていないことに気づく。
「あ」
「なんだ? お前の荷物ならここだ」
見るとラカンが二人分の荷物を肩に担いで俺を見下ろしていた。
「あ、ありがとう」
っていうか何で? 何で俺の荷物を? それになんでラカンが俺の家に?
よくわからないままにまだ俺の腕を掴んでるラカンの顔を見ていると、ラカンが玄関への石段を登り始めた。
「え、ラカンも来るのか?」
「ああ。いいだろう?」
え? いいのか? いいんだっけ? って首を傾げる。するとラカンが目の端で俺を見てものすごく普通の声で言った。
「ほら、鍵開けろよ」
「え、あ、うん」
なんかよく分からないまま、言われた通りに玄関の鍵を開けて中に入った。
もう結構な歳のエリザさんは夜寝るのが早い。まあ、大体の街の人たちは油や蝋燭がもったいないので日が暮れたら割とすぐに寝るからな。
半分上の空でラカンに向かって人指し指を唇に当てて「静かに」って合図すると、二階への階段をそっと上がっていった。
ラカンは身体が大きいからこういう時大きな足音を立ててしまいそうに見えるけど、でもラカンはちゃんと意識して歩くとちょっとびっくりするほど静かで気配がなくなる。
さすが戦うために生まれた種族というだけあって、敵に忍び寄るための技術ってものが生まれつき備わっているのかもしれないな。
…………なんてごくごく真面目なことを考えながら、本当のところ俺はものすごく焦っていた。
一体この男は何を考えてるんだろうか。
つい数日前にここで一体何があったのか忘れてしまったんだろうか。いや、忘れてないからこそアレのことなんて持ち出して来たんだよな?
部屋に入って恐る恐るラカンの様子を伺うと、すごく普通の顔をして刀を置いたり上着を脱いだり俺が天井からぶら下げてる乾燥中のハーブの匂いを嗅いで顔を顰めたりして勝手にくつろいでいる。
どうしよう。本当にどうしよう。やっぱりもう一度ちゃんと謝って許しを請うべきなんだろうか。でもラカンがせっかくこないだのことなんて何もなかったみたいな態度をとってくれてるんだから、こっちももうあのことは忘れて知らんふりしてればいいんだろうか。
……と言いつつ、そんなの全然良くないって自分自身が一番強く思っていることに、ちゃんと俺は気づいていた。
だって、俺がラカンを襲ったあの夜のことがなかったことにされたら、俺がラカンのことが大好きだって気持ちまでなしになっちゃうみたいじゃないか。
ラカンに嫌われて『もう二度とツラ見せるな』って言われても仕方がないけど、でも好きって気持ちまでないことにされちゃうのはすごく嫌だ。
どうすればいいんだろう。ラカンは俺にどうして欲しいんだろう。
でもとてもじゃないが俺からは聞けない。だって怖いのだ。怖くて怖くて仕方がないのだ。
ラカンに、気持ちが悪いと罵られたり、最悪縁を切られたりするのはそんなに怖くない。それはあんなことを仕出かす前にとっくに覚悟を決めてたことだから。
俺が何より怖いのは、ほんの、ほんの少しでも『もしかしたら』と期待してしまって、後でそれが俺の盛大な勘違いだったとわかってしまうことなのだ。
なんでラカンは俺を抱いたりしたんだろう。
なんでラカンは俺の身体で勃ったりしたんだろう。
気持ち悪くないの? だって俺は男だし、何よりも俺だぞ? 色気も可愛げもない腐れ縁のエルフのアドルティスだぞ?
なんでそんな平気な顔してられるんだ? なんで怒らないんだ?
俺のことを、淫乱でセックスが大好きで男に飢えて酔ったあげくに友人を襲うような馬鹿なやつだと思っているのに、なんでそんなに普通に接してくれてるんだ、あんたは。
これだけ『なんでなんで』が続けば、そりゃ誰だって期待してしまうじゃないか。
もしかして、もしかしてラカンは俺を見て少しは興奮して、俺の身体もそんなに気持ち悪いとは思わなくて、俺とセックスしてみて少しは気持ち良くて楽しかったって思ったのかもしれないって、期待してしまうじゃないか。
ああ嫌だ嫌だ嫌だ。そんな期待したくない。だって絶対そんなわけがない。だから怖くて聞けない。考えたくない。
本当に俺は一体なんてことをやってしまったんだ。今更後悔したって遅すぎるんだけど。
そんなことをぐるぐる考えながらなんとなくぼけっと突っ立ってると、ラカンが「お前、大丈夫かよ」なんて、らしくなく言って来て、おまけに俺の腕を掴んで一緒にベッドに腰を下ろしたりしてきて俺はつい笑ってしまう。
でもそんな浮ついた気持ちはラカンの次のひと言で綺麗に吹っ飛んだ。
「で、道具ってどれだよ。アドルティス」
「は?」
「この間、お前言ってただろう。なんか道具使ってるって」
「……言ったけど、そんなの見てどうするんだ?」
「決まってるだろ、お前が無茶なことしていないか見るんだよ」
「は?」
一体俺は一日何回「は?」と言ってるんだろうか。
もしこの男が面白半分にからかってるのなら俺だってフンコロガシを見るような目つきでさっさとこの家から蹴り出していただろう。多分。できれば。まあ、それぐらいの気概はあるつもりということで。
ところがラカンの顔にふざけたところなんてどこにもなかった。
だからなんと答えていいかわからず固まっていると、ラカンが焦れたように舌打ちをする。そして俺に向かってぐい、と身体を傾けると、太い眉を顰めたすごく真面目な顔をして言った。
「なあ、アドルティス。お前がすごく手先が器用なことは知ってるし、慎重でめったに間違ったことはしない信頼できるやつだってことはわかってる。だがな、ああいうことが絡んだ時のお前はちょっといつもと違い過ぎたからな。俺の知らないところで何か無茶なことやらかしてんじゃねぇかと心配なんだよ」
「そ、そうか……」
…………そうなのか、俺は真面目に心配されてしまっているのか。
思わず俺は呆気に取られてしまった。
だって目を見たらわかる。こういう目をしている時、ラカンは絶対嘘をついたりしない。
そうだったのか。ラカンは本当に心配してくれてたのか。
性欲が抑えきれなくて長年の相棒を襲ってしまうような馬鹿な俺がもっと馬鹿なことをして、万が一にでも怪我をしたり仕事に支障をきたすようなことをしてるんじゃないか、って。
俺たち冒険者には、近くに親も兄弟も親類縁者もいない。生きるも死ぬも結局は自分一人だ。
だからこそ、例えば俺とラカンみたいに何年も顔見知りで、命がけの任務を一緒にこなしたりしてきた相手が近くにいて、お互いにちょっとでも信頼しあえているのなら、それはものすごく幸運なことなんだ。だからそういう相手の力になってあげたいって思うのは多分当然のことなんだろう。
ラカンは食べ物と酒が切れると不機嫌になるけど、大抵は飄々として我関せずって感じで、でも時々なぜかすごく意地悪になる。でも一度自分の懐に入れた相手にはすごく優しくなることもある。俺がそれを何度も経験してるんだから間違いない。
だからこそ、こうなると俺はどうしてもラカンに抵抗することができない。だって、こんなどうしようもない俺のことを気にかけてくれるのはラカンしかいないんだぞ? 嬉しすぎて泣きたいくらいだ。
…………とはいいつつ、やはりその要求に素直に従うことは甚だ難しいことでありまして、ここはどうか一つその件についてはなかったことに……と言いたいのはやまやまだったが、俺がパニックのあまり無表情で固まっているうちにラカンの目が剣鬼様の目になってきて、そうなると俺も森の中をウロウロしている栗鼠だか狐だかの尻尾を丸めつつただ頷くしかなくて……我ながら本当に情けないな。ダナン一の敏腕バッファーの名が泣くな。
俺はできるだけラカンから目を逸らしつつ、ベッドの横に置いてる背の低い棚の引き出しから懸案の物を恐る恐る取り出した。
無残に黒く枯れてしまった木が倒されるのをあまり見たくない俺は、ラカンたちと一緒に彼らと入れ違いに街に戻る。
万が一群れからはぐれていた黒目蜘蛛が残っていたとしても、それは樵たちと一緒に来た別の銀級の冒険者たちが倒すだろう。
街に着いてギルドの依頼完了の報告をし、そのままレンとリナルアを含めた四人で冒険者向けの共同浴場に行って汚れを落とした。共同浴場は銅貨10枚ほどで湯を浴びることができる。冒険者たちが普通ねぐらにしているような宿ではせいぜい裏の井戸で汲んだ水で身体を拭くくらいしかできないから、今回のように魔獣討伐でひどい匂いや汚れがついた時には本当にありがたい場所だ。
「あー、さっぱりしたぜ」
ラカンが目の粗いタオルで髪をガシガシと拭きながら言う。俺もこの浴場の名物でもある冷やした牛乳に果汁を混ぜたものをごくごく飲みながら目線で同意した。
討伐の行き帰りに川や森の清水で身体を拭くぐらいはしたがやっぱりお湯で頭や身体を洗う気持ちよさには到底かなわない。特に俺は普段からエリザさんの家の温水シャワーの恩恵を受けているので余計にそう思う。
そして同じように風呂から出てきたレンとリナルアと合流した後、一緒に夕飯を食べて酒を飲んだ。
往復で五泊六日の討伐依頼、しかも妙に人懐っこいというかくっついてくるレンと一緒で少し気疲れしていた俺はいつも以上に不愛想だったと思う。それに風呂上がりなせいですごく眠い。
でもその分レンが俺に、そしてルナリアがラカンに向かってしゃべりまくっていたので気まずいことにはならなかった。
「ねぇ、もっと飲みたいわ! もう一軒行きましょうよ!」
大食らいのラカンとレンがようやく満腹になった後、案の定上機嫌のリナルアがそう言い出した。ラカンは酒が飲めるチャンスは絶対に逃さない男なので多分一緒に行くだろう。
俺はというと、ちょっと酔いが回ってる上にどうにも眠気が我慢できなくて「俺は帰る」と言って立ち上がろうとした。でも疲れているせいか、だしぬけに伸びてきたレンの手を避けれずにぐっ、と肩を掴まれてしまった。
「アドルティスも行こう! 君とはめったに一緒に飲んだりできないからね」
突然他人に触られた驚きに思わず眠気が吹っ飛ぶ。ぞわ、と総毛だつ感覚に一瞬目の前が暗くなった時、反対の腕を引っ張られてたたらを踏んだ。
「いや、今日は帰るわ」
ラカンの声がしてさらに腕を引っ張られる。そのまま引きずられるようにしていつの間にか俺の下宿先の前に立っていた。そこで荷物を持っていないことに気づく。
「あ」
「なんだ? お前の荷物ならここだ」
見るとラカンが二人分の荷物を肩に担いで俺を見下ろしていた。
「あ、ありがとう」
っていうか何で? 何で俺の荷物を? それになんでラカンが俺の家に?
よくわからないままにまだ俺の腕を掴んでるラカンの顔を見ていると、ラカンが玄関への石段を登り始めた。
「え、ラカンも来るのか?」
「ああ。いいだろう?」
え? いいのか? いいんだっけ? って首を傾げる。するとラカンが目の端で俺を見てものすごく普通の声で言った。
「ほら、鍵開けろよ」
「え、あ、うん」
なんかよく分からないまま、言われた通りに玄関の鍵を開けて中に入った。
もう結構な歳のエリザさんは夜寝るのが早い。まあ、大体の街の人たちは油や蝋燭がもったいないので日が暮れたら割とすぐに寝るからな。
半分上の空でラカンに向かって人指し指を唇に当てて「静かに」って合図すると、二階への階段をそっと上がっていった。
ラカンは身体が大きいからこういう時大きな足音を立ててしまいそうに見えるけど、でもラカンはちゃんと意識して歩くとちょっとびっくりするほど静かで気配がなくなる。
さすが戦うために生まれた種族というだけあって、敵に忍び寄るための技術ってものが生まれつき備わっているのかもしれないな。
…………なんてごくごく真面目なことを考えながら、本当のところ俺はものすごく焦っていた。
一体この男は何を考えてるんだろうか。
つい数日前にここで一体何があったのか忘れてしまったんだろうか。いや、忘れてないからこそアレのことなんて持ち出して来たんだよな?
部屋に入って恐る恐るラカンの様子を伺うと、すごく普通の顔をして刀を置いたり上着を脱いだり俺が天井からぶら下げてる乾燥中のハーブの匂いを嗅いで顔を顰めたりして勝手にくつろいでいる。
どうしよう。本当にどうしよう。やっぱりもう一度ちゃんと謝って許しを請うべきなんだろうか。でもラカンがせっかくこないだのことなんて何もなかったみたいな態度をとってくれてるんだから、こっちももうあのことは忘れて知らんふりしてればいいんだろうか。
……と言いつつ、そんなの全然良くないって自分自身が一番強く思っていることに、ちゃんと俺は気づいていた。
だって、俺がラカンを襲ったあの夜のことがなかったことにされたら、俺がラカンのことが大好きだって気持ちまでなしになっちゃうみたいじゃないか。
ラカンに嫌われて『もう二度とツラ見せるな』って言われても仕方がないけど、でも好きって気持ちまでないことにされちゃうのはすごく嫌だ。
どうすればいいんだろう。ラカンは俺にどうして欲しいんだろう。
でもとてもじゃないが俺からは聞けない。だって怖いのだ。怖くて怖くて仕方がないのだ。
ラカンに、気持ちが悪いと罵られたり、最悪縁を切られたりするのはそんなに怖くない。それはあんなことを仕出かす前にとっくに覚悟を決めてたことだから。
俺が何より怖いのは、ほんの、ほんの少しでも『もしかしたら』と期待してしまって、後でそれが俺の盛大な勘違いだったとわかってしまうことなのだ。
なんでラカンは俺を抱いたりしたんだろう。
なんでラカンは俺の身体で勃ったりしたんだろう。
気持ち悪くないの? だって俺は男だし、何よりも俺だぞ? 色気も可愛げもない腐れ縁のエルフのアドルティスだぞ?
なんでそんな平気な顔してられるんだ? なんで怒らないんだ?
俺のことを、淫乱でセックスが大好きで男に飢えて酔ったあげくに友人を襲うような馬鹿なやつだと思っているのに、なんでそんなに普通に接してくれてるんだ、あんたは。
これだけ『なんでなんで』が続けば、そりゃ誰だって期待してしまうじゃないか。
もしかして、もしかしてラカンは俺を見て少しは興奮して、俺の身体もそんなに気持ち悪いとは思わなくて、俺とセックスしてみて少しは気持ち良くて楽しかったって思ったのかもしれないって、期待してしまうじゃないか。
ああ嫌だ嫌だ嫌だ。そんな期待したくない。だって絶対そんなわけがない。だから怖くて聞けない。考えたくない。
本当に俺は一体なんてことをやってしまったんだ。今更後悔したって遅すぎるんだけど。
そんなことをぐるぐる考えながらなんとなくぼけっと突っ立ってると、ラカンが「お前、大丈夫かよ」なんて、らしくなく言って来て、おまけに俺の腕を掴んで一緒にベッドに腰を下ろしたりしてきて俺はつい笑ってしまう。
でもそんな浮ついた気持ちはラカンの次のひと言で綺麗に吹っ飛んだ。
「で、道具ってどれだよ。アドルティス」
「は?」
「この間、お前言ってただろう。なんか道具使ってるって」
「……言ったけど、そんなの見てどうするんだ?」
「決まってるだろ、お前が無茶なことしていないか見るんだよ」
「は?」
一体俺は一日何回「は?」と言ってるんだろうか。
もしこの男が面白半分にからかってるのなら俺だってフンコロガシを見るような目つきでさっさとこの家から蹴り出していただろう。多分。できれば。まあ、それぐらいの気概はあるつもりということで。
ところがラカンの顔にふざけたところなんてどこにもなかった。
だからなんと答えていいかわからず固まっていると、ラカンが焦れたように舌打ちをする。そして俺に向かってぐい、と身体を傾けると、太い眉を顰めたすごく真面目な顔をして言った。
「なあ、アドルティス。お前がすごく手先が器用なことは知ってるし、慎重でめったに間違ったことはしない信頼できるやつだってことはわかってる。だがな、ああいうことが絡んだ時のお前はちょっといつもと違い過ぎたからな。俺の知らないところで何か無茶なことやらかしてんじゃねぇかと心配なんだよ」
「そ、そうか……」
…………そうなのか、俺は真面目に心配されてしまっているのか。
思わず俺は呆気に取られてしまった。
だって目を見たらわかる。こういう目をしている時、ラカンは絶対嘘をついたりしない。
そうだったのか。ラカンは本当に心配してくれてたのか。
性欲が抑えきれなくて長年の相棒を襲ってしまうような馬鹿な俺がもっと馬鹿なことをして、万が一にでも怪我をしたり仕事に支障をきたすようなことをしてるんじゃないか、って。
俺たち冒険者には、近くに親も兄弟も親類縁者もいない。生きるも死ぬも結局は自分一人だ。
だからこそ、例えば俺とラカンみたいに何年も顔見知りで、命がけの任務を一緒にこなしたりしてきた相手が近くにいて、お互いにちょっとでも信頼しあえているのなら、それはものすごく幸運なことなんだ。だからそういう相手の力になってあげたいって思うのは多分当然のことなんだろう。
ラカンは食べ物と酒が切れると不機嫌になるけど、大抵は飄々として我関せずって感じで、でも時々なぜかすごく意地悪になる。でも一度自分の懐に入れた相手にはすごく優しくなることもある。俺がそれを何度も経験してるんだから間違いない。
だからこそ、こうなると俺はどうしてもラカンに抵抗することができない。だって、こんなどうしようもない俺のことを気にかけてくれるのはラカンしかいないんだぞ? 嬉しすぎて泣きたいくらいだ。
…………とはいいつつ、やはりその要求に素直に従うことは甚だ難しいことでありまして、ここはどうか一つその件についてはなかったことに……と言いたいのはやまやまだったが、俺がパニックのあまり無表情で固まっているうちにラカンの目が剣鬼様の目になってきて、そうなると俺も森の中をウロウロしている栗鼠だか狐だかの尻尾を丸めつつただ頷くしかなくて……我ながら本当に情けないな。ダナン一の敏腕バッファーの名が泣くな。
俺はできるだけラカンから目を逸らしつつ、ベッドの横に置いてる背の低い棚の引き出しから懸案の物を恐る恐る取り出した。
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