上 下
3 / 64
Ⅰ 窮鼠、鬼を噛む 編

ラカンの帰都

しおりを挟む
「おい、アドルティス。メシ行くぞ」

 このルーマ地方でただ一人『剣鬼』の称号を持つ金級冒険者のラカンは、大きな体躯を俺の下宿の狭い玄関口に押し込んでそう言った。
 俺は今日採取してきたハーブを仕分けてた手を止めて、予告もなしに来ておいて一緒に行くのが当然みたいな誘い方をしてくる相手に瞬きをする。

「なんだ、ラカン。街に戻って来てたのか」
「今さっきな。面白くもない仕事だったぜ」

 そう言ってラカンは昔グラードベアの拳をまともに食らって以来、少し曲がったままの鼻をフン、と鳴らしてみせた。

 ラカンはこの辺りではめったに見かけない鬼人キジン族の男で、赤銅色の肌に少し赤みがかかった黒い髪、そして黒光りしてる短い二本の角が目印だ。
 いかにも鬼人らしく、たいそう身体が大きくて逞しい。大体が長身のエルフである俺より頭一個分背が高いし、体重はもっと違うだろう。
 首も腕も足もオーガのように太くて肩や胸もとても分厚いから、エルフの俺が全力で突進したって多分びくともしないと思う。
 冒険者ランクは上から二番目の金級で、このルーマ地方有数の商業都市ダナンにも金級は三人しかいない。ちなみに俺はその一つ下の銀級だ。

 俺は肩の上で切りそろえた髪を掻き上げて言う。

「今回の依頼は結構長くかかったんだな」
「約ふた月な。さすがに疲れたぜ」

 彼の言うとおり二ヶ月ほど前、『剣鬼』の称号を持つ凄腕の剣士ラカンの腕を見込んで、ダナンでも一番の豪商が中央都市までの護衛を依頼した。どうやらその仕事が終わって戻ってきたところらしい。 

「それなら金山羊亭に行こう。今朝あそこの親父さんが黒血牛の肉が入ったと言っていた」

 そう答えて俺は仕分けたハーブをくくって風通しのいいところにぶら下げる。
 下宿のおばあさんに声を掛けてからラカンと一緒に家を出ようとした時、突然伸びてきた手に髪をひと房持ち上げられて思わず心臓が跳ねた。

「髪切ったのか」
「…………伸びて、邪魔だったから……」
「ふうん」

 赤と黒に塗られた大きな剣を握り、巨大な魔獣の首を一閃のうちに跳ね飛ばすラカンの太くて節立った指から俺の髪が零れ落ちる。

「早く行こうぜ。腹が減った」

 そう言って遠ざかっていく彼の手を目で追いながら、俺は胸の上で拳を握りどくどく脈打つ心臓を押さえ込んだ。



     ◇   ◇   ◇



 ラカンは、故郷の森以外で初めてできた俺の友人だ。というかまあ、ただの腐れ縁みたいなものだけど。

 俺たちがあの洞窟での護衛仕事で出会ってからもう八年が経つ。

 それなりのレベルの冒険者になった今の俺はいわゆる回復役ヒーラー支援役バッファーというやつで、支援魔法とは別に目や耳がいいとか弓とナイフが得意とかの特技はあるが、残念ながら自分一人で大物の魔獣と戦えるほどのスキルは持ってない。あくまで後方支援と索敵が得意、という感じだ。
 そしてラカンはいつも、東の物だというたいそう斬れ味のいい剣……じゃない、刀を二振り腰に下げていて、それでどんなに強い敵も真正面からぶった斬っていくタイプの剣士だ。二刀流だぞ、すごいだろう。

 初めてラカンに出会って助けてもらった後、街に戻ってからお礼に一杯奢った。(全然一杯とかいう量じゃなかったが)その時はそれで別れた。
 でもたまたまなのかなんなのか、それからギルドで紹介された仕事に結構な頻度でラカンもいた。

 後でわかったことだが、役割的にも力量的にも俺たちは相性が良かったらしく、ちょっと面倒だったり難しそうな依頼にギルドの人が俺とラカンを二人一組のような扱いで斡旋していたのが原因だった。

 確かに俺が先頭で見張って敵を見つけて、そしてラカンが真っ先に飛び出してガンガン魔獣を倒してる間、俺が他のみんなの攻撃力だのスピードだの防御力だのを上げつつ依頼主や荷物なんかを守ったり、余裕があれば主力の回復役ヒーラーの手伝いをするというのは、ラカンにとってもなかなか便利なフォーメーションだったようだ。

「お前がいると後ろのことを気にしなくていいからいい」

 とはラカンの言だ。ようするにラカンは思いっきり目の前の魔獣に集中して思う存分戦えるのが好きなんだろう。まあそういう男だ。

 まあそんなこんなでなんとなく二人で飯を食ったり依頼をこなしたりしてるうちに、友達というと気恥ずかしいが、周りから見たらよくつるんでる二人というか、腐れ縁のような間柄になってたというわけだ。

 そういえば彼のラカンというあまり聞きなれない響きの名は、鬼人族がいた東の方の文字で書くと大層複雑で、何か魔法の息吹のようなものを感じる。
 以前、一度だけラカンが地面に指で書いてくれたその文字を、なんとかして俺も書けないものかと密かに練習しているがなかなか難しい。
 元来、器用なエルフならいくらいにしえの異国の文字とはいえ、たった二つしかないそれを覚えることは簡単にできそうなものなのにな。
 変わり者と言われる自分のエルフらしからぬ不器用さに我ながら呆れてしまうし、少し残念だと思う。

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...