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第五章『開戦』
139話 ジレンマ
しおりを挟む振り返って見た景色は衝撃的なものだった。
見えたのはシーピュの串刺し。ミスリルメッキの鎧を貫かれながら、それでも諦めずに剣を振りかぶって間合いを詰める。そして騎士が、面倒そうに槍ごとシーピュを投げ捨てた。
「シーピュぅぅぅ!」
背筋が凍る。後続の騎兵隊も迫っていて、このままではシーピュが死ぬが、走るのをやめたら僕も死ぬ。せめて僕がストリナぐらい強くて『雲歩』が使えれば、一人で足止めして一人で逃げられたのだろうけど。
騎士は地面でもがくシーピュに興味を失い、こちらに馬首をめぐらせる。今度は僕を標的にするつもりだ。
「くそくそくそ」
片足で枝に着地して、再び蹴る。痛みがひどいが、そのまま山の尾根を越えた。
「え?」
尾根の向こう側の斜面は、大軍勢が埋め尽くしていた。掲げられた旗はログラム王国のもので、紋章を見る限りは、第一、第二、第三騎士団が揃い踏みしている。第一は国王直参の近衛騎士団で、第二は聖堂騎士団とも呼ばれる聖堂派貴族中心、第三は第十三騎士団同様古典派貴族中心の騎士団だ。
精鋭の三騎士団が全部集まると、十万近い大軍になる。
「イント、何とかここまで走り抜けろ!」
聞き覚えのある声がする。見ると、筋骨隆々の偉丈夫がいた。つい最近王都で謁見した国王陛下だ。近くには先に逃げたうちの部隊の者たちもいる。
「何でっ!」
言われた通りそちらに向かって飛ぶと、木々の間で兵士が弓を構えているのが見えた。待ち伏せか。
「目標! 空飛ぶ霊馬騎兵。斉射後、霊馬騎兵は後続の敵霊馬騎兵へ突撃! 他は交戦中の第十五騎士団を支援せよ!」
うーん。空飛ぶ霊馬騎兵には矢が効かない。どうするつもりだろうか。と、考えつつ、陛下の隣に着地して転がる。
「誰か! 治癒してやれ!」
陛下が呼びつけた神術師たちは、僕を取り囲んで聖言を詠唱し始める。輪唱のように詠唱が重なり、共鳴するように痛みが引いていく。
見上げると、僕を追跡してきた霊馬騎兵が尾根を越えたところだった。騎手は、びっくりした様子で手綱を思い切り引いている。
そこへ、一斉に放たれた矢が逆向きの噴水のように殺到する。騎手が咄嗟に護法結界を展開して、矢を防ぐ。結界は二重になっていて、外側が割れる度に内側に張りなおしているらしく、矢はまったく貫通しない。
霊力を籠めたミスリルメッキの矢なら、あの程度の結界は貫くと思うけど、鎧が強力だ。
「陛下、あいつの鎧はミスリルメッキの矢が通りませんでした。結界が破れても、矢は効かないかと」
「イントの矢は、赤熊も射抜いたんだったか。そいつは骨がありそうだ」
陛下が剣を抜く。虹色に輝く美しい剣だ。そのまま宙を蹴って空中へ駆け上がっていく。そういえば、陛下も親父の高位の弟子らしい。
「陛下! おやめください! 危険です!」
下で、側近たちが騒いでいるが、陛下は振り返りもせず、手をヒラヒラさせながら、空を駆ける霊馬騎兵に向かっていく。
そうだ。あの霊馬騎兵が止められるなら、僕にもまだやれることがある。
「みんな! シーピュはまだ生きてる! 戻るよ!」
僕が指揮していた奇襲部隊は、全員術師で実力者だ。シーピュぐらいならなんとか助けられるだろう。全員、即座に『断罪の光』の魔石や戦死者の識別票を守備兵たちに引き渡すと、僕について来る。
上空では、霊馬騎兵と陛下の一騎討ちが始まり、どういう仕掛けか、陛下の術の余波で水しぶきが雨のように降って来た。
それを無視して、ぐんぐん加速して前進中の騎士団をくぐりぬけるように追い抜いていく。
やがて、味方の騎士団の霊馬騎兵も抜き去り、僕らは最前列に躍り出た。
「坊ちゃん、シーピュの野郎が!」
「見えてるよ! 弓用意!」
再び尾根を越えた僕の目に飛び込んで来たのは、敵の霊馬騎兵が地面でもがくシーピュにとどめを刺そうとしている光景だった。
「そんな光景を何回も見せるんじゃない!」
矢筒から矢を2本引き抜き、霊力をこめながら連射する。描かれる放物線に、昔の授業を思い出す。
あちらは紙の上の2次元で、こちらは空中の3次元。しかも空気抵抗や風など、複数の要素が入るのだ。物理の問題より、よほど難しい。
僕の矢が、シーピュを襲おうとしていた騎士をきれいに射抜く。
「そういや、微分積分で弾道を正確に計算できるって先生が言ってたっけな」
ついでに、この胸にわだかまるモヤモヤの解決法も教えてほしかった。罪悪感とは何か違う。これは解決の糸口すら見つけられない疑問に近い。
この戦争の端緒は、僕が考案した塩不足の対策だ。あのままだと熱中症や冬の食糧不足で、王国中で死者が出ただろう。それを避けようとして、結果的に僕は今人を殺している。こんなはずじゃなかった。
考えているうちに、シーピュ周辺に殺到していた騎兵に矢が次々に着弾する。元々本職が狩人という人間が多いせいか、僕に続いて部隊全体での射撃が始まり、展開される護法結界も想定通りに砕かれていく。
敵霊馬騎兵は、現れた大軍勢と結界と鎧の防御を破る矢が降ってきたことに動揺したようだ。一斉に足を止める。
「坊ちゃん、こっちは矢が尽きやしたぜ」
矢筒を確認すると僕も残り三本だった。矢がもう少しあれば、矢だけで制圧できたかもしれない。が、持ち歩ける矢には限度がある。
「よし、斬り込んで、シーピュ確保したら撤退。治癒してもらいに行こう」
最後の3本を射たあと、走りながら弓を背負いなおし、刀を抜く。
「親父みたいな奴は少ない。親父みたいな奴は少ない。見えるスキはフェイントじゃない。斬れる、斬れる……」
ブツブツと呟きながら、みんなを置き去りにさらに加速する。今日はたくさん斬ったが、やってみるとひどく簡単だった。
少し前まで、この世界の人間の身体能力は前世の比ではないと思い込んでいたが、それは身近な人限定の幻想だったようだ。
「こ、こいつ、速いぞ!」
隊列の隙間に身体を捻じ込み、霊馬の腹を撫で斬りにする。霊馬も魔物なので、やたら硬いのだが、メッキされた武器だとあまり関係がないらしい。
暴れる馬から落馬する騎手を放置して、シーピュの前まで辿りついた。
「坊ちゃん、逃げてくだせぇとあれほど……」
槍が刺さったままのシーピュは、蒼白い顔で横たわっている。
「こいつ、イント・コンストラクタだ! 人質にしたら報奨は思いのままだぞ」
げ。敵兵に俺を知ってる奴がいる。
「ヒャッホウ! まだガキじゃねぇか!」
敵兵が殺到してきたので、僕はシーピュから離れた。ちょうど良い囮になるだろう。
「バカ! さっきまでの動き見てなかったのか!? そいつ、さっき聖騎士長と切り結んでた化け物だぞ! 噂じゃ、その年齢で赤熊単独討伐までしたって———」
んんん? 赤熊討伐の話、もう隣国に知られているのか。ミスリル製かミスリルメッキされた武具があれば、仙術士なら誰でもやれると思うが。
「ぐえっ!」
とは言え、いくら良い武器を持っていても、複数人に同時に槍で突かれたら対応できない。
なので、馬鹿そうな先頭の男の槍の柄を斬り捨てた。武器の強化も身体強化も甘すぎる。
「このやろう! だがこの鎧は、抗術加工された上も———」
返す刀で腕を切り落とす。抗術加工とやらも、メッキされた刀なら斬れる。これでこいつの戦闘能力は奪った。次を各個撃破しよう。
「だから言っただろ!」
次の騎士も同じように槍を振るってくる。かわして、同じように柄に刀を打ち込む。
カーンと、金属音が響いて、今度は刃が弾かれた。
「この槍は総ミスリル造りだ! そう簡単に切れると思わないでもらおうか!」
えらく硬い手応えだと思ったら、ミスリル製か。だったらメッキじゃ斬れなくて当たり前だ。
「坊ちゃん! 撤退しやすぜ!」
後ろから声がかかる。
「ちょっと手が離せないから行って!」
声に気を取られた瞬間を狙われた。
「おらぁっ!」
槍が横薙ぎにフルスイングされる。かわしきれず、刀で受けると、刀がおかしな音を立てながら曲がっていく。
そう言えば、親父からは敵の攻撃を武器で受けるなと教えられたっけ。こういう意味か。
この刀、一応誕生日プレゼントだったのだけど。
刀を捨てて、手持ちの投げナイフの中で一番大きなものを抜く。
「降伏しろぉっ!」
油断していない方の騎士が、叫びながら槍で全力の突きを放ってくる。絶対殺しに来てる勢いだ。
「なっ、消えた?」
基礎的な仙術である『縮地』でも、隣の国の騎士相手なら覿面に効く。僕は騎士が自分で作った腕の死角に潜り込み、腕を斬り上げる。
「ぐあああああっ!」
鎧はミスリル製ではなかったらしい。騎士から切り離された槍を、腕をぶら下げたままキャッチして、持ち主に対して振り抜く。
騎士の首が飛んだ。
あれ? 今、あの騎士を殺す必要があっただろうか?
固まった僕を追い抜くように、味方の霊馬騎兵が敵の霊馬騎兵に突撃して行く。
足を止めた霊馬騎兵と全力で突撃する霊馬騎兵。差は歴然で、敵兵は僕の目の前であっという間に全滅した。
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