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第四章『領主代行』

123話 【閑話】ナログ共和国から見たログラム王国辺境

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「シーゲンの街の商人からの報告です。魔境『黄泉の穴』にて、赤熊4頭と雷竜3頭が狩られたそうです」

 ナログ共和国の西部国境警備隊の信任隊長は、もたらされた情報にため息をついた。

「シーゲン家は騎士団創設で戦力が減っていたのではなかったか? それほどの兵力を残していたのか?」

 国交回復の条件の一つに、国境兵力の半減というものがあった。赤熊や雷竜は、一頭でもかなりの規模の部隊派遣が必要になる。もし、条件を破っていたとしたら重大な国際問題だ。

 ナログ共和国側の過剰とも言えた西部国境の戦力は、前任の警備隊長と共に引き上げてしまっている。今侵攻されたら厳しくなるかもしれない。

「それが、冒険者ギルドを通じてコンストラクタ家に支援を依頼して、少数精鋭で対応したようで」

 コンストラクタ家は、冒険者から貴族に成り上がった家なので、その領地にも元冒険者の狩人が多く住んでいるらしい。半島有数の魔境である『死の谷』にログラム王国側としてはもっとも近く、魔物狩りは得意分野と聞く。

 大半の実力者は新騎士団に参加して出払っているはずだが、赤熊や雷竜相手で対応できるとなれば、戦争となった場合のために把握しておく必要があるだろう。

「そうか。仕留めたのは誰だ?」

「はい。赤熊の親二頭はコンストラクタ家の嫡男のイント卿が、その妹のストリナ嬢が子熊を一頭、護衛のパッケ氏がもう一頭の子熊を仕留めたそうで」

 隊長は耳を疑った。

「ちょっと待て。報告は正確に頼む。三人で、しかもそのうち二人は子どもだろう? 他に誰がいた?」

 こいつは赤熊の強さを知らないのだ。鉄壁に近い表皮の硬さと、尋常ではない膂力を乗せた爪は言うに及ばず、傷をつけて出血でもさせたらもう手がつけられなくなる。

「申し訳ありません。元々、赤熊と戦っていたのは別のグループだったようで、親熊はすでに手負いの状態に追いこまれていたそうです。ですから、彼らはトドメを刺しただけかもしれません。あとは、シーゲン家のエルス夫人が同行していたようですが、彼女は赤熊に全滅させられたグループの生存者を探していたようで、戦闘には参加していないとのこと」

 目の前が暗くなった。手負いということは、すでに手がつけられなくなっていたということだろう。しかし、何かおかしい。腕利きのエルスが赤熊狩りに参加せず、子どもが参加するというのはどういうことだろうか?
 
「待て待て。そのコンストラクタ家の嫡男は、まだ8歳の子どもだろう? もう一人の妹も、妹というからにはそれより年下のはず」

「ええ。そうですが、イント卿は数ヶ月前にも二人で赤熊を狩ったとの情報もあります。我が国のイ流仙術士も、この砦の精鋭100人と模擬戦をやって勝っていましたから、それぐらいどうにでもなるのでしょう」

 その話は前任の警備隊長から聞いていた。

 現在の国家元首である評議会議長とその妻を護衛しているのは、仙術の達人であるアノーテ師とその弟子たちだ。彼らは国交樹立のための使節団に護衛として参加し、そのままアノーテ師の高弟であるペーパ師がログラム王国の武術大会に出場。4位となったらしい。

 その帰り道、ペーパ師はこの砦の精鋭百人と模擬戦を行い、辛くも勝利した。つまり、ログラム王国にはペーパ師クラスの武人が少なくともあと3人はいることになる。

 ログラム王国との戦争を避けようとする上層部の思考が、痛いほどわかってきた。

「では、雷竜はどうやって倒したんだ?」

 赤熊はわかった。しかし、雷竜はそれを上回る強敵だ。一頭でも街を滅ぼしかねない魔物である。それを倒すというのはどうしたのだろうか?

「目撃者からの情報によると、後詰めで到着したコンストラクタ村のシーピュという狩人が、矢で射落としたようです。三頭とも地に落ちてまだ生きていたため、シーゲン家の兵士と冒険者ギルドの冒険者の混成部隊が犠牲を出しながら仕留めましたらしく」

 また耳を疑う。軍や冒険者の間では有名な話なのだが、竜種に矢は効かない。地面に落とすには、強力な神術や、ミスリル製の剣か槍が必要になる。

「それは矢に神術を付与したということか?」

「いえ、そのような様子はなかったようです」

 そういえば、コンストラクタ家には『狙撃姫』という二つ名持ちの射手がいて、彼女に厳重な護法神術に護られた将軍を暗殺されたことがあったらしい。本人は産後の肥立ちが悪く、そのまま亡くなったらしいが、領地にその技術が継承されている可能性がありそうだ。

 つまり、一介の狩人でも、雷竜を射落とせるほどの武力を持っていることになる。雷竜が射落とせるなら、護法神術の防御も射抜けるだろう。

 やはり敵国になったら大問題だ。

「わかった。ところで、ログラム側から通知のあった新しい街だが、進捗はどうなっている?」

 本国の方針のとおり、敵対行為は控えようと心に決めたところで、隊長は話題を変えた。

「はい。賢人ギルドの元ギルドマスター、ゴート・コボル元侯爵が顧問として参加したことにより、賢人ギルドとコボル侯爵家から支援が開始されました。フォートラン伯爵家からも人的な支援が入っており、ハーディ商会が行商人ギルドや商業ギルドからの出資をもぎ取って、極めて順調です。簡素ですがすでに職人や労働者向けの宿屋も開業しており、工事は急ピッチで進んでいるようですね」

 シーゲン家とコンストラクタ家といえば、戦争で成り上がった武門の家柄だ。つい半年ほど前までは、経済的、技術的にはさほど存在感はなかったようだが、ここ半年ほどは紙、石鹸、溶錬水晶、羅針盤と次々に開発し、ナログ共和国でもそろりとブームが起き始めている。

 それに賢人ギルドが関わっていることが、これではっきりした。ゴート•コボル元侯爵は、『ログラムの賢者』という高名な錬金術師だからだ。

「我が国の領事館や商館の敷地確保も始まったようですね。城塞都市では手狭でしたから、ちょうど良い交易拠点となりそうです」

 それはそうだろう。国交を開いた以上、宿場としての街を整備していかなければ行き来が難しい。現状では城塞都市であるシーゲンは、今や宿をとるのも大変だと聞いている。

「防衛機能としてはどうだ?」

「こちらが公表されている計画書の写しです。新しい街には魔物対策の機能しかないようです。我が国に対する防衛は城塞都市に任せているのでしょう。もしも戦争が始まったら、城塞都市に籠城して、点在する小さな砦を拠点とした、小部隊による奇襲戦法で戦うつもりだと推測されます」

 渡された計画書には、街の区画が描かれている。シーゲンの街から王都へ向かう街道に面する北側が商業区画、国境の山岳地帯に面する西側が工業区画、比較的安全な東側が住居区画でその先が畑、さらにコンストラクタ村へ向かう道が伸びる南側が文教区画として描かれている。

 街壁はシーゲンの街と同じく建物と一体化しているようだが、書き込まれた簡素なイラストによると、確かに魔物対策レベルだろう。これもこちらと戦う意思はないというアピールだろう。

 まぁ、先の戦争と同じことをされたら、街などあってもなくても同じだ。

「なるほど。ところで、この『文教区画』というのは何だ? 聞き慣れない名称だが」

「何でも、読み書き計算の他、様々な学問を学ぶための区画なのだとか。賢人ギルドが関わっていますので、その関係の区画でしょう」

 基本、教育関係は師弟関係で成り立っている。ギルドは元々そういった師弟関係のピラミッドを互助組織としてまとめたものが起源だ。

 いくら大きなものでもギルドハウスほどあれば事足りるように思うが、東にある商業都市ビットのように、商業ギルドが都市国家にまで発展した事例もある。

 良く分からんが、軍事的には問題ないだろう。

「それよりも、ここを見てください」

 ニヤつく部下の指さした先には、小さく『港区画』とあった。

「なんだこれ。山の中なのに、何の冗談だ?」

 思わず吹き出す。川すらないところで、港とはこれいかに。

 ツボにはまった隊長と部下は、しばらく爆笑していた。
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