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第17話:魔女達の蠢動
しおりを挟む学園内のとある密室で、二人の魔女が密談していた。
その部屋の中はあまりに殺風景で、あるのはこの部屋の主が座っている椅子とデスクだけで、それ以外は何もなかった。
空虚な部屋に、二人の魔女の声が響く。
「相変わらずだね、ジリス」
そんな部屋の主――ジリスへとそう話し掛けたのは、エイシャだった。
「お前もな、エイシャ。子守に精を出しているようだ。ま、俺には負けるだろうが」
ジリスが自嘲気味にそうエイシャへと返した。
机の天板に腰掛けていたエイシャがそれを聞いて妖艶に笑う。
「教師という仕事はなかなかに大変だ。この世でいちばん君に向いていない仕事だと思うね」
「同感だ」
ジリスが肩をすくめる。そんな二人のやり取りはまるで旧友同士のようだ。
エイシャとジリス。
二人は共にアーレスの魔女であり、トリウィアの弟子だった。
当然二人ともこの学園出身であり、そして同級生でもあった。
エイシャは〝塵〟、ジリスは〝星〟とクラスは違えど、なぜか妙に気が合い、よく二人でとんでもない魔術を考案しては当時の教師陣を困らせていた。
そういう意味で、二人の関係性を正確に表現すると――悪友、という言葉がぴったりと当てはまる。
その関係は、今もなお続いていた。
「しかし、ご苦労なこった。お前も〝月牙〟もあの親子には相当に振り回されているな。あのお前を教師として潜入させるなんて。悪い冗談だ」
「レヴを女装させて潜入させるよりはマシだとは思うよ」
エイシャが笑いながらそうレヴの名前を口にすると、ジリスの眼光が鋭くなる。
「あいつは……本当に呪われている。あの眼を、トリウィア様の〝月の魔眼〟を使いこなしはじめている」
「その呪いから解き放てるのは、姉である君の仕事だろうが。なのに、随分と遠回りをしているようにあたしには感じる。なぜ素直にレヴに犯人を教えない。どうせ〝イレブンジズ〟に入れ知恵したのは君だろう?」
エイシャがそうジリスへと問うた。
エイシャ自身も、トリウィア襲撃事件については何も知らされていなかった。だがどうやら、ジリスは真実を知っており、かつそれについて何か思いを秘めているように見える。
「その通り。あいつをわざわざ〝塵〟に入れたのもそうだし、そもそもあのケイラの娘と、同じ馬車にしたのも俺だ」
「……ライラちゃん?」
意外な言葉が出てきて、エイシャが眉をひそめた。なぜここで別の夜域の魔女の名が出るのかが分からなかった。
「あとは本人達次第だ。俺の目論見通りにいけば……近々面白いものが見れるぞ。その時は協力してやれよ、エイシャ」
「あたしが?」
「そうだ。次の魔女を、次の次の魔女を育成するには必要なことだ」
ジリスがそう言って机に肘をつき、両手を顔の前で組んだ。
それはまるで祈りを捧げているかのような姿勢にも見えた。
「ジリス、君は一体何を考えているんだ。誰がトリウィア様を殺した。なぜレヴにこんな試練を課すんだ」
エイシャは答えなんて返ってこないことを分かっていてもなお、そう聞かざるを得なかった。
ジリスの態度といい、なぜか妙な胸騒ぎがするからだ。
「結局、トリウィア様は誰も選ばなかったんだよ、誰も……。それが答えだ」
「誰も選ばなかった? それって……まさか」
その言葉でエイシャは何かを察して、思わずジリスへと詰め寄ってしまう。
「〝かの魔女は 月より抜きんでた栄誉を与えられた。大地の魔女が家畜を与えようとも、太陽の魔女が恵みを降り注ごうとも、大海の魔女が獲物を授けようとも――彼女はそれに勝るものをたやすくさずけたり、それらを造作も無く奪われたりもなさるのだ。その気ひとつで 気まぐれに。お気の向くままに――”」
それは、アーレスの魔女なら誰もがそらんじることが出来る言葉だった。
偉大なる魔女を讃えるその言葉はしかし、エイシャには今の状況だとやけに不穏に感じてしまう。
「ああ、可哀想な弟よ。せめて……お前に引き返せる道があるように。引き返せる意思があるように。かの魔女の呪縛から解き放たれるように――俺は祈るよ。ガラにもなくな」
ジリスの言葉が、虚しく部屋の中に響いた。
***
同時刻。
〝星〟の生徒達が暮らすアルベド寮――そこは全室個室であり、生徒一人につき一部屋が割り当てられていた。
リゼ・イレスもまた〝星〟の生徒であり、当然のように自室で寛いでいた。
〝お茶会〟へと必死に誘ってくる話題の下級生が、ここ最近は疲れ気味なのが何とも小気味良かった。
「このまま、諦めるかしら」
諦めなければいいのに。そうリゼは言葉にして、微笑んだ。
〝イレブンジズ〟の地位は安泰だ。知恵を授けてくれたジリス先生も自分は気に入っているだろうし、このまま二年後に卒業してイレスの夜域に戻れば、いずれは母の後継者としてイレスを支配する立場になるだろう。
それを想像するだけで、笑みがこぼれてくる。
完璧な計画――のはずだった。
ベッドへと寝転がったリゼがしかし、顔を歪める。
その完璧な計画に、今、少しだけ気掛かりができてしまった。
それはあのレヴとかいう下級生に、まるで金魚のフンのように付いてきている、自分と同じ血を引いている女が原因だ。
「ちっ」
その顔を思い出すだけで、苛立ちが募る。
リゼ自身は、妹であるライラに対して何の感情も抱いていなかった。
無能で愚図な妹に一切利用価値がないと判断した時点で、嫌いとかそういう感情は消した。
「なのになんであいつが……!」
それは、〝イレブンジズ〟の立場を維持する方法をジリスから教わった時に、同時に言われたことだった。
〝知っているか、リゼ。お前の母ケイラは後継者選びの選択肢に……お前の妹を含めているぞ。お前と二択になるぐらいにはな。だから、頑張らないと。イレブンジズから落ちるなんてことはないように、しっかり気張れよ〟
「ありえない。ありえないありえないありえないありえない!」
リゼが感情の赴くままに魔術を放ち、天井を怒りの雷撃で焦がしていく。しかし、寮全体に刻まれた魔術式によって、天井があっという間に元通りに修復されていく。
「なんであいつが後継者なんかに! 無能で愚図なライラが!」
リゼが吼える。
それと同時に――ドアをノックする音が響いた。
「っ! 誰です、こんな時間に」
そうリゼが扉を睨み付けると、扉が開いた。
「荒れてるね」
そんな言葉と共に入ってきたのは、まるで月光のような銀色の長い髪を腰まで垂らした、美しい少女だった。その瞳は金色で、瞳孔がまるで猫のように細くなったり丸くなったりしている。
どこか人外めいた雰囲気を纏うその少女がニコリと笑った。
「っ! あ、あなたは!」
リゼが慌ててベッドから起き上がり、直立不動の体勢を取った。だけども、決してその少女とは目を合わせなかった。
「あはは、そんなに構えないでよ。同級生じゃん」
「それはそうですが……貴女様は……」
リゼがそれ以上は口にすることはない。
「ふふふ、聞いたよ。例の下級生の〝お茶会〟の誘い、全部断っているんだって? 賢いし、君らしいやり方だね」
「あ、はい!」
少女がゆっくりとリゼへと近付いていく。それに対し、リゼは金縛りにあったかのように動けない。
「でもさ、それは流石に〝夜庭園〟の存在意義に反してないかなあ」
「で、ですが……ジリス先生もお認めになっています」
「……だから? ジリスじゃなくて、僕が、おかしいって言っているんだけど」
少女の柔らかい物言いにはしかし、尋常ではない圧力が掛けられていた。
それにリゼは屈しかけていた。しかし彼女もまた、将来夜域を支配せんと野心を抱く魔女。
そう簡単には折れない。
「お、〝お茶会〟の誘いを受ける受けないは本人の自由で、如何なる者も強要できない……それがルールのはずです」
「たかが〝イレブンジズ〟の分際で……勝手に〝夜庭園〟のルールを拡大解釈するのはどうかなあ?」
既に目の前にまでやってきている少女の見えない圧力で、リゼは押し潰されそうになっていた。
汗が、止まらない。
「とはいえ……君の言うことは一理ある。だから例外として、かの下級生からの誘いを拒否し続けることは認めてあげる。でも、それだけ」
「あ、ありがとうございます!」
「分かった? レヴ・アーレス以外のお誘いは……断れない、そう僕は言っているんだ。そうそう、僕も久々に〝お茶会〟を開こうと思っていてさ。ただの〝お茶会〟じゃない。楽しい楽しい〝ティーパーティ〟をね」
目の前で少女が笑った気がした。それだけでリゼの身体が震えだした。
「……そ、それはまさか……」
「あはは、心配しなくても――君を〝ティーパーティ〟に誘ったりしないさ。だから安心して」
「は、はい!」
「まあそれだけ。では、良い夜を」
そう言って、少女が去っていった。
それから一分以上、リゼはその姿勢のまま止まっていた。
まだ少女の余韻が部屋に残っている気がしたからだ。甘い少女独特の香りに混じる、獣ような臭い。
「くそ……ジリス先生、ちゃんと根回しとけよ」
リゼがそう愚痴って……ようやく動くようになった身体でノロノロとベッドへと移動し、そのまま倒れ込んだ。
「あれにはどう逆立ちしても勝てない……」
リゼが悔しそうに拳を握りしめ、その少女の名を呟いた。
「……アレシア・ソライユ」
それは、〝夜庭園〟における最上級である、〝ナイトキャップ〟を名乗れる唯一無二の存在。
弱小と言われた〝ソライユの夜域〟の支配を奪い、現役生でありながら夜域の支配者となった、イレギュラー。
何千という魔女の頂点に君臨する、バケモノ。
彼女に与えられた二つ名は――〝空沈む要塞の魔女〟。
それは、後にレヴ達が激突することとなる、学園最強の魔女の名であった。
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