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第五章『開戦』

144話 シーピュの見舞い

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「シーピュの調子はどう?」

 王都の屋敷に戻って、シーピュの部屋に入ると、最初にストリナと目が合った。メイドも一人、椅子に座ってシーピュの様子を見ている。

「あ、おにいちゃん。まだだめ。ねたりおきたりだよー」

 槍に貫かれた傷口は大きく、出血量も多かったが、国王陛下の傍に複数の治癒系神術士がいたことが幸いした。槍の傷口を神術でふさいだ後も、シーピュは幾度も血の涙を流したり血の泡を吐いたりしたが、それでもなんとか一命を取り留めている。

 だが、血を失いすぎたせいか、負傷からしばらく経った今もまだ、ベッドから出られていない。

「坊ちゃん? わざわざすんませんね」

 僕の気配に気づいたのか、シーピュが目を覚ます。顔色はまだ蒼白い。

「ああ、王宮から帰ってきて、ちょっと様子見に来ただけだから。寝てて良いよ」

 パチ、と暖炉で薪が爆ぜる音が聞こえた。怪我人がいるため、部屋が暖められているのだろう。確かに外は肌寒い。

「んん……でも坊ちゃん、今晩は宮中の晩餐会があったでしょう?」

「えーと、いや、そうなんだけど、この屋敷にあった僕の礼服、またちょっと小さくなっててさ」

 夏の普段着の貫頭衣は割と長く使えるが、礼服は成長期なのか、すぐキツくなった。あの服、それだけで金貨が何枚も飛んでいくのでもったいないのだ。

「それ、絶対めんどうなだけでしょう」

「あ、バレた? まぁ面倒なだけってわけでもないんだけど」

 ここ半年ほどずっと一緒だったせいで、すぐ嘘がバレる。実は無理したら着れないことはなかったが、田舎貴族なので王宮では簡単に信じてもらえた。王宮側で用意するとの申し出もあったが、断った。

 今はああいう場に出席しない方が良いのだ。今宮中では飛行船の航路についての大論争が巻き起こっている。最初はフロートの街と王都を結ぶ定期便から始める予定だが、その後の航路開拓スケジュールで争っているのだ。

 うっかり言質を取られたら面倒どころでは済まされない。

「そうですか。で、帰るのはいつ頃になりそうなんで?」

 今、領地はガラガラだ。内政関係はオーニィさん、工房運営や街建設はマイナ先生、軍事関係はパッケに任せているが、明らかに人員が足りていないので、早く帰らないと困ったことになるだろう。

「そうだなぁ。できるだけ急いで帰りたいかな。でも、とりあえず明日はアモンさんと会って、帰りに冒険者ギルドに寄るつもり」

 本来はこれも親父たちの仕事だ。今回は第十三騎士団の情報や、冒険者ギルドから傭兵として参加した冒険者たちの論功行賞など、ややこしい話が目白押しだ。

 だが、クソ親父は王都への帰還の途上、負傷からある程度回復すると、シーゲン子爵とともにフラッといなくなった。おそらく、国王陛下のところへ戻ったのだろう。

 過去に何があったのか全然知らないけれど、あれほど傍若無人な親父が、国王陛下には反抗しないのは不思議だ。
 思い返してみれば、十年領地に引きこもっていても、国王陛下から呼び出しがかかれば即座に出頭した。武闘会への参加も、手の内をさらすと嫌がっていたにも関わらず、結局出場した。副騎士団長への就任にしても、十年興味を持たなかった立身出世を、あっさり受諾した。

 多分、親父は貴族をやらなくても大成できる。むしろ、冒険者をやっているほうが個人で自由にできる金額は大きいだろうし、多分性にも合っているだろう。必ずしも国王陛下に従う必要はないはずだ。

 でも国王陛下に言われるとやるのだ。

「アモン様? ああ、リシャス様の話もありやすしね?」

 でも、どうせやるんだったら、当主としてのもろもろもの雑事も引き受けて欲しい。何で何も言わずに仕事を置いて行くんだ。

「うん。でも実はそれより大きな話があって、第十三騎士団の指揮官やっていた貴族たち、パール伯爵をはじめとして敵の捕虜になってたみたいなんだけど、義母さんが吹き飛ばした本陣にいたらしいんだ。どうも会議で尋問されてたみたいで」

 あの時の敵本陣にいれば、もう原型を留めていないだろう。間違いなく全員死んでいる。

 アモンさんが自主的にパール一門の内部調査を行い、昨日届けてきた報告書によると、彼らは数々の妨害工作に手を染めており、僕らの誘拐未遂事件もその一貫だったらしい。
 間違いなく敵だったのだろうが、それでもその死因に僕の飛行船が関わっていると思うと来るものがある。

「……そりゃ、大変ですね。てことはパール一門はお家騒動に突入ですか」

「ああ、そうか。そうなるね」

 古典派貴族筆頭だったパール家一門は、トップである伯爵をはじめ、子爵家や男爵家の当主たちも一気に戦死した。跡継ぎ候補も根こそぎ従軍していて、生き残っているのはパール子爵家のリシャス様ぐらいだ。

 捕虜であれば捕虜交換や身代金支払いで解放される可能性があるが、戦死が判明すれば代替わりが始まる。一応紋章院が継承順位を保存しているが、それだけで決まるかはわからない。

 例えば、一門筆頭のパール伯爵家の場合、長男と次男も戦死していて、領地に残っているのはろくに教育を受けていない三男と四男、あとは嫁に出ていない三女だけ。ちなみにアモンさんは四男。本来の継承権は下位で、使い捨てにされかけていたほどだ。順当にいけば三男だろう。

「坊ちゃん、それは専門外でしょう? 坊ちゃんのやることじゃない。古い貴族家は恐ろしいんですぜ」

 シーピュは呻きながら起き上がる。

「僕は呼ばれただけだよ。話の内容までは知らないし」

 でも何となく、アモンさんから会いたいと手紙を送ってきた狙いが読めてきた。

 アモンさんはああ見えて努力家だ。ろくな教育は受けていなかったらしいけど、貴族院に勤めて監査官をやり、クソ親父を怒らせてコンストラクタ家の謀反を演出する陰謀の中を生き延びた。
 さらには単独でうちの銀行の融資を受けて、いち早く領内での塩生産を実現し、塩の高騰時にはどこよりも莫大な利益を上げたらしい。

 知っている情報はその程度のものだが、一門の外にいる僕でも把握しているということは、名前も聞いた事がない三男よりは実績があるということだ。

 方法はわからないが、多分、アモンさんはパール伯爵家を継ぐつもりなんだろう。

「あっしがついて行ければ良いんですがね。こんなんじゃ足手まといになっちまいますんで」

 確かに、この状況なら襲われる可能性は否定しきれない。しかし、腕が立って信頼のおける護衛、という人材は枯渇気味だ。シーピュはこのとおり動けないし、義母さんはクソ親父たちが放棄した騎士団のお仕事のフォローで飛び回っている。
 村人たちはフロートの街に持ち帰る物資を買い集めてもらっているし、騎士団員を私用で使うのはなんか違う。

「じゃ、あたしがついていこうか?」

 おずおずと、ストリナが立候補してくれた。

「いや、リナはシーピュについていてあげて」

 少しだけ検討して、今回はやめておくことにする。

 ストリナも、あの戦場で人を殺した。無表情になって淡々と殺すようになってしまったので、心配になって途中から負傷者の対応に配属先を変えてもらったほどだ。

 そこから笑顔で負傷者の面倒を見るようになったが、なんとなく初陣の衝撃は消えていなさそうな気がする。

「わかった……」

 やっぱりいつもより、おとなしい。連れて行くのはちょっと心配なので、今回は一人で行こう。相手はあのアモンさんだ。陰謀があってもきっと自爆するだろう。

「坊ちゃん、頼みますから慎重に行動してくださいよ……」

 シーピュの心配そうな声は、しかし僕には届かなかった。
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