183 / 190
第六章『学校開校』
181話 暴走の対価
しおりを挟む訪問中の国王陛下に呼び出されたのは、開校式のあとのことだった。行ってみると義母さんとストリナと僕がいた。
コンストラクタ村に引きこもっていた義母さんは、久々に会ったせいか少しふっくらして見える。腹周りが明らかに太っているので、少し食べすぎているのかもしれない。
「ジェクティ姐さん、体調は大丈夫ですか?」
国王陛下が、なぜか緊張して義母さんに聞いている。
「もう安定してるんじゃないかしら。最近はお腹を蹴るようになったわ」
お腹を蹴る?
「え?」
妊娠ってこと?
「「「え?」」」
僕が疑問の声を上げると、逆に疑問の声が返ってくる。
「義母さん、妊娠してるの?」
「ええ。これがあるから、公都攻めに参加できなかったの。護れなくてごめんなさいね」
マジかよ。家族が増えるのか……。
「そういうわけだから、産褥熱の予防方法の確立は急務だ。今ジェクティ姐さんを失うと、下手をすると国が滅ぶ。イント、頼むぞ」
そんな気はしてたけど、義母さんもそんな重要人物なのか。大切な家族だから手を抜く気は毛頭ないけど、なんか一気にプレッシャーが増した。っていうか、出産までの時間的余裕はどれくらいあるんだろうか?
「開校式の護衛もご苦労だったな。テレース派はどこにでもいて、簡単に過激派に堕ちる者もいる。成功すると、天罰とか言い出す奴が出てきて同調者が増えるから、これからも注意してくれ」
陛下が怖いことをサラリと言う。もしやこれ、日中は護衛とカリキュラム作成、夜に研究ってことになるんじゃなかろうか。他に仙術の腕を落とさないための訓練とかも考えると、凄まじい激務になりそうな予感しかしない。
「……わかりました」
陛下に会うと、いつも厄介ごとが始まる気がする。まぁ陛下の責任というわけでもないけど。
「期待している。さて、前置きはこのくらいにして……どうしたイント? 鳩が豆投げつけられたような顔をして」
「いや、前置きだけですでにお腹いっぱいになりまして……。九歳の若輩者には少々荷が重く……」
「はっはっは。そうか、もう九歳になったのか。ちょうど同い年の娘がいるから、来年の舞踏会ではエスコートを頼む」
陛下が言っているのは、社交デビュー前の練習として開催される舞踏会でのことだ。王国中から十歳になる子どもが集められる。十二歳になるまで何度か開催されるらしいけど、絶対面白がってるよな、これ。
「残念ですが、婚約者のユニィが同い年ですので、エスコートはできません。申し訳ないです」
「子爵は妻を三人までまで持てるのだ。エスコートを二人するぐらいは構わんと思うが?」
これは絶対罠だ。厄介ごとの匂いがする。
「それはそうかもしれませんが、これ以上妻を増やすつもりもないので……」
「欲のない話だな。君の婚約者たちは若い。このままいくとまだ功績をあげるぞ? 彼女らが世襲貴族の当主になれば、彼女らも複数の伴侶を持てるようになる。そうなったら、その子はコンストラクタ家の後継にはなれんぞ?」
うぐ。どうなってんだ、この国の貴族制。
男尊女卑の気風はあまりなく、貴族家の当主は男女どちらでもなれる。そして、当主は男爵で二人、子爵で三人というふうに、伴侶を複数持てる。つまり、マイナ先生やユニィが男爵以上になった場合、僕以外の夫を持てるようになってしまう。思わず想像してしまったが、そんなのは絶対嫌だ。
そういえば二人ともすでに準男爵。すでにあと一歩のところまで来ている。
「娘もイントに会うのを楽しみにしていたのだが……」
どこまでが偶然で、どこまでが必然なんだろうか? 王族って怖い。
「僕は二人をもっと大事にしようと、今心に決めました。そんなことより陛下、本題をお願いします」
前世との文化の違いにおかしくなりそうだったので、とりあえず話題を変える。
「そうだったな。話というのは、ヴォイド師匠のことだ」
話題を変えなくても地獄、変えても地獄。クソ親父の話も聞きたくない。
「処分が決まりましたか」
義母さん、不機嫌が少しだけ声に漏れている。
「処分は謹慎で終わりだな。あとは師匠からの嘆願をどう扱うか、だったのだが……」
スカラ子爵とその家族の助命だったか。
「スカラ子爵の娘の妊娠が発覚した。娘は相手について口を閉ざしているが、師匠は認知すると言っている」
ギリッと、歯軋りの音が響く。霊力圧縮が解けて、義母さんから高濃度の霊力が溢れた。霊力に鈍感な僕でもわかるレベルで、毛穴が開いて汗が噴き出すのがわかる。
「それで?」
義母さんの声が氷点下にまで下がってる。流石の陛下も、少し汗ばんでいるようだ。
「館で娘を監禁していた者は全員師匠が斬殺してしまったから、事実関係の調査は難航している。そもそも娘本人が否定していてな。しかし、タイミング的に機会があったのも事実でな。子の父親が師匠なら、少なくとも国王として娘は処刑できない」
親父のことだから、機会があったなら手を出してると思う。また複雑な境遇の兄弟が増えると思うと、腹のあたりがズンと重くなる。
「現状師匠の家督権は停止されているので、コンストラクタ家としての判断はイントに委ねられる。イントはどうしたい?」
全員の視線が僕に向く。これは、どこからどこまでが判断の範疇だろう。丸投げされても、ぜんぜんわからぬ。
「何度も言うようですが、僕は九歳なので……」
困った時の九歳頼み。前世の考え方が全く通用しないので、本当に九歳みたいなもんだ。
「では、こちらが想定している選択肢を教えようか。まず、スカラ子爵の処刑は、娘がどうあれ避けられない。これは前提条件だ。その上で、現状を維持したいなら、密かにスカラ子爵の娘に堕胎の薬をもるという方法が選択肢の一つ目だ。師匠の子ではない可能性がある以上、無事堕胎すれば、妊娠など問題ではなくなる。家族は予定通り処刑となるだろう」
うん。こんな黒い選択肢を、九歳に選ばせるなんて正気だろうか。妊婦を前にした話題でもない。
自然と義母さんと目が合う。義母さんは、すでに怒り一色ではなくなっているようだ。
「二つ目は、師匠の子どもとして認める方法だな。この場合、コンストラクタ家の縁者として、当主以外のスカラ家の者は助命嘆願が可能になる。だが、スカラ子爵領を野放しにはできん。コンストラクタ家が助命嘆願するなら、スカラ領の監督はコンストラクタ領の役目となる」
考えてみる。
一つ目の選択肢の場合、バレて親父の逆鱗に触れてしまったら斬られてしまいそうだし、何より僕が嫌だ。
二つ目の選択肢の場合、村の戦闘要員は騎士団に徴兵されて、今は半数ほどしか残っていないのが問題になる。村や街の治安維持や、魔物肉の産業維持を考えると、これ以上は減らせない。定住冒険者は増えてはいるものの、彼らは魔物狩りに来ている荒くれ者だし。
かといって学校は開校したばかりで、新たな人材が育つにはまだ時間がかかる。
こんな人員不足状態でスカラ家を押さえつけることは不可能で、もちろん監督など無理だ。
では派閥の力を借りるというのはどうだろう? どこかの家に力を借りて……
それも即断は無理だ。いくら友好関係にあっても、うちに手を貸すメリットが他家にはない気がする。じっくり考えないと、どこかに落とし穴があるに違いない。
「ふむ。すぐ答えないか。領地と自家の現状はきちんと把握できているようだ。ではこちらとして落としどころとして考えていた案を出そうか。王家としては、これ以上の譲歩はないと考えてくれ」
しばらく黙って考えていると、陛下が口を開いた。陛下はこの後、王族専用の飛行船で王都へ帰還する予定になっている。面談もいっぱい入っているで、あまり時間はないのだろう。
「まず、イント、お前はコンストラクタ家の当主になれ。お前なら当主として充分やっていけるだろう」
「繰り返すようですけど、僕まだ九歳なんですけど……」
実権を持つ社交年齢未満の当主とか、ちょっと考えられない。というか、こんな黒い話をするところに身を置きたくない。
「お前のような九歳がいるか」
僕の反論は、陛下にピシャリと遮られた。ひどい。
「それに、僕が当主になったら、親父はどうするんです?」
ダメ親父ではあるが、家族としての情がないわけじゃない。失敗を許すのが我が家の家風だし、追放は忍びない。
「ヴォイドは単身でスカラ子爵家に入って、あちらの家を継いでもらおう。師匠は拘魂制魄を極めているので、半端な毒や神術、武器は通用しないだろう。おそらくスカラ家では暗殺など不可能なので、人質になりうる人間を連れて行かなければ問題なかろう。家族を助命することで恩も売れるだろうしな」
単身でスカラ領に放り込めって、陛下もなかなかシビアなこと言うな……。元敵対派閥ですけど。
「義母さん、どう思う?」
「私は賛成。のべつまくなしに女の子に手を出して引っ掻き回して、たまには責任を取らせるべきね。死ぬほど苦労すればいいわ」
遠い目をして、義母さんが呟く。
ダメだ。これはもうどうにもならない。僕は親父を反面教師にして、マイナ先生とユニィを大切にしよう。
「承知しました」
声を絞り出す。どうやら僕は、九歳にして子爵家の当主にならなければならないらしい。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
ただしい異世界の歩き方!
空見 大
ファンタジー
人生の内長い時間を病床の上で過ごした男、田中翔が心から望んでいたのは自由な世界。
未踏の秘境、未だ食べたことのない食べ物、感じたことのない感覚に見たことのない景色。
未だ知らないと書いて未知の世界を全身で感じることこそが翔の夢だった。
だがその願いも虚しくついにその命の終わりを迎えた翔は、神から新たな世界へと旅立つ権利を与えられる。
翔が向かった先の世界は全てが起こりうる可能性の世界。
そこには多種多様な生物や環境が存在しており、地球ではもはや全て踏破されてしまった未知が溢れかえっていた。
何者にも縛られない自由な世界を前にして、翔は夢に見た世界を生きていくのだった。
一章終了まで毎日20時台更新予定
読み方はただしい異世界(せかい)の歩き方です
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
転生したら《99%死亡確定のゲーム悪役領主》だった! メインキャラには絶対に関わりたくないので、自領を発展させてスローライフします
ハーーナ殿下
ファンタジー
現代の日本で平凡に生きていた俺は、突然ファンタジーゲーム世界の悪役領主キャラクターとして記憶転生する。このキャラは物語の途中で主人公たちに裏切られ、ほぼ必ず処刑される運命を持っている。だから俺は、なるべく目立たずに主人公たちとは関わりを避けて、自領で大人しく生き延びたいと決意する。
そのため自らが領主を務める小さな領地で、スローライフを目指しながら領地経営に挑戦。魔物や隣国の侵略、経済危機などに苦しむ領地を改革し、独自のテクノロジーや知識を駆使して見事発展させる。
だが、この時の俺は知らなかった。スローライフを目指しすぎて、その手腕が次第に注目され、物語の主要キャラクターたちや敵対する勢力が、再び俺を狙ってくることを。
これはスローライフを目指すお人好しな悪役領主が、多くの困難や問題を解決しながら領地を発展させて、色んな人に認められていく物語。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~
櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる