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第五章『開戦』

170話 戦勝記念式典

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 王都では、その日、街をあげて…戦勝記念の式典が開かれていた。

 各所にある尖塔をかすめそうなほど低空飛行する巨大な飛行船が、上空から紙吹雪をまいているのが見える。チラチラと陽光を反射して、お祝いムードを盛り上げている。

「僕は子どもだぞ。どうしてこうなった……」

 浮かれムードの街を横目に、僕は杖をつきながら、廊下をゆっくりと進んでいく。体重をかけると、まだ痛む。王宮の階段をここまで上がってくるのは、一苦労だった。
 僕の足を気遣ってか、一緒に進んでいる参列者も、みな歩みは遅い。

「そりゃ、あれだけ功績をあげれば、呼ばれないわけないでしょ。わたしだって開校準備あるのに、ちゃんと来たんだからイント君も我慢して」

 右に視線を向けると、華やかに着飾った婚約者のマイナ先生がいた。
 背中が開いた薄いブルーのドレスを来て、まだ世界で数人しかかけていないメガネがよく似合う。そのレンズにかかるのを嫌ってか、髪は複雑に編み上げられている。美容の専門家の娘らしく、化粧もばっちりだ。

「なんのための家制度なのさ。僕らの功績は家の功績。親父と義母さんだけ出席すれば充分じゃない?」

 これから始まるのは、戦功叙勲式。今回の戦争で功があった者が呼ばれる式だ。こういった式では、招待を受けた家の当主が配偶者や婚約者を連れて式に出席するのが習わしらしい。しかし、肝心の親父の姿がない。入場経路が違うそうだ。
 それに、招待状にもおかしな点があった。親父たちの分以外にも、僕やマイナ先生、ユニィやストリナの分まであったのである。

「確かに参列者に爵位を継いでいない子どもは私たちだけ。何かありそうなのです」

 左に視線を向けると、もう一人の婚約者であるユニィが、貴族令嬢にふさわしい所作でしずしずと歩を進めている。歩き方と服装と表情だけで、ここまで雰囲気が変わると思っていなかった。

 着ているドレスは薄いグリーンで、マイナ先生のドレスと雰囲気が似ている。フロートの街に新しくできた服飾工房に、ストリナを含めた三人で一緒に発注したらしい。

「親父たちと別って、絶対何かたくらんでるよね」

 成人した嫡男は出席するが、未成年の子どもは僕らだけだ。あの国王陛下と宰相閣下が、こんなあからさまなことを仕掛けてくるということは、何かあるのだろう。

「たくらんでるも何も、分かりきってるじゃない。イント君、正式に王太子殿下の右衛士に任じられたんでしょ?」

 『右衛士』というのは、王家を護った個人に与えられる称号のようなものらしい。あの日戦った竜飛兵は、公都の大聖堂を護る守護聖人だったそうだ。その守護聖人と相討ちして王太子を護った、というのが、王家が流した僕の評価である。

 ちなみに実際には、飛行船の誘爆で大ダメージを受けたところを倒したので、完全に棚からぼたもちの功績だ。

「そういう意味なら、称号を受けた時点で終わってるはずだよね」

 王家からの称号は、年金と権力がつく。『右衛士』の場合は、年間金貨百枚ほどの年金が王家から支給され、王太子府付きの近衛騎士小隊長クラスの権限が与えられる。
 断ると王家からの離反を疑われそうだったので受け入れたが、金貨百枚は領地や銀行から上がるであろう収益と比べたら微々たるものだし、権力も興味はない。それに、それだけではこんなところに呼ばれないだろう。

 豪華な廊下の先に、ホールに続く大扉が見えてくる。式典の手順は説明されたが、立ち位置と呼ばれた際の動きだけだ。褒章がどんなものか、まだ誰も知らされていない。

「よく来たな」

 大扉の前で待っていたのは、王太子殿下だった。

「でんか、こんにちは!」

 嬉しそうに挨拶したのは、妹のストリナだ。王子様に憧れがある年頃だからだろうか。

「こんにちは。リナ嬢は今日も可愛いですね」

 妹が一瞬固まる。それから一瞬間をあけて、顔がドレスと同じ真っ赤になった。

 騙されるな、妹よ。それは文字通りの社交辞令だ。

「本日はお招きありがとうございます」

 頭を下げると、殿下はちょっと困った笑顔を浮かべた。

「よく来てくれた。足はどうだ?」

「骨は繋がりましたが、まだ痛みは引きません。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

 神術による治癒にも、いろいろデメリットがある。中でも骨折の治癒は難易度が高い。治癒しても痛みが残りやすく、しばらくは折れやすくなる。表面的にくっついても、中は折れたままなんじゃなかろうか。

「すまないな。『雲歩』が使えれば無傷で助けられたんだが」

 王太子殿下も無茶を言う。国内に仙術士は沢山いるが、『雲歩』が使える人間など両手で数えられるほどだ。

「お気に病まれませんよう。助けていただけたこと、感謝にたえません。スターク殿下こそ、傷は残りませんでしたか?」

 そもそも、護衛対象の王太子殿下を負傷させた時点で、護衛役失格なのだ。下手をすれば物理的に首が飛びかねない失態である。

「ああ、左腕を負傷したが、王家には腕の良い神術師がいるのでな」

 殿下はグルグルと左腕を回してみせる。
 
 人間の主観というのは不思議なものだ。今の状況は王太子殿下を護りきれずに負傷させたと解釈される余地もあったが、今の流れなら僕は殿下を護った英雄になる。意図的に調整されている気がするのは、気のせいだろうか。

「さて、では行くか。式典が始まる」

 トコトコと大扉へ向かう姿に、その場にいる全員が固まった。王太子殿下とともに入場。何か意図的なものを感じる。

 見回すと、ここに集められているのは、コンストラクタ男爵家の僕、シーゲン子爵家のユニィ、降下部隊を率いたパイソン子爵家のフラスクさん、命令無視したけど手柄をあげたパール子爵家のリシャス様などだ。顔だけ知っていて名前は知らない人々もいる。多分王族派、聖堂派、古典派の三大派閥が入り混じっていそうだ。共通点は僕と一緒に戦ったことがある人々ぐらいだろうか。

 国王陛下と共に戦った第一、第二、第三騎士団に参加していた貴族たちは、今日はいない。

「貴族のしきたり、よくわからん」

 僕が呟くと、マイナ先生がクスリと笑った。
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