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Ⅰ 窮鼠、鬼を噛む 編

西の森のエルフのアドルティス

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 確かに、自分は生まれた時から変わり者の自覚はあった。
 エルフなのにぶっきらぼうで愛想がなくて、見た目と中身が全然違うともよく言われる。それにほかの皆と違って俺は森で静かに暮らすよりも外に出て冒険がしたかった。

 だからと言ってまさか初恋の相手がアレっていうのは、自分でも思いもしなかったことだけど。


     ◇   ◇   ◇


 俺、西の森のエルフのアドルティスが鬼人のラカンというちょっと変わった響きを持つ名の男に出会ったのは、生まれ育った森を出ていわゆるフリーの冒険者になったばかりの頃だった。
 冒険者というのは種族に関わらず冒険者ギルドに登録している十八歳以上の者のことで、主に魔獣の討伐や危険地域での採取、護衛、その他なんでもやる便利屋みたいなものだ。

 俺はいわゆる森のエルフエルフィンリーフの男で、それまで西の森からは出たことがなかった。だから自分の能力とかそういうのがどんなレベルのものなのか、まだよくわかっていなかった。

 西の森のエルフは中つ国のエルフと違ってそこまで長命ではない。だから二十歳になれば成人となる。
 俺も成人して少しは外の世界も見てみたくなって、とりあえずこのルーマ地方で有数の商業都市であるここダナンの冒険者ギルドに登録してみたのだった。


     ◇   ◇   ◇


「こんにちは! アドルティスさん」

 俺がその日、東にある暗がりの森で採取してきた薬草を持って店を訪れると、いつも店番をしている店主の孫娘が快活にそう言った。

「どうでしたか? シリルの朝露とサガンの葉、ありました?」
「ああ」
「良かった! 今、おばあちゃん呼んできますね。掛けてお待ち下さい!」

 そう言ってパタパタと店の奥へ駆けていった彼女を見送って、俺は店内を見回した。
 表の通りから一本中に入った直接日の入らぬ北向きの店の中は、いつでも薄暗くしんと静まりかえっている。年季の入った木の棚にはずらりと薬瓶が並び、小さく仕切られた薬箱には色褪せたラベルが貼られている。

 そこはダナンの街でも一目置かれている老舗の薬店だった。
 中央都市からのれん分けされたという表通りの大きな店と比べれば随分とこじんまりとしているが、ここの店主であり薬師でもある老婆は相当な腕前で、特に高価の高い薬を作ることができるとランクの高い冒険者たちの間では評判だった。

 その分、俺たちが依頼を受けて採取した薬草類を収める時は、保存状態や採取方法が悪くて薬効が落ちていないかどうかのチェックが大層厳しい。
 本来ならこういった採取の依頼はギルドを通して採取物と金をやり取りするのが普通だが、この店だけは薬師の老婆が実際に実物を見てから支払額を決めることになっていた。

 軽い足音とカチャカチャという食器の音を響かせて店主の孫娘が戻ってきた。

「アドルティスさん、お茶をどうぞ! おばあちゃんもすぐに来ますので」

 そう言って店の隅におかれた小さなテーブルにポットとカップの乗ったトレーを置く。俺は背もたれのない小さな丸椅子に腰を下ろしながら、彼女が淹れるハーブティーの綺麗な太陽のような色を見つめた。

「よく来ておくれだね、エルフの若殿や」

 腰の曲がった小さな老婆が杖をついてやって来る。彼女がここの薬師ラヴァンだ。俺は頷いてカウンターに乗せた包みを目で示す。

「依頼のあったものだ。サガンの葉は根元を濡れた端切れで包んできたから早く水に差すといい」
「そうかい。それは助かるね」

 乾燥が何よりの敵であるサガンの葉からは肩や腰の痛みに良く効く張り薬ができる。

「あとこないだ品薄だと言っていた月心草とルシラの花弁を見つけたからついでに取ってきたが、いるか?」
「ああ、もちろんさ。早速見せてもらうよ」

 俺がお茶を飲んでいる間に手際よく孫娘が包みから出した薬草の束をラヴァンが皴に埋もれた鋭い目で検分していく。 

「相変わらず見事な腕前だね」

 ひと通り見終わったのか、ラヴァンがそう言って顔を上げた。

「あんたたち森の守り人はちゃあんと薬草の扱い方を知っておる。さあ、これが依頼分と追加の月心草やなんかの分の受け取りだ。ギルドに出して報酬を受け取っておくれ」

 俺はラヴァンのサインの入った受領書を受け取ると、お茶を飲み干して立ち上がった。

「また頼みたい依頼があるんだがね、あんたの予定はどうだい」
「ああ、明日からしばらく街の外の採掘洞の方へ行くんだ」

 俺がそう答えるとラヴァンが目を瞬く。

「珍しいね。あんな荒くれどもがうろついてるような場所に行くのかい」
「護衛の仕事を請け負った」

 するとラヴァンはひどく顔を顰めて言った。

「そうかい。なら採取の依頼はあんたが戻って来てからにしよう。カワラギの樹皮とスナスグリの実がいるんだ。あれはあんたぐらいいい目と繊細な指がなけりゃ取れやしないからね」
「わかった」
「気を付けてお行き。間違ってもその綺麗で有能な指を傷つけるんじゃあないよ」

 そして俺はギルドでラヴァンの受領証を渡して報酬を受け取り、明日からの仕事の準備をした。
 それは薬草の採取や精製なんかの簡単な仕事をしながら少しずつ森の外の世界に慣れてきた俺が初めて受けた、洞窟での護衛の仕事だった。
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