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第五章『開戦』

164話 新たなる飛行船

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「さっむ」

 訓練なしで上がると、空気の薄さで頭痛や吐き気に悩まされるほどの真冬の高高度。頭痛や吐き気は何度か訓練して慣らすことに成功したけど、寒さは克服できなかった。

「イントよ。貴公は仙術士であろう。仙術でなんとかできるのではないか?」

 声をかけてきたのは、王都でマイナ先生とユニィと入れ替わりに乗り込んできた王太子のスターク殿下だ。

 飛行船の設計は、結局僕とマイナ先生とヤーマン親方がコンセプトを書き、強度的な工夫を含めた細かい部分を、ショーン兄さんが連れてきた技術者と船大工が仕上げた。

 構造のほとんどがスライムの皮で、設計から完成まで一ヶ月ほどかかったが、今のところ正常に飛行を続けている。前回の飛行船は航行中にモーターやプロペラの故障が繰り返し起きていたので、それがないだけでも大きな進歩だ。
 今回の飛行船は、前回と比較して大きな違いが3つある。船体が船のように流線型になったこと、大型化したこと、モーターとプロペラをやめて神術による推進に切り替えたことだ。
 騒音がなくなったことで静音性が増し、大型化したことで輸送可能な兵員数が大幅に増加した。それでも、重量制限は厳しく、騎士たちが待機できる船室内は、バス二つ分ぐらいの広さしかない。

「どうもこの高度だと、呼吸による『拘魂制魄』がうまく機能しないようでして」

 理屈はわからないが、高度が高いと呼吸で取り入れれる霊力も薄くなるのかもしれない。

 今回の船団に参加している飛行船は6隻。どの船にも貴賓室などない。王太子殿下や領主代行といえど、すし詰め状態で寒さに耐えなければならなかった。

「東方の仙人は雲の上の仙境で暮らしていると聞いたが、実は苦手なのだな」

 スターク殿下がからかってくる。僕は、殿下の暖かそうなマントと、騎士たちの飛行服を恨めしそうに見やる。僕は今回の出陣に参加するつもりはなかった。
 だから、子ども用の飛行服を用意しなかったのだ。

 僕が着ている装備一式は、親父が狩った地竜の革で作られた高級品である。霊力を流した際の防御力は折り紙付きだが、耐寒性はないらしい。
 とにかく寒いので、早く帰ってゆっくり風呂に入りたい。

「殿下、もうすぐ目的地上空です」

 王都から戦場まで、飛行船で半日程度の距離だったはずだ。だが、この船の性能なのか、風が味方についたからなのか、今回はその半分程度で辿り着いていた。

「そうか。速かったな。街は見えるか?」

「はっ。この望遠鏡をお持ちください」

 王太子殿下は座席から立ち上がると、操舵席へ向かう。

「各船に伝達、戦闘用意! 目標、城塞都市ジャワ!」

 入れ替わりに、降下部隊の責任者であるフラスク・パイソン卿が操舵席から船室にやってきた。降下部隊は各飛行船に分散して搭乗していて、全体に指示を出すのはこの旗艦である。
 フラスク卿は、小さい体躯だが迫力のある声で、テキパキと指示を出していく。

「復唱、戦闘用意! 目標、城塞都市ジャワ!」

 部下の騎士たちが側面の扉を左右ともに開き、旗で各船に指示が伝えられる。冷たい風が吹き込んできて、船室内の温度はさらに下がった。

 他の飛行船にのって、一隊を指揮しているシーピュも、今頃は緊張しているだろう。ちなみに、本人たっての希望で、ストリナもその隊にいる。ちょっと心配だ。

 他にも、前回降下を経験した第十五騎士団のメンバーが、一部今回の降下作戦に参加している。

「伝達完了! 異論なしを確認!」

 意思決定がとんでもなく早いが、飛行船の本領は奇襲である。見つかる前に、素早く騎士たちを降下させなければならない。

「王太子殿下に敬礼! 降下ぁ!」

 フラスク・パイソン卿は殿下にサッと敬礼すると、開いた扉から最初に飛び出していく。それからこの船に二十人ほどいた騎士たちが、駆け足で飛び降りていった。
 飛行服はムササビのような構造なので、滑空ができる。そのまま滑空して城門を制圧する手はずだ。

 降下した二十人分の体重を失って、飛行船が上昇を開始した。

「進路そのまま! 聖紋への霊力供給最大! 第二気嚢膨張開始! 重力加速槍用意!」

 船長の指示にあわせて、飛行船は一気に加速する。降下部隊より先行して、先に一撃するつもりだろう。
 この船長、はじめてにしては堂にいった指揮っぷりだ。確かこの人も貴族出身だったか。
 この世界、この時代に学校はない。だから、幼い頃からの教育の格差が如実に出る。指揮能力も武力も、積み重ねがモノを言うので、騎士団に貴族出身者が多いのは、間違いなく教育格差が原因だ。

「おっと。僕も準備しなきゃ」

 今回、僕は降下しないが、重要な役割がある。

「成功すると思うか?」

 王太子が戻ってきて聞いてくる。公国が行う籠城戦。籠城を選ぶということは援軍の予定があるということで、早めに公都を陥落させなければならない。

「家族全員参加しているので、成功してもらわないと困ります」

 誰もいなくなったデッキに出て、転落防止柵に持ってきた巨大な筒を固定する。

 肉眼で見ると、薄い雲間から大軍に包囲された街が見える。シーゲンの街に似た城塞都市だ。元々国境の要衝だったのだろう。護りは堅そうだ。

 僕はそちらに筒を向けピントを合わせる。

「どうだ? 気づかれていないか?」

 城壁の上には、ところどころに魔物や矢から身を守るための屋根があった。それが視界を遮ってしまい、上空への監視は甘くなっている。

「今のところ大丈夫だと思います」

 船はあっという間に砦の上空に到達した。

「重力加速槍投射!」

 位置エネルギーがそのまま威力になる槍の穂先が、以前より大量にばらまかれる。

「では僕も、狙撃、開始します―――」


◇◆◇◆


 レイ・スカラ子爵は悩んでいた。
 次男でありながら、長男が病死したために家督を継いだが、別に彼に権力欲があったわけではない。父の、ひいては一門の意志に従って、流され続けてここまできたタイプだった。

「閣下、領民に謀反の動きがあったため、拘束させていただきました」

 だが、そんな彼でも耐えきれないことがある。例えばこの公国から派遣されてきた、自称騎士団長だ。

 今、籠城戦を指揮しているのは、領主であるレイである。
 そのレイの前で得意げにふんぞりかえるこの男の役割は、督戦だ。スカラ侯爵命令を守らせるために、不穏分子を拷問し、粛清するためにここにいる。
 そして督戦の対象には、当然のようにレイも含まれていた。

「我が領民を、私の許可なく拘束するのはいかがなものかと思いますが」

 レイは卓上の文鎮を投げつけたくなるのをグッとこらえ、自称騎士団長を睨んだ。

「異なことをおっしゃる。謀反人は、謀反を企てた時点で領民とは呼べますまい」

 この男は、すでに領民を多数拷問死させている。確かに謀反はまずい。まずいのだが、拷問死が住民に露見してしまうのはもっとまずい。

「我らとて謀反の身。領民は納得しませんぞ?」

 レイは焦りすぎて口を滑らせた。一門の首魁であるプリーク・スカラ侯爵は、勝手に王国への叛逆を決めのだ。そのことに対する反感が、レイにはあった。

「ほう。我らが謀反人と? 王座を簒奪したファンク王子こそ、真の謀反人ではなかったのですかな?」

 前王は隣国ナログ共和国との戦争で負け続けた。最終的に国土を奪還したのは、現国王で当時王太子だったファンク・ログラムその人だ。
 そして、ファンク王子は国民と軍の絶大な人気を背景に、当時最大の貴族派閥だった国王派から実権を奪い、派閥を解体して前王から譲位を受けた。
 それを今になって認めないと言い出し、ログラム王国からの独立を宣言したのが、ログラム公爵とスカラ侯爵だ。

「そ、それは……」

 レイは、現国王が戦争以外では無能な王だと信じていた。塩の買い占めで負け、援軍として呼んだアンタム都市連邦の軍を打ち破るまでは。

「ご安心ください。閣下の家族は我ら騎士団が護衛している間は、閣下に謀反の疑いはかかりませぬ。敵の進軍を一ヶ月にわたり止めている閣下の手腕は、プリーク閣下も高く評価してくださるでしょう」

 人生、流されるままだと、思わぬ行き止まりに流れ着いてしまうこともあるらしい。小馬鹿にしたような男の言葉に、レイはうなだれた。

「わかっております。アンタム都市連邦の新たな援軍が到着するまでは、持ちこたえてみせましょう」

 もはや勝つしかない。

 落雷のような轟音が街中に響き渡ったのは、レイが王国軍に徹底抗戦を決意した、その瞬間だった。
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