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Ⅰ 窮鼠、鬼を噛む 編

鬼人のラカン

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 先日ギルドで紹介されたのその依頼は洞窟で魔鉱を掘る人たちを魔獣から守る護衛の仕事で、全部で十人ぐらいの男たちがその仕事を引き受けていた。
 そこでの俺の役割は剣士や斧使いといった前衛部隊に適切なタイミングで攻撃力やなんかをアップさせる支援魔法を掛ける、いわゆる『バッファー』というやつだった。

 俺たちエルフは、腕力はあまり強くはないが目と耳がものすごくいい。だから索敵や、あと弓やナイフが得意な者が多い。俺は生まれつきそれとは別に持っている魔力も結構高かった。

 中つ国のエルフほどではないが、俺たち西の森のエルフも精霊を観て言葉を交わし力を借りる術を知っている。
 魔力を持つ者がそれをどう力に替えるかはそれぞれ違うが、俺の場合は古い精霊の言葉を使って彼らの守護を得て、守りの力や敵を屠る力を増やす。

 その依頼で組んだのは初めて見る顔の男たちだった。
『一番土地勘があるから』と言ってリーダー役を買って出た剣士の話では、その洞窟の近辺にいる魔獣はせいぜいオークや強くてもハイ・オークぐらいで『まあ、お前みたいな初心者は俺らがカバーしてやるから安心しろよ!』って言われて、まだ冒険者としての知恵も経験も浅かった俺は素直に頷いた。
 ところが俺たちの目の前に突然現れたのは、何十匹もの飢えたハイ・オークを従えた、より大きくて知恵の回るオーク・キングだった。

「おい、嘘だろ!?」
「なんでキング級がこんなところに……ッ!?」
「こんなの聞いてねぇぞ!!」

 一緒に来ていたメンバーたちが口々に叫ぶ。
 豚みたいな顔をした、見上げるほど大きな醜い魔獣は耐えがたい臭気を放ち、だらだらと涎を垂らしながら黄色い牙を剥き出してこっちに向かってきた。
 初めて見たキング級の魔獣に思わず怯んでしまった俺は、それでも咄嗟にナイフを抜いて防御の構えを取りながらすぐ傍にいるリーダーや他の剣士たちに向かって防御バフプロテクションの呪言を唱えようとした、その時だ。

「う、うわぁぁあぁぁッツ!!!」

 突然隣にいたリーダー役が叫び声を上げて俺の腕を掴むとオーク・キングに向かって突き飛ばしたのだ。

「えっ?」

 その頃は恥ずかしいことに俺もまだまだひよっこで、あまりに突然のことに一瞬頭が真っ白になってしまった。本当だったらそこで俺はオーク・キングどもの餌になってスヴェンディルの悲河の向こうに渡っていたと思う。ところがだ。

「何やってんだてめぇ!」

 さっきのリーダーの叫び声なんか目じゃないほどの怒声が飛んできて、驚いている俺の頭上をそのリーダー役の男が飛んでいった。
 え、飛んでる? ニンゲンって空飛べるの? ってぽかんとしてたらそいつは見事にオーク・キングの顔面にヒットして、地響きをたてて一緒に地面に倒れ込んだ。あの巨大なキング級の魔獣が倒れるということは相当勢いでぶつかったということだ。
 ますますぽかん、としてたら後ろから目にも止まらぬ速さで黒い影が飛び出してきて、気が付くと大きな鬼が両手に握った二振りの剣を振りかざして一閃の元にオーク・キングの首を跳ね飛ばしていた。

 え、なに仲間割れ? オークと鬼が戦ってるの? いやこのエリア鬼なんて出るの? と一瞬馬鹿のように呆けていたら、噴き出したオーク・キングの返り血で真っ赤になった鬼が振り向いて、足元に這いつくばって腰を抜かしてたリーダーの剣士に向かって怒鳴りつけた。

「てめぇ、自分よりほっそいエルフの女に何してんだ!」
「え、女?」

 そこで思わず我に返った。

「いや、俺は男だ」
「あ?」

 今思えばキングが倒されて恐慌状態のハイ・オークどもに囲まれてそんなことを言っている場合ではなかったと思うが、今度はその鬼の方がぽかんとした顔で俺を見て、言った。

「……まあどっちでもいいか」
「いや良くない」

 よくよく見ると鬼は確かに顔は怖いし角もあったが、普通に服を着ているしこのイエルランドの共通言語も話している。
 おまけに「おい、お前らいい金ヅルが逃げてくぜ?」などと言って剣を振り血糊を飛ばすと、洞窟から出てきた別の巨大な魔獣に向かって走り出した。

 どう見てもキング級の魔獣を金ヅル呼ばわりするその鬼に呆気に取られていたら、周りにいた他の雇われ剣士や斧使いたちもハッと我に返ったようだった。そしてそれぞれの武器を手に魔獣の群れに向かっていく。
 俺は珍しく愉快な気分になって立ち上がると、張り切ってとびきり強力な防御バフプロテクション攻撃バフハイテンションを放った。

 その、結局一人でキング級の魔獣どもをのしてしまったその鬼こそが、ギルドから出発する俺たちを見て『なんとなく嫌な予感がした』という理由でついて来ていた鬼人族の剣士・ラカンだったというわけだ。


 
 そして俺にとっては衝撃的だったその出会いから八年、俺とラカンは腐れ縁のようなつかず離れずの関係が続いている。
 
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