恋に落ちてしまえ

伊藤クロエ

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ジェイデンの秘密(2)★

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「…………んん……っ!」

 上唇を食まれ、下唇を吸われて舌でなぞられる。そのまま歯列をこじ開けるようにジェイデンの舌が入り込んできて思うさま口の中をまさぐられた。

「ん…………っ、ジェイ…………んんっ!」

 ちゅくちゅくと舌を絡め取られ、頬の裏側の柔らかい粘膜を探られる。そして溢れてきた唾液をすべて飲み込もうとジェイデンが深く深く口づけきた。

「ん…………っ」

 つい先ほどまで自分の男根を咥え込み、精液を飲み下した唇で口内を貪られ、キーガンは独特の味と匂いに思わず眉をしかめる。だが溢れる唾液をジェイデンの口に注ぎ込みながら、だんだん頭に靄が掛かって来たような錯覚に陥った。

(こいつ、こんなにハラ減ってたのかよ)

 人の体液の中でも精液は一番『濃い』のだそうだ。だがそれを飲んでもまだ足りないほど切羽詰まっていたのか、と焦る。それなら、キーガンにできることはより多くの精気をジェイデンが得られるように、ジェイデンのしたいようにやらせてやることだけだ。
 だが、ジェイデンが不意をつくようにキーガンを寝台に押し倒し、その上に乗り上げ唇を貪り始めた時には驚きに目を見開いた。

「んん……っ、ジェイ、デ…………ん、……っふ……う、っ」

 ジェイデンの舌と唇がまるで生き物のようにキーガンの舌を捉え、口内を我が物顔に荒らしまわる。すると今度はジェイデンの唾液がキーガンの喉に流れ込んできた。

「ん゛ん゛………………っ!!」

 思わずそれを飲み込んでしまった途端、突然ずくん!と腹の奥が熱く疼く。

(な、なんだ、これ……っ!?)
「ふ、は…………あ……っ、んん…………っ」

 ジェイデンの唾液とともに、その熱や衝動や奇妙な感覚までもがキーガンの中に流れ込んでくる。

「んん……っ、ふ、は、ジェイ、デン……っ」

 ジェイデンが無我夢中になって口づけながらキーガンの身体を抱え込み、きつく抱きしめる。その時、誰かが階段を登ってくる足音が聞こえて来た。

「ジェイデ、ン、だれか、くる……っ」
「ん…………っ」

 ジェイデンは最後にちゅう、とキーガンの舌を吸うと、ようやく顔を離した。そして誰かが二人のいる部屋の前を通り過ぎていく靴音に耳を澄ませながら、息を荒げてお互いの顔を見つめる。

「…………満足、できたか……?」

 キーガンがそう尋ねると、ジェイデンはきつく唇を噛み締めてからいつものように穏やかな笑みを浮かべて言った。

「ああ……悪かった」
「謝らなくていい」

 だってジェイデン自身にはなんの落ち度もない。けれど根っからの善人で幼い頃から厳しい規範を自分自身に課して倦むことがないこの男なら、キーガンにこのようなことを強いることに激しい罪悪感を感じてしまうだろう。だからキーガンは重ねて彼に言う。

「おまえが謝る事じゃない。いいな」
「……ありがとう」

 そう答えた金色の目にはすでに理性が戻っていて、キーガンはホッとする。けれど彼が口元についた白濁をペロリ、と舐めたのを見て再び心臓が跳ねた。

「……っ、次からはもっと早く言えよな。我慢するんじゃねぇ」

 キーガンは慌ててジェイデンから目を逸らすと、くしゃくしゃになった掛布を引っ張って濡れた股間を拭う。だがその時、さきほど突然生まれた奇妙な疼きがまだ腹の奥底に残ったままなことに気が付いた。

「本当にすまなかった、キーガン」

 そう言って深く頭を下げてから立ち上がったジェイデンの顔がまともに見れずに、キーガンは俯いたままスラックスのボタンを留めてベルトを締めた。
 下腹に、得体の知れない熱と疼きを孕んだまま。


     ◇   ◇   ◇


 もしも彼の秘密が世に知られてしまったらどうなるだろう。キーガンは考えてみたことがある。
 彼の呪いはあまりに恐ろしく、あまりにも野蛮で汚らわしくさえある。けれど元々は勇気ある一人の騎士が命がけで王を守った代償だ。
 彼の祖先は自らに降りかかった呪いと引き換えに王を守り、ひいてはこの王国を守った。だったらブラックウェル家が負う呪いを疎んじたり忌避してはいけない。キーガンはそう思う。

 だが世の中の人々はどうだろう。
 キーガンは下町で歯に衣着せぬ市井の民たちの本音を聞きながら育ち、学院では貴族同士の醜い争いやくだらない足の引っ張り合いを目にしてきた。だからわかる。
――――彼らはジェイデンの抱える秘密を受け入れない。

 彼らにとってジェイデンは正真正銘、正義と誠実さを鎧とする輝ける騎士だ。街の民は騎士団の先頭に立って魔獣と戦い自分たちを守ってくれるジェイデンを崇めているし、貴族たちは自分があの神に祝福された強く美しい騎士と同じく選ばれた貴人の一人であることを自慢に思っている。
 そんな勝手で思い込みの激しい彼らが、自分たちの偶像が実は他人の体液をすすって生きている呪われた者だと知ったらどうするだろうか。

 人は、盲目的に信じて愛し高値を付けて大事にしてきた宝が傷物であったとわかった時、自分の愛情や信頼を裏切り無価値なものにしたと激怒するものだ。
 同じく、彼らがジェイデンの秘密を知ればきっと『穢れた身でありながら自分たちを騙し、清廉潔白な騎士のふりをしていたのか』と激しくなじるだろう。
 だから決して彼の秘密は知られてはならない。
 唯一秘密を知るキーガンが絶対に彼を守らなければならない。

 なのにジェイデンは何度キーガンが言ってもなかなか頼ってこようとしない。飢えと渇きが耐えられないほどのものになるまで一人で黙って我慢してしまう。
 それにキーガンが気づいて責めると彼は謝るのだ。「いつもすまない」「お前にばかり負担をかけて、こんなことをさせて」と。

(そんなものはお前のせいじゃない。だからお前が謝る必要なんてこれっぽっちもないのに)

 何度キーガンがそう言っても彼は深くこうべを垂れてキーガンに謝罪する。

(だから俺が、何が何でもお前を支えてやるんだ)

 それが、崇高な理想も人に誇れる努力もしたことがない自分を《唯一無二の友》と呼んでくれた彼へ応える、ただ一つの方法だと思った。
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