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六花編2・再会。そして下される審判

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 あの出来事から数年が経った。
 私は高校に進学し、もう2年生になる。

 あれから、私は変わる決心をした。もう大切な人を傷つける事は二度としたくない。

 まずナオくんがいなくなった翌日、イジメとソレに加担していた女子たちと取っ組み合いの大喧嘩。

 そんな派手な出来事があると、さすがに教師も介入してくる。……先生の対応は『先生は悲しいです。イジメなんかやめて、みんな仲良くしましょう。まず、今回喧嘩した人同士は謝りあってください!』なんていう、なんともお粗末なモノだったけど。

 結局、そこに至ってようやく家族に学校での事情を相談し、進学を待たずして私は転校することになった。仮に進学まで我慢しても学区は変わらない。あんな連中と、もう関わり合いになるのは嫌だった。

 後で聞いた話によると、その時の教師の対応は大問題だったらしい。私の転校をキッカケに大波乱が引き起こり、学校は大騒ぎになったという。

 そして中学からの私を取り巻く環境は、劇的に変わる事になる。

 すでに身に付きかけていた、外見を取り繕うすべを十全に発揮し、女の子を友達にして全力で愛想を振りまいたのだ。表面上は、いわゆる陽キャとか呼ばれている人種のように。

 そうすると不思議なモノで、クラスに存在するカーストのようなもの、その上位に私は位置づけられることになった。みんなもチヤホヤしてくれる。

 おそらく、この年になると変わった色の髪もステータスになるということだろう。とはいえ、上っ面だけ見られてると思うと、全然嬉しくはない。

 ただ、物珍しいとは言っても──私一人でいるとき、男子はあまり寄ってこなかった。

 そのまま順当に高校へ進学。

 相変わらず愛想を振りまき続け、運動も勉強も頑張り続けた私は──いつの間にか、周りから【雪の妖精】だなんていう恥ずかしい二つ名で呼ばれてるらしかった。友人いわく、人気があるっていう話だけど……珍しいからとはいえ、本当に恥ずかしいからやめてほしい。

 だけど、芯の部分は全く変わらない。未だにナオくんの手紙すら確認できない臆病者のままだ。

 そして、進学から一年が経ち、2年生になるこのタイミングで……ナオくんが帰って来た。

 とうとう裁かれる時が来たのだ。

 私の贖罪しょくざい──いや、つぐなわせてくれるかどうかすらわからない。本来なら顔を合わす資格すらない私。もう今さら関わりたくない、と無視されても仕様がない。

 許してくれなくとも結果は受け入れないと。

 そもそも、謝罪や贖罪なんていう行為は、私を楽にしてしまう。そうだ、拒絶されたらあの手紙の中身も見てみよう……。

 ナオくんが編入してきたのは私の隣のクラス。下手をすると接点がないかもしれないので、申し訳ないけど彼を呼び出すことにした。あの絶縁した時と同じ状況、放課後の教室に。

 そして今、私たちは時を超えて対峙している。彼はどんな心境なのだろう……。



「りっちゃん……」

「ナオく──八坂くん……」

 今の私に彼の名前を呼ぶ権利なんてない。それよりも、謝らないと! 目一杯の誠意を示すためには……そうだ、土下座を────



 と、行動に移そうとした瞬間。彼の方が先に動いた。

「改めて、あの時はホントごめん!!」

 その言葉と同時に、勢いよく頭を下げた。私ではない、彼の方がだ。

「……………………え?」

 なにこれ??

 しばらくフリーズする、率直に言って意味が分からない。今までナオくんに関わってきて意味の分からない事は多かったけど、そんなレベルじゃない。これまで生きてきた人生の中で、一番混乱した。

「厚かましいのは承知の上で……許してくれない?」

 ???

「え、なんのこと? それより、謝るのは私の方で──」

 とうてい謝って済まされる事じゃないけど、と言いかけると。

「いや、最後に会ったあの時さ。あれ、りっちゃん板挟みの状況だったんでしょ? 俺には言ってもらえなかったけど、陰で嫌がらせを受けてたっぽかったし。あの後ろで見てた子が、りっちゃんに何か無茶を言うように強要したのかなって。辛かったよね」

「!?」

 ナオくん気づいてたの!?

「で、そう思い至った時、りっちゃんからの信頼を勝ち取れてなかった事と、そこまで追い込まれてるのに気づけなかった自分に驚愕して。情けなさのあまり、後ろの子を見て思わず固まってたら、りっちゃんも後ろから見てた子も走って行っちゃうし」

「!?」

 ショックを受けてたって……私の心ないセリフにじゃなくて、自分自身に!?

「りっちゃん、ショックで部屋にこもちゃってたでしょ? 伝言も考えたけど、デリケートな内容だし……。そんなこんなでギリギリまで待ってたけど、間に合わなかったから、急いで手紙を書いて渡してさ」

「!?」

 あの手紙、私への恨み言じゃないの!? というか、あの殴り書きって──怒ってたからじゃなくて、単純に時間がなかったから!?

「さっき言った一連の謝罪と、あの後の事も気になったし、よかったら返事が欲しいとか……色々書いたけど。まぁ返事はともかくとして。許してくれないにしろ、直接謝りたいってずっと思ってたんだよね」

 こんな……すれ違いってある??

 いやいや、ダメだ! 甘えるな私! 安心してはダメ! ナオくんを裏切った大罪人に変わりはないのだから!

 私は当初の予定通り、土下座からの謝罪を繰り出す。

「あの時はごめんなさいいいぃいいいぃい!!」

「土下座!? エッッ! りっちゃん何してんの!?」

「私はナオくんを裏切ったクズ女ですぅ! 産まれてきてすいません~!!」

 そして泣きベソをかきながら謝る。

「ちょっと待って!? なにこれ!? なんか分かんないけど、とりあえず立って!! これハタから見たら美少女を土下座させてイジメてるド外道だよ俺!!」

「う、うえぇ、うぐうううう!!」

 感情のタガが外れた私は、ナオくんに引き起こされつつそのまま泣き続けた。

 ………………。

「つまり、俺を裏切った……いや、自己保身かな? そっちを優先してしまって、死ぬほど後悔してたと?」

「うん……。許されるなら、一生をかけて償おうと……」

「一生!? いやいや! あのね、りっちゃん」

「うん……」

「なんて言ったらいいのかな。そんな強い人間なんて、そうそう居ないと思うよ?」

「……え?」

「そりゃ、悪意をもって自分の意思で言われたら俺も悲しいけど……そんな板挟みの状況ならしょうがないって。正解のない悪意ある選択肢というか……そうだね、例えるなら踏み絵みたいな、究極の二択ってやつ」

「踏み絵?」

「そう。『一番大事にしてるものを踏め。でないとお前の命をとる』って話。あ、外国でもそういう話があるね。『剣か聖典か』って。要は、信念を曲げないと殺すって事。大げさなようだけど、りっちゃんが迫られたのは、そういう類いの板挟みだよ」

「で、でも」

「りっちゃんは信念を曲げないのが正解って思ってるわけだよね。確かに命を懸けてでも譲らないって信念は尊いと思う。でも、そうしないと死んじゃうわけだ。自分の命ほしさに信念を曲げちゃった人って、責められるべきなのかな?」

「…………」

「もちろんケースバイケースではあるけどね。害意がない上に本人が反省してるなら、後は相手次第じゃないかなあ」

「相手次第?」

「うん。どんな状況だろうが『絶対許さない』って人も多いと思う。実際、裏切りが許せないって人も世の中多いし、その時はしょうがない。俺は許す派……というか、今回に限ってはさっき言った通り、許してほしい側の立場なんだけどね」

「…………ナオくんは優しすぎるよ」

「普通だよ。そもそも今の俺、【紳士道】を歩んでないし」

「いや、普通は──前から思ってたんだけど、その【紳士道】ってなに??」

「【紳士道】は【紳士道】だよ」

「う、うん。答えになってないけど、そうなんだね。それで、なんで今のナオくんは、その【紳士道】とかいうのから外れちゃったの?」

「りっちゃん、そこを聞いちゃうか」

「え、何かつらい想いがあるんだったら、無理には──」

「今の俺はね──反抗期なんだ」

「……?」

「あれ? なんでそんな不思議そうなの? あっ! なんか言い方が中二病っぽかったとか!?」

「う、ううん。そうじゃなくて、ナオくんにも反抗期なんてあるんだなぁと」

「俺、別に聖人君子でもなんでもないよ。まぁ、親が嫌いとかじゃないんだけどね」

「親子仲が悪いわけじゃないの? じゃあなんで?」

「なんていうのかな。父さんの教育的指導という名のサブミッションを打ち破ろうと思ってたら、自然とそんな状態に」

「まだ関節技やってたんだ」

「うん。というか今日の話をしたら間違いなくヤバい。女の子……それも、りっちゃんを泣かしたって知られたら【禁忌のネックロックシリーズ】がくるかも……。まあ、今日は甘んじて受けるしかないか」

「だ、ダメだよ!! 代わりに私がナオくんのお父さんと戦うから! もう私のせいでナオくんが傷つくのは嫌なの!!」

「りっちゃん何言ってんの!? 大丈夫、大丈夫だから!!」

「で、でも……。そうだ、償うって気持ちは今も嘘じゃないから! 私に出来る事があったらなんでも言ってね?」

 そうだ。言葉通り、私は一生を懸けて償うつもりだ。

「いや、そこまでの覚悟は持たなくて良いんだけど……。あ、そうだ」

「なに!?」

「そんな食い気味にくる内容じゃないから落ち着いて。それなら、また改めて友達になってもらえればなーって」

「良いの? こんなクズ女なんかがナオくんの友達になっても……!」

「いやクズ女って。りっちゃんって昔から卑屈すぎるというか、自己評価が低すぎない? 俺、昔からけっこう褒めてなかったっけ……」

「ナオくんは優しいからね……! でも、本当にナオくんの言う通り、私が価値のある女なら──友達でも恋人でも奴隷でも、なんでも言ってね!」

「りっちゃん…………」

 こうして私たちはまた友達からやり直すことになった。まだ、初恋のうずみ火は胸の内に残っている。もしも彼がそういう関係を望んでくれたら、その火は燃え上がるだろう。

 ナオくんの何とも言えない視線に見られながら、私は決意と共にグッと手を握った。
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