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第四章『領主代行』
120話 赤熊と脊髄
しおりを挟む鍾乳洞の中で、男たちは息をひそめて過ごしていた。
仕事は、誘拐してきた貴族の幼女の見張りと、朝夕に大量に飛んでくる吸血羽鼠を駆除するだけ。
しかも、鍾乳洞内は吸血羽鼠の糞の匂いと、それを餌にしているらしき変な虫がいる不快な環境である。
そして、危険な魔物やこの幼女を探している捜索者とかち合う可能性が高い外には、今は出られない。
「先輩。この娘、えらくキレイですな」
ストレスにさらされた男たちは、自然と美しい幼女の周りに集まってきていた。
「貴族だからな。親子は似るって言うだろう? 貴族どもは見た目が良い相手とばかり結婚するから、美形が多くなるらしいな」
リーダー格の男は、出所の怪しい知識を話して聞かせる。
「なるほど。貴族だから。じゃあこんな美形に触れるのは、これが最後になるかもしれませんな」
部下の男は、剥き出しになった幼女の膝を触る。
幼女は武装解除された上で手足を縛られて、目隠しまでされていたが、それでも意識はあるらしく、ぴくりと反応した。
「なんだ? 幼女趣味でもあるのか? やめておけよ?」
リーダー格の男はたしなめるが、部下の男は下卑た笑いを浮べながら、膝を触り続ける。
「いや、こいつ、もう誘拐されちゃってますし、これが知られたら、どうせヤられたって思われるんでしょ? 知られなければ、ヤられようとヤられてなかろうと、ヤられていないのと一緒。 どちらにせよ、うちらが我慢する必要、ありますかね?」
「いや、それはそうかもしれんがな……」
リーダー格の男の弱気な言葉で、他の部下にも下卑た笑いが伝染していく。
「国に帰ったら罪は消せるんです。どうせなら、この異端者に罰を与えてやりましょうよ」
恐怖からなのか、幼女は小さく震え出す。
部下の男は、幼女の服の腰紐に手をかけ―――
◇◆◇◆
「あなたたち、いつもこんな無茶な移動の仕方してるの!?」
エルス様は、出発5分で早くもバテていた。移動方法は来る時と同じで、パッケとストリナが『雲歩』で地上を見張りながら空を行き、僕とエルス様は、『縮地』もどきで木の枝の上をジャンプしながら移動している。
「そんなわけないじゃないですか。『黄泉の穴』って、地面が落とし穴だらけなんでしょ? 木の上の方が安全だからですよ」
来る時よりはだいぶゆっくり移動しているので、余裕があるように見せかける余裕はある。
「それはわかるけど、イーくんは何で空を飛ばないのかしら? リナちゃんは飛んでるようだけど」
見上げると、木々の隙間から、手を後ろで組んで執事らしく宙を蹴るパッケと、それを真似して可愛らしく宙を蹴るストリナが見える。
「はっはっは」
ちょっと悔しいので、曖昧に誤魔化しておく
「そっかそっか。私が飛べないから気を使ってるのね」
次の次の足場になる枝が、少し朽ちている気配だったので、コースを変更する。エルス様は、僕が足場にした枝を正確にトレースしてついてきていた。
「そんなことないですよ。で、どっちです?」
「もう少し西かな。あの、一本だけ背の高い木が生えているあたり」
エルス様が指差したのは、そう遠くない位置にある杉の木だった。この森は広葉樹が多いので、とても目立つ。
上空のパッケたちにハンドサインで知らせると、二人も軌道を変えた。
「対魔物陣形! 神術隊足を止めろ! 槍術隊、殺せ!」
不意に、風に乗って、叫び声が聴こえてきた。そちらを見ると、森の中から煙が上がっているのが見える。森の中で炎系の神術を使ったか。
「軍人ね。聞いたことない陣形だから、多分うちとは別口」
そいつは怪しい。今『黄泉の穴』に入っているのは、ユニィを捜索している冒険者とシーゲン家の兵士だけだ。
別口の軍人ということは、つまり犯人たちだろう。
「坊ちゃん、つがいの赤熊です」
パッケが報告に降りてくる。赤熊は大きい個体だと5メートルぐらいあるので、上空からは見えたのだろう。
「多分、誘拐犯だ。僕らも向かうから、偵察をお願い。あと、リナにはこっちに来るように伝えて」
指示を出しながら、煙に向かって枝を蹴る。
「わかりました。お二人とも、ユニィ様を発見しても、感情的に動かないでくださいね。つがいが人間を襲うということは、子熊がいる可能性があります。この時期の子熊は親離れ前で獰猛ですから」
パッケは再び舞い上がり、上空でストリナと言葉を交わすと、トン、トン、トン、と空中を蹴って煙の方へ走っていく。
ストリナと合流し、後を追いかけるが、ほどなくして血の刃によって現場周辺の木々がなぎ倒されて、見晴らしが良くなっていく。
「バカね」
血の刃が出現したということは、赤熊を一撃で仕留めきれなかったということだ。
赤熊は生半可な武器や半端な腕では傷もつかない。赤熊と戦っている集団は、相当な腕利きということだが、詰めが甘い。本当に馬鹿だ。
見える位置まで進み、巻き込まれないように足を止めて隠れる。
「うわ」
怒り狂った赤熊の一撃で、人間の上半身だけが飛んでいくのが見えた。
そして、ちょうど人間ぐらいのサイズの赤熊2匹、ぐちゃぐちゃになった遺体に駆け寄って、嬉しそうにむさぼり喰っている。
あまりにスプラッタな光景に、妹の目をふさぐ。
「坊ちゃん、やはりあいつらは誘拐犯のようです。一人、動く麻袋を抱えた奴がいました」
再び、パッケが隣に舞い降りてくる。
「戦況は?」
「戦っている人間は16人。おそらく他にもいたんでしょうが、もう死んでます。つがいの赤熊は片方が出血済み。撤退は、怒り狂っているのでもう不可能ででしょうね」
ふわりと、血の臭いがこちらも届く。
「うかうかしてられないね」
矢筒から矢を取り出し、矢じりを縛る紐を切って外す。腰袋から替えの矢じりを取り出して、手早く付け替える。
「ミスリルメッキの矢じりですか?」
「そうそう。手段を選んでいられないから」
ミスリルは封身仙術の防御を貫く。それは飛び道具にミスリルを使うと、それを使ってこちらも攻撃されかねない。
だから、安易には使えない。
遠くで、再び悲鳴があがった。轟音とともに、木々が倒れてゆく。
「イー君、行くよ。このままじゃユニィが!」
耐え切れずエルス様が、飛び出す。
「ああもう」
これじゃ、ミスリルメッキの矢じりの換装は一本しか無理だ。でもまぁ、こちらに気づかれずに当てられるとしたら一本だけだろう。気づかれたらさすがに当てられない。
ミスリルはこめる霊力次第で強度や切れ味が変わる。矢を弓につがえ、目を閉じて矢に圧縮した霊力を注ぎ込む。
目を開けて、弓を思いきり引き絞り、離す。
矢は、飛び出したエルス様の真横を通り抜け、思った通りの軌道で赤熊の首に背後から、ストンと突き刺さる。
「腕を上げましたね。じゃ、私も行きます」
「じゃ、あたしも!」
パッケとストリナも飛び出す。
矢が刺さって動きを止めていた赤熊が。ゆっくり崩れていく。
赤熊の弱点は頭か心臓。つまり、血液を操作するにはその二つが必要ということだ。そして僕は、その二つが脊髄で繋がっていることを知っている。
そして、脊髄なら背後から矢で狙いやすい。
「命中、っと。さて、僕もいくか」
赤熊はあと3匹。誘拐犯たちもいて、油断はできないが、僕らは必ずユニィを助け出す。
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