上 下
22 / 64
Ⅲ 有為転変はエルフの習い 編

ラカンの取り調べ

しおりを挟む
 翌朝、死骸の燃えカスの中から魔石を集め終えた頃に街から派遣されてきた樵たちが到着した。彼らはこれから黒目蜘蛛の毒で駄目になった木々を切り倒して燃やすのだ。
 無残に黒く枯れてしまった木が倒されるのをあまり見たくない俺は、ラカンたちと一緒に彼らと入れ違いに街に戻る。
 万が一群れからはぐれていた黒目蜘蛛が残っていたとしても、それは樵たちと一緒に来た別の銀級の冒険者たちが倒すだろう。

 街に着いてギルドの依頼完了の報告をし、そのままレンとリナルアを含めた四人で冒険者向けの共同浴場に行って汚れを落とした。共同浴場は銅貨10枚ほどで湯を浴びることができる。冒険者たちが普通ねぐらにしているような宿ではせいぜい裏の井戸で汲んだ水で身体を拭くくらいしかできないから、今回のように魔獣討伐でひどい匂いや汚れがついた時には本当にありがたい場所だ。

「あー、さっぱりしたぜ」

 ラカンが目の粗いタオルで髪をガシガシと拭きながら言う。俺もこの浴場の名物でもある冷やした牛乳に果汁を混ぜたものをごくごく飲みながら目線で同意した。
 討伐の行き帰りに川や森の清水で身体を拭くぐらいはしたがやっぱりお湯で頭や身体を洗う気持ちよさには到底かなわない。特に俺は普段からエリザさんの家の温水シャワーの恩恵を受けているので余計にそう思う。
 そして同じように風呂から出てきたレンとリナルアと合流した後、一緒に夕飯を食べて酒を飲んだ。
 往復で五泊六日の討伐依頼、しかも妙に人懐っこいというかくっついてくるレンと一緒で少し気疲れしていた俺はいつも以上に不愛想だったと思う。それに風呂上がりなせいですごく眠い。
 でもその分レンが俺に、そしてルナリアがラカンに向かってしゃべりまくっていたので気まずいことにはならなかった。

「ねぇ、もっと飲みたいわ! もう一軒行きましょうよ!」

 大食らいのラカンとレンがようやく満腹になった後、案の定上機嫌のリナルアがそう言い出した。ラカンは酒が飲めるチャンスは絶対に逃さない男なので多分一緒に行くだろう。
 俺はというと、ちょっと酔いが回ってる上にどうにも眠気が我慢できなくて「俺は帰る」と言って立ち上がろうとした。でも疲れているせいか、だしぬけに伸びてきたレンの手を避けれずにぐっ、と肩を掴まれてしまった。

「アドルティスも行こう! 君とはめったに一緒に飲んだりできないからね」

 突然他人に触られた驚きに思わず眠気が吹っ飛ぶ。ぞわ、と総毛だつ感覚に一瞬目の前が暗くなった時、反対の腕を引っ張られてたたらを踏んだ。

「いや、今日は帰るわ」

 ラカンの声がしてさらに腕を引っ張られる。そのまま引きずられるようにしていつの間にか俺の下宿先の前に立っていた。そこで荷物を持っていないことに気づく。

「あ」
「なんだ? お前の荷物ならここだ」

 見るとラカンが二人分の荷物を肩に担いで俺を見下ろしていた。

「あ、ありがとう」

 っていうか何で? 何で俺の荷物を? それになんでラカンが俺の家に?
 よくわからないままにまだ俺の腕を掴んでるラカンの顔を見ていると、ラカンが玄関への石段を登り始めた。

「え、ラカンも来るのか?」
「ああ。いいだろう?」

 え? いいのか? いいんだっけ? って首を傾げる。するとラカンが目の端で俺を見てものすごく普通の声で言った。

「ほら、鍵開けろよ」
「え、あ、うん」

 なんかよく分からないまま、言われた通りに玄関の鍵を開けて中に入った。
 もう結構な歳のエリザさんは夜寝るのが早い。まあ、大体の街の人たちは油や蝋燭がもったいないので日が暮れたら割とすぐに寝るからな。
 半分上の空でラカンに向かって人指し指を唇に当てて「静かに」って合図すると、二階への階段をそっと上がっていった。
 ラカンは身体が大きいからこういう時大きな足音を立ててしまいそうに見えるけど、でもラカンはちゃんと意識して歩くとちょっとびっくりするほど静かで気配がなくなる。
 さすが戦うために生まれた種族というだけあって、敵に忍び寄るための技術ってものが生まれつき備わっているのかもしれないな。

 …………なんてごくごく真面目なことを考えながら、本当のところ俺はものすごく焦っていた。

 一体この男は何を考えてるんだろうか。
 つい数日前にここで一体何があったのか忘れてしまったんだろうか。いや、忘れてないからこそアレのことなんて持ち出して来たんだよな?

 部屋に入って恐る恐るラカンの様子を伺うと、すごく普通の顔をして刀を置いたり上着を脱いだり俺が天井からぶら下げてる乾燥中のハーブの匂いを嗅いで顔を顰めたりして勝手にくつろいでいる。

 どうしよう。本当にどうしよう。やっぱりもう一度ちゃんと謝って許しを請うべきなんだろうか。でもラカンがせっかくこないだのことなんて何もなかったみたいな態度をとってくれてるんだから、こっちももうあのことは忘れて知らんふりしてればいいんだろうか。

 ……と言いつつ、そんなの全然良くないって自分自身が一番強く思っていることに、ちゃんと俺は気づいていた。
 だって、俺がラカンを襲ったあの夜のことがなかったことにされたら、俺がラカンのことが大好きだって気持ちまでなしになっちゃうみたいじゃないか。

 ラカンに嫌われて『もう二度とツラ見せるな』って言われても仕方がないけど、でも好きって気持ちまでないことにされちゃうのはすごく嫌だ。
 どうすればいいんだろう。ラカンは俺にどうして欲しいんだろう。
 でもとてもじゃないが俺からは聞けない。だって怖いのだ。怖くて怖くて仕方がないのだ。

 ラカンに、気持ちが悪いと罵られたり、最悪縁を切られたりするのはそんなに怖くない。それはあんなことを仕出かす前にとっくに覚悟を決めてたことだから。
 俺が何より怖いのは、ほんの、ほんの少しでも『もしかしたら』と期待してしまって、後でそれが俺の盛大な勘違いだったとわかってしまうことなのだ。

 なんでラカンは俺を抱いたりしたんだろう。
 なんでラカンは俺の身体で勃ったりしたんだろう。
 気持ち悪くないの? だって俺は男だし、何よりも俺だぞ? 色気も可愛げもない腐れ縁のエルフのアドルティスだぞ? 
 なんでそんな平気な顔してられるんだ? なんで怒らないんだ?
 俺のことを、淫乱でセックスが大好きで男に飢えて酔ったあげくに友人を襲うような馬鹿なやつだと思っているのに、なんでそんなに普通に接してくれてるんだ、あんたは。

 これだけ『なんでなんで』が続けば、そりゃ誰だって期待してしまうじゃないか。
 もしかして、もしかしてラカンは俺を見て少しは興奮して、俺の身体もそんなに気持ち悪いとは思わなくて、俺とセックスしてみて少しは気持ち良くて楽しかったって思ったのかもしれないって、期待してしまうじゃないか。

 ああ嫌だ嫌だ嫌だ。そんな期待したくない。だって絶対そんなわけがない。だから怖くて聞けない。考えたくない。
 本当に俺は一体なんてことをやってしまったんだ。今更後悔したって遅すぎるんだけど。

 そんなことをぐるぐる考えながらなんとなくぼけっと突っ立ってると、ラカンが「お前、大丈夫かよ」なんて、らしくなく言って来て、おまけに俺の腕を掴んで一緒にベッドに腰を下ろしたりしてきて俺はつい笑ってしまう。

 でもそんな浮ついた気持ちはラカンの次のひと言で綺麗に吹っ飛んだ。

「で、道具ってどれだよ。アドルティス」
「は?」
「この間、お前言ってただろう。なんか道具使ってるって」
「……言ったけど、そんなの見てどうするんだ?」
「決まってるだろ、お前が無茶なことしていないか見るんだよ」
「は?」

 一体俺は一日何回「は?」と言ってるんだろうか。
 もしこの男が面白半分にからかってるのなら俺だってフンコロガシを見るような目つきでさっさとこの家から蹴り出していただろう。多分。できれば。まあ、それぐらいの気概はあるつもりということで。
 ところがラカンの顔にふざけたところなんてどこにもなかった。
 だからなんと答えていいかわからず固まっていると、ラカンが焦れたように舌打ちをする。そして俺に向かってぐい、と身体を傾けると、太い眉を顰めたすごく真面目な顔をして言った。

「なあ、アドルティス。お前がすごく手先が器用なことは知ってるし、慎重でめったに間違ったことはしない信頼できるやつだってことはわかってる。だがな、ああいうこと・・・・・・が絡んだ時のお前はちょっといつもと違い過ぎたからな。俺の知らないところで何か無茶なことやらかしてんじゃねぇかと心配なんだよ」
「そ、そうか……」

 …………そうなのか、俺は真面目に心配されてしまっているのか。
 思わず俺は呆気に取られてしまった。
 だって目を見たらわかる。こういう目をしている時、ラカンは絶対嘘をついたりしない。

 そうだったのか。ラカンは本当に心配してくれてたのか。
 性欲が抑えきれなくて長年の相棒を襲ってしまうような馬鹿な俺がもっと馬鹿なことをして、万が一にでも怪我をしたり仕事に支障をきたすようなことをしてるんじゃないか、って。

 俺たち冒険者には、近くに親も兄弟も親類縁者もいない。生きるも死ぬも結局は自分一人だ。
 だからこそ、例えば俺とラカンみたいに何年も顔見知りで、命がけの任務を一緒にこなしたりしてきた相手が近くにいて、お互いにちょっとでも信頼しあえているのなら、それはものすごく幸運なことなんだ。だからそういう相手の力になってあげたいって思うのは多分当然のことなんだろう。

 ラカンは食べ物と酒が切れると不機嫌になるけど、大抵は飄々として我関せずって感じで、でも時々なぜかすごく意地悪になる。でも一度自分の懐に入れた相手にはすごく優しくなることもある。俺がそれを何度も経験してるんだから間違いない。
 だからこそ、こうなると俺はどうしてもラカンに抵抗することができない。だって、こんなどうしようもない俺のことを気にかけてくれるのはラカンしかいないんだぞ? 嬉しすぎて泣きたいくらいだ。

 …………とはいいつつ、やはりその要求に素直に従うことは甚だ難しいことでありまして、ここはどうか一つその件についてはなかったことに……と言いたいのはやまやまだったが、俺がパニックのあまり無表情で固まっているうちにラカンの目が剣鬼様の目になってきて、そうなると俺も森の中をウロウロしている栗鼠だか狐だかの尻尾を丸めつつただ頷くしかなくて……我ながら本当に情けないな。ダナン一の敏腕バッファーの名が泣くな。

 俺はできるだけラカンから目を逸らしつつ、ベッドの横に置いてる背の低い棚の引き出しから懸案の物を恐る恐る取り出した。
しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

神官、触手育成の神託を受ける

彩月野生
BL
神官ルネリクスはある時、神託を受け、密かに触手と交わり快楽を貪るようになるが、傭兵上がりの屈強な将軍アロルフに見つかり、弱味を握られてしまい、彼と肉体関係を持つようになり、苦悩と悦楽の日々を過ごすようになる。 (誤字脱字報告不要)

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

遊び人王子と捨てられ王子が通じ合うまで

地図
BL
ある島国の王宮で孤立していた王族の青年が、遊び人で有名な大国の王子の婚約者になる話です。言葉が通じない二人が徐々に心を通わせていきます。  カガニア国の十番目の王子アレムは、亡くなった母が庶民だったことにより王宮内で孤立している。更に異母兄からは日常的に暴行を受けていた。そんな折、ネイバリー国の第三王子ウィルエルと婚約するよう大臣から言いつけられる。ウィルエルは来るもの拒まずの遊び人で、手をつけられなくなる前に男と結婚させられようとしているらしい。  不安だらけでネイバリーへ来たアレムだったが、なんと通訳はさっさと帰国してしまった。ウィルエルはぐいぐい迫ってくるが、言葉がさっぱり分からない。とにかく迷惑にならないよう生活したい、でも結婚に持ち込まなければと奮闘するアレムと、アレムが見せる様々な一面に夢中になっていくウィルエル。結婚に反対する勢力や異母兄の悪意に晒されながら、二人が言葉と心の壁を乗り越えて結ばれるまでの話です。

処理中です...