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Ⅱ 据え膳食わぬは鬼の恥 編

鬼人・ラカンの昔話

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『ラカンは冒険者の暮らしと私とどっちが大事なの?』

 以前付き合ってた女からそう聞かれた時は、普通に街で暮らしてる女からしたら仕事の度に命がけっていう冒険者と付き合うのは無理ってもんか、と納得はした。納得して、だから別れた。

 俺は鬼人だ。今どき珍しい混じりけなしの純血の。
 だから自分より強いやつと戦いたいとか命と命の勝負がしたいっていうのはもう本能に近い。
 魔獣やならず者たちをぶちのめして金を稼ぎ、気が乗らない仕事は断れて自由に国中移動できる冒険者っていう職業は、俺みたいなやつには最高に都合がいい。だから誰に何を言われようが、俺が死ぬか両腕がなくなるかでもしない限り辞めるつもりは毛頭ない。

 とは言え、女がもっと安全で安定した職の男がいいっていうのは当然のことだ。
 女は子を産み、育てる生き物だ。いつ死ぬかわからん俺じゃあ安心できないのは当然のことだし、だからそいつの言うことは十分納得できた。

 だけどな、

『ラカンは私とあのエルフのお友達とどっちが大事なの?』

 この質問は明らかにおかしい。
 いやいやいや、だっておかしいだろう、どう考えても。

『あのエルフのお友達』ってのは俺とよく組んで仕事をしているアドルティスのことだ。
 西の森から来たっていうまだ若いエルフで、目と耳がよくて弓の腕前もなかなかで、バッファーとしてもものすごく腕の立つ男だ。
 ただ中身は……どうんだろうな……中身と外身がああもかけ離れてるヤツってなかなかいないんじゃないのか?

 ギルドの若い受付嬢や行きつけの食堂の女の子なんかは、あいつを吟遊詩人の歌に出てくる森の王子様みたいなやつだと思ってる。らしい。愛想がなくていまいち表情の種類が少ない(というかいつも同じ顔)をしていても『クールでカッコよくて素敵!』となるのだから得だな、おい。

 でも俺からしたらあいつは冷静とは程遠いし、顔だってちょこっとだけど一応ちゃんと動いている。目の色とか眉の上がり具合とかな。
 以前酒場でよそから来た流れの斧使いがそりゃあしつこくあいつに迫って自分の宿に連れ込もうとしていた時のあいつの眉毛はめちゃくちゃとんがってたぞ?

 とにかくあいつはなかなか綺麗な顔をしているからそういう馬鹿な男によく付きまとわれていてちょっと気の毒なくらいだ。そのたびにうっかり踏んづけちまったミミズを見るみたいな目つきで相手をビビらせてるけどな。

 確かに見た目はいい。ものすごくいい。
 審美眼なんてもんは欠片も持ってない鬼人族の俺でも『ああ、こいつ綺麗だな』って思うくらいにはいい。
 そこらの人間たちがエルフってもんを想像した時に思い浮かべるそのものズバリな見た目をしてるといえば分かりやすいだろうか。
 黙って立ってればまさに森のエルフの王子様ってやつだ。そう言うとあいつめちゃくちゃ渋い顔するけど。ああいう顔めったにしねぇけど面白いぜ、ほんとに。

 実際のところエルフといったからって、どいつもこいつもみんな美形とは限らない。人間から見たらどうかはわからないが、鬼人の俺から見たら結構みんな違う顔してるし美醜もさまざまだ。根性が顔に出てるっていうんだろうか。俺が思うに目が違う。

 で、アドルティスの場合は最初に目につくのが薄い金色の髪にちっとも日焼けしない白い肌で、あと森のエルフエルフィンリーフだけあって綺麗な緑色の目をしてる。
 すごいぞ、あの目は。よく見ると木漏れ日の当たったシダの葉っぱみたいな明るい緑と森の奥の一番暗いとこに生えてる苔みたいな深い緑が綺麗な水ん中で混ざらずに漂ってるみたいな色してるんだぜ? あれ、ほんとにすごいよな。

 ……で、なんだったっけ。ああ、そうだ。『私とアドルティスのどっちが大事?』ってやつだ。

 アドルティスは俺にとってはいい相棒だ。別に固定でパーティってものを組んでるわけじゃないけどな。
 どっちかっていうとギルドの連中が勝手に俺たちをペアにして仕事を斡旋してくる。それも、もし俺だけなら絶対面倒がって請け負わねぇような王都がらみの依頼とか長期間かかる商隊の護衛とか、俺の気が逸って一人で突っ込んでいきそうな大物の討伐依頼とかそういうのな。
 ギルドのやつらは、あいつが一緒ならどんなめんどくさい依頼でも「まあいいか」って俺が引き受けるし、俺が無茶な戦い方をしてもとりあえずあいつがなんとか生きた状態で俺を連れ帰って来るだろう、と思っている節がある。

 一つ間違えば命を落とすような魔獣討伐や何日も続く不便で不自由な旅を一緒にやってれば、嫌でも互いの人となりってもんが分かるもんだ。
 そのなかでもあいつは結構付き合いやすい。時々馬鹿だけど。いや、頭はいいんだけどどこか抜けてるっていうか、浮世離れしてるっていうか。なんなんだろうな、あれは。

 だいぶ前に魔獣の討伐依頼で何度か一緒になった顔見知りの盾役タンクの男がひどくあいつに執心していて、隙あらばあいつを誘い出そうとしていたことがあった。
 結構長丁場の依頼を終えて珍しく打ち上げだといって皆で飯を食ってた時にもあいつの隣に陣取って、やたらと酒を注いでやりながら「俺が今泊ってる宿は高台の方にあるからすごく眺めがいいんだ。良かったらこの後見に来ねぇか?」なんて言っていた。
 それを隣で聞いていた俺と魔導士の女はそいつのあまりに陳腐すぎる誘い文句に呆れながらクラーケンの干物を齧ってた。
 なのにアドルティスはなぜかそいつの「西の湖に沈む夕陽がきれいに見えるんだぜ」という言葉に興味を持ったみたいで「そうか」ってついて行こうとしていた。
 おいおい、もう夜だぞ夕陽なんか見えるわけねぇだろ。今時そんな失笑ものの誘いに乗るなよお前、ってあいつの首根っこ掴んで連れ出して、その盾役の頭にはとりあえず水をぶっかけておいた。
 成人するまでずっと西の森に住んでたっていうけど、あれはつまり世間ずれしてないせいなのか。

 まあ時にはそんなこともあったが、あいつは派手な外見の割に中身はさっぱりしてるしキッパリしてるし口は悪いし食う量はあんまりだが結構呑むし、付き合いやすくて信用できる。
 だから仕事も一緒にするし、長い任務から戻れば一緒に酒も呑むし、近場のちょっとした依頼も場所が森とか川の方なら散歩がてらあいつも誘って一緒に行く。あいつ森とか川とか大好きだからな。そういうとこはやっぱりエルフだな。

 で、多分女たちはそういうのが気に入らなかったらしい。俺にしてみればなんでだ? って思うけど。
 でもまあ、女の方にしてみれば、自分が俺のことを(というか、恋人という存在を)最優先にしているのに、俺がそいつらを一番に考えてないことが許せなかったんだろうな。

 まあ、そんな理由で二人の女と別れた後で俺は思い知った。
 俺にとって一番大事なのはこの先もずっと好きに自由に生きることで、それから同率二位くらいで今まで互いの命を分け合ったやつらや自分の矜持ってやつで、女ってのはその次くらいにしか考えてなかったんだろう。
 もしかしたらこの先、何よりも大事だと思える女に出会えるのかも知れないが、とりあえずそんな運命の出会いは当分の間はなさそうだ。
 だからここ数年は色街の女以外とはそういう事・・・・・はしていない。

 で、何を唐突にそんな昔の話を回想してるかというと『俺は女がいたことだってある、至って普通の男だ』ってことを主張しておきたいからだ。一応。
 ちなみに誰に向かって主張したいのかっていうと……自分にだな。多分。
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