上 下
4 / 12
1章:ルーチェ幼少期

4話「タフ&リアル」

しおりを挟む


 それから、エルドアは毎日真面目に私に剣術を初歩から教えてくれた。

「そう。いいぞ。いいか、人ってのは必ず何か行動する前に予兆がある。足の動き、手の動き、呼吸、目線。それを見逃すな。相手が攻撃してくる、と分かりさえすれば——」

 エルドアは器用に喋りながら、私の剣を避けて、

「——避けるも受けるも自在だ」

 ポンと私の頭を木剣ではたいた。
 エルドアは、母と違い教えるのがめちゃくちゃ上手かった。理論だった考えで分かりやすい。この人ひょっとして実は有能では?

 そっか。予兆に気付きさえすれば避けるも受けるも自在か……まるで今の私の為の言葉のようだ。胸に刻んでおこう。

「むー。でも動きながら見るの難しい!」
「ははは、いきなり出来たら俺はお役御免だ。ルーチェは基本の動きは出来ている。ふむ……観察力を上げる訓練を重点的にはじめるか……いや、まずは身体作りか……」

 ブツブツと今後のメニューを考え始めるエルドア。

 しかしどうしてこうなった。そもそも、エルドアを家庭教師にしたのは剣術の腕を上げる為ではない。

 本来のゲームでの流れはこうだ。

 エルドアとの初対面でわざと挑発する。すると、戦闘が開始される。当然勝てないのだけど、予め母から股間を狙えという助言を受けていると、エルドアの股間を強打できるようになる。

 これを行うと、エルドアが泡を吹いて気絶。結果男性機能を失ってしまう。当然、血筋が一つ途絶えた事を知ったゼンギル卿が大激怒し、私を処刑しようとする。

 しかし父の尽力で処刑は無くなり、めでたく王都地下牢獄に投獄される。

 の! はずでしたが!

「参ったなあ……このままじゃ賢者イベント起きないし、攻略対象のライトとも出会えない……」

 これは非常にまずい。右手をもがれた状態でボクシング挑むレベルで不利な状況だ。

「なんだブツブツと」

 訝しげな様子でこちらを見てくるエルドア。相変わらず、安そうな麻の服だが、本人曰く、汚れてもいいし、身体を動かしやすいので機能的なのだそうだ。確かにその通りだった。

「エルドア……先生」
「なんだ急に。別に先生なんざいらん。好きに呼べ」
「じゃあエルちゃん」
「おい。俺への敬意の乱高下についていけんぞ」

 この人、話してみると案外面白い。

 なんとなくもう休憩かなと思い、私は母が用意してくれた器に入った水を飲むと、それをエルドアへと渡した。

「……」

 エルドアが受け取った器と私との間を視線で往復させる。
 あれ、水飲みすぎたかな? 十分に量は残しておいたはずだけど。

「……お前、変な奴だな」

 頭をポリポリと掻いて、エルドアが水を飲んだ。

「失礼な。変じゃありません」
「いや、変だ。貴族の娘とはとても思えない。が、嫌いじゃない」

 そう言ってエルドアが笑った。その笑顔だけは少年みたいで……。

 ああもう! そういうのずるい!

「それで? さっき何を言いかけた」

 庭にあるベンチに座って、汗を拭く。隣に静かに腰掛けたエルドアがそう問いかけてきた。
 この人、無頼漢っぽいけど、案外所作は綺麗だし静かなんだよね。

「あー。えっとエルちゃん……じゃなかったエルドア先生は王都に行った事は?」
「ん? ああ……俺の噂についてか。なんだクロイツ師から聞き出せとでも言われたのか?」

 やれやれといった感じでエルドアがため息をついた。そうじゃないんだけど、まあそこも気になってはいた。
 ちなみに、クロイツ師とは父の事だ。

 父は王宮魔術師なので、卿ではなく師と呼ばれるそうだ。

「違うけど、それもついでに聞く」
「ついでかよ。まあどうせろくでもない噂ばっかだろうが、全部でたらめだ」

 エルドアはため息をついて、空を仰ぐ。その横顔に少しドキッとする。
 いかんいかん、こんなところでドキドキしている場合ではないぞ私。

 このゲーム、ルーチュに限っては恋に走るとろくな事が起きない。

 勿論これはゲームじゃない。私はタフに、リアルに生きるのだ。恋をしている暇はない!
 のだけど……そうのたまう私に、タフさもリアリティも一切なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

偏屈王子は聖女がお嫌い ~だからといって魔女の私を重宝されても困るんですが

虎戸リア
恋愛
王族に次いで、聖職者達が実権を握る西の大国である【エル・ヴァル】 最後の魔女――ベアトリクスは、聖女達の悪辣な方法によって捕らわれ、処刑されそうになった。 しかし第二王子であるレオンになぜか見初められ、ベアトリクスは処刑を免れ王子の秘書官として王宮で働く事に。 「宗教なぞくだらん。そうだろビーチェ」 「……」 「神に祈ったところで戦争には勝てん。時間の無駄だ。なんだそんな顔をして」 「ここが聖堂で、ミサの真っ最中だからでしょ……ちょっとは自重しなさい」 レオン王子は周囲から偏屈だと言われながらも、その既成概念にとらわれない考えと有能さで、徐々に次期国王として期待されるようになっていく。 そうして第一王子との王位争奪戦が始まると共にベアトリクスへの無茶ぶりが増えていくが、二人の距離も段々と近付いていくのであった。 これは、周囲の理解を拒絶した魔女と、誰にも理解されない王子の二人の物語だ。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

海千山千の金貸しババア、弱小伯爵令嬢に生まれ変わる。~皇帝陛下をひざまずかせるまで止まらない成り上がりストーリー~

河内まもる
恋愛
かつて金と暴力によって裏社会の顔役にまでのし上がった『金貸しのしらみ』。 ひょんなことから乙女ゲームの主人公に転生した彼女は、8歳で伯爵家に迎えられ貴族令嬢となる。 この物語は伯爵令嬢となったかつての因業ババアが、生まれ落ちた世界で帝国最大の権力を得、乙女ゲームの舞台である『学園』へ入学するまでの軌跡を追った成り上がりストーリーである。 ※続編として『悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕~(https://www.alphapolis.co.jp/novel/693761111/990498402)がございます。よろしければそちらもどうぞ。

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。 ……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。 それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?! 上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる? このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!! ※小説家になろう様でも投稿しています

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...