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第四章『領主代行』
115話 暗雲の行方
しおりを挟む「手加減は! 無用! なのですっ!」
ユニィはシーゲンおじさんと同じ、木棍を得物に選んだようだ。小さな体に見合わない大人用の棍を、器用に振り回してくる。
両端が入れ替わりながら襲ってくる。まるで双剣を相手にしているようだ。
「すごいね~。たった二ヶ月で大したもんだ」
重たくなったお腹を意識しながら、振り下ろされてくる棍をかわし、跳ね上がってくる棍を飛び越える。
「あ! 当たらない! のですっ!」
うん。遅いし直線的だからね。さすがに同い年で、武術を始めて二ヶ月の女の子に当てられるわけにはいかない。
ダンスをしていたせいか、ユニィの所作には優雅さがあった。ヒラヒラした訓練用の服もどこかかわいらしく、とても貴族っぽい。
見とれながら、次々くる連撃をかわしていく。
「いっぱい! 食べさせた! はずなのに! なんで! なのですっ!」
あ、げっぷがもれた。ごはんの時、なんやかんやと食べ物や飲み物を薦めてくるなとは思っていたが、まさかこの時のためか。
確かに、深い呼吸の邪魔になって、霊力が曖昧になってきている。
「おにーちゃん、かわしてばっかじゃべんきょうにならないの。はんげきしてあげて」
横で、ユニィの母親であるエルスさんと食後のお茶を飲んでいるストリナが、緊張感のない声援を投げかけてくる。
それもそうか。実力を過信したら早死にするって親父も言っていたし、やってみようか。
「手加減は! む キャっ!」
呼吸と棍の合間を縫って、木剣を突きだす。トンと、軽い衝撃が手の平に伝わってくる。剣の切っ先は、軽くユニィの胸を突いていた。
「あれ?」
これは本命の攻撃ではない。これを返されてからの連続攻撃が僕の本命だった。思いがけずこちらの攻撃が通って、拍子抜けしてしまう。
最近、自分がどんどん弱くなっている気がして、王都を出る前に義母さんに相談したのだが、その時に連続攻撃の型を学べと言われた。
偽のスキをついて反撃されるのが怖ければ、反撃を考慮に入れた連続攻撃すれば良いという意味らしい。
ユニィはバランスを崩して、尻餅をつく。
「あらあら。通っちゃったわね。今のは防げていたわよ~」
エルスさんが立ち上がって、のほほんとした雰囲気のまま、ユニィの手を取って立ち上がらせる。
「今の場合はね、右足に力を入れて、こう斜めにさばくのよ」
あら。僕が元々想定していた動きの中でもっとも嫌なものを、エルスさんが手取り足取り教えていた。そう言えば、エルスさんって何をしていた人なんだろう?
「うん! ママ、ありがとうなのです!」
目をキラキラさせながら、再び進みだしてくる。
「もう一本!」
「おにーちゃん、つぎはあたしだからねー」
あー。ストリナまで相手にするとなると、これは長期戦になりそうだ。
◇◆◇◆
「どうだ? ガキどもは誘拐できそうか?」
薄汚れた宿屋の一室に、真新しい平民の普段着を着込んだ男たちが集まっていた。
「コンストラクタ家はダメだ。跡継ぎのほうは、弱そうなフリはしてるが、送り込まれた別動隊は二十以上全滅したらしい。しかもここいらで情報収集したら、赤熊をたった二人で討伐したらしい。しかも、妹はその跡継ぎを超える逸材らしいぞ」
集まっていた数人が、身震いする。
「そいつはこえぇな。ガキ同士の決闘騒ぎで負傷したって聞いたが、ブラフか」
「もしくはあのリシャスってガキが、それ以上の化物かだな。ともかく、コンストラクタ家は鬼門すぎる」
「では警備は厳しいが、シーゲン家を狙うか?」
誰かが、懐から紙を取り出す。
「あそこの一族も化物ぞろいだろう? 大丈夫なのか?」
「当主は仙術の大家で、王都の武闘大会で開祖と優勝を争って闘技場を半壊させた騎士団長。
その妻は名のある元冒険者と貴族出身の元騎士の二人で、従軍記録を読んだ限りではどちらも化物だ。シーゲン子爵の直弟子クラスと考えて良い。
息子たちは王都で騎士見習い中だが、実力的にはどちらも正規騎士を数人まとめて一蹴できる腕前らしいな」
紙を取り出した男がシーゲン家の説明をすると、男達の間に、諦めにも似たため息が広がる。
「正規騎士数人を一蹴程度なら、我々でも可能ではあるがな」
彼らは、この国に入ってから、実力を隠し続けてきた。その言葉には、わずかにプライドと郷愁が含まれている。
「だが、まだあきらめるのは早いぞ。末の娘のユニィは狙い目だ」
「それは知っている。元々他派閥の家へ嫁ぐ予定で、仙術の類は基礎しか教えられていないんだろう? だが、警備体制がな」
紙をヒラヒラさせて、男がニヤリと笑う。
「それが最近はそうでもないかもしれないんだ。この街の冒険者ギルドで、こんな依頼が出ていてな」
男たちが紙を回し読みする。内容は『黄泉の穴』の魔物の一斉討伐依頼で、魔物の素材は狩った冒険者の総取り、さらに狩った魔物は種類によって報酬が上乗せされる。しかも、所定の場所まで資材を運べば別途報酬があるらしい。
他にも、職人や重要人物の護衛任務や地形調査で報酬が出る。
冒険者にとってはかなりおいしい仕事だが、問題はそこではない。
「なるほど、依頼主はユニィ・シーゲンか。しかし、依頼主が出てこない可能性もあるだろう?」
「その点も抜かりないよ。今回、フォートラン伯爵領から技術者が来るらしくてな。依頼人として『黄泉の穴』に同行するんだそうな」
「ガキのするこっちゃないな。だが、それは間違いなくチャンスだ」
男達の剣が一斉に、かちゃりと鳴る。
◇◆◇◆
「塩問題は解決したようだな。ついでに、公国派の勢いも削れたようで、何よりだ」
国王は満足そうにふんぞり返る。
「はい。ただ、アンタム方面の動きは気になります。どうも商業都市ビットの議会に、アンタム都市連邦の連邦評議会から、塩の輸出を控えるよう通達が出たと諜報部から報告が」
宰相は諜報部からの報告書を、国王に手渡す。
「ほう。諜報部の奴ら、ちゃんと報告を上げてきたのか?」
「はい。公国派にはもう財力も人事権もありませんので、簡単にこちらに転びましたよ。情報の裏取りも万全です」
国王は諜報部からの報告書に目を通す。
「ふむ。連邦評議会に働きかけたのは、教皇領ルップルか。公国派の連中、なりふりかまわないな」
公国派を支援する大司教は、教皇に塩の禁輸を願い出たのだろう。公国派のこれまでの寄進額は、大司教が派遣される程度には大きい。その申し出であれば、教皇も断れないだろう。
「国内の塩の生産量は、イントの銀行制度がうまく機能して、徐々に増えつつあります。もうビットの塩に頼らなくても、価格は安定するでしょう」
「銀行か。あれは素晴らしい制度だな」
イントの設立した銀行は現在、コンストラクタ家が出資した2万枚の原資の他、王家や王族派貴族、聖堂派貴族、行商人ギルドや石工ギルド、賢人ギルドなどが出資しあって、かなり大きな資金を各地の領主や、有望な商人に貸し付けている。
預金者の利子は融資された事業で得た物資だ。預金者も利子を受けとる時は物で受けとることになるが、銀行に売却を委託することもできるらしい。
「伝染病と塩の高騰でのダメージから、急回復しましたね。イントの言う信用創造というのが良くわかりませんでしたが、最近はスラムにまで仕事が溢れているようです」
国王は、最近伸ばし始めたばかりのあご髭を、満足げになでた。
「信用創造がわからずとも、商人どもが倉にしまいこんでいた金貨を表に出させたことだけでも評価できる。ああ、そうだ、イントはどうしてる? どうせ次もおかしなことを考えているのだろう? 次は何をするか聞かねばな」
「おや、ご存じなかったので? イントはもう領地へ帰りましたよ。次はシーゲン領で石灰石の採掘して、領内に各種工房と領民の教育機関を整備するそうです」
国王は、がっかりしたらしい。少し肩が落ちている。
「なんだあいつは。勅命を完了させて、完了の報告もなしか。欲がないというかなんというか」
塩問題の解決は勅命でもあった。それを見事果たした以上、さらなる報奨金を求めることができるのが宮廷の常識である。俸禄を貰い忘れていたヴォイドといい、解決後に報告にこないイントといい、似た者親子といったところか。
「こちらには挨拶にきましたよ。塩の流通が回復したから、紙の生産が本格化できるという報告でした。シーゲンの賢人ギルドが、新しい製紙工房と印刷工房を建てているそうです」
「聖水の製法を解き明かしたことに引き続き、次は口語版の聖典の大量印刷か。テレース派のやつらが知ったら、激怒するだろうな」
大衆は神の何たるかを知る必要はなく、ただ聖職者に従えば良いと考えるような奴らだ。誰でも教えに触れられるようになれば、権威は聖職者ではなく神の元へ戻るだろう。
「ええ。ですが、そもそも文字が読めるものが多くないので、そこから改善していく必要があります。かなり時間がかかるでしょう」
一転して、国王の顔が歪む。
「なるほど。そのための領民への教育か。イントの動きはなかなか深いな。スタッフを送り込んで、王都でも同様のことができるようにしておけ」
国民が賢くなりすぎると、反乱が起きると信じる貴族たちもいるが、国王としては国民が文字の読み書きができるようになるのは賛成だ。計算ができればなお良い。
「心得ています」
「聖堂派に独占させるなよ?」
「……は」
宰相は図星を差されたのか、急に小声になった。
「しかし、文字を理解できる水準に行くまでに時間がかかるとなると、騎士団の増強を急がねばならんな」
新騎士団の設立に加えて、既存の各騎士団は着実に増強されていっている。聖職者から権威と権力を奪おうというのだ。
露見した時点で戦争になるだろう。
「シーゲン子爵麾下の新騎士団ですが、実働兵力は五千を超えたところです。神術を使えない兵たちに対し、神術や仙術の訓練を施しているようで、最終的には全員なんらかの術を使えるようにさせるつもりのようです」
自身が指示したものではあるが、シーゲン子爵率いる新騎士団の精鋭度合いは異常だ。
コンストラクタ男爵がこの国に来るまでは、仙術が使える者は皆無で、神術が使える者もごく少数だった。
それが、あの国土奪還戦争以降、従軍した兵士に神術士や仙術士が増え、その後復員して一気に全土に広がった。だがそれでも、全軍が神術や仙術を使える騎士団など夢物語にしか聞こえない。
「前代未聞だな。さすが、当代最強の仙術士と神術士とその弟子たちが集まっただけはある」
夢物語が、実現しつつある。
「はい」
国王は密かにほくそ笑んだ。今のログラム王国は間違いなく軍事大国である。アンタム都市連邦は教皇を擁した強力な国家だが、このまま行けば拮抗できるだろう。
もうすぐ侵略に怯える必要もなくなる。そうなれば、王太子に王位を譲って、ゆっくりと余生をすごそう。
そんな夢を、国王は抱いていた。
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