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第三章『王都』

101話 【閑話】それぞれの思惑

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「ログラム王国の塩の相場は、今どないなっとんねん」

 会議室では、年寄りがずらりとテーブルを囲んでいる。名実共に街を支配する商業ギルドの幹部たちだ。発言した強欲そうな男の前には、ギルドマスターと書いた札が立てられていた。

「狼煙による連絡によると、どうやら2日で10倍になったようです」

 テーブルから外れた壁際に腰掛けていた若い女性が、立ち上がって報告する。

「ちゅうことは、何か? 国王杯の優勝候補が、塩の自由化を願い出るっちゅう噂はホンマやったんか。誰ぞ仕込んだ奴おるんか?」

 ギルドマスターの問いかけに、出席者たちは首を横に振る。ここで功績を隠す意味はないので、どうやら本当に陰謀を巡らした幹部はいないらしい。

「うちからの要求は断ったクセに、結果自由化するとかアホな話やな。優勝候補はどこのどいつや?」

 今度は壁際の若い男が立ち上がる。

「名前はヴォイド•コンストラクタ。ログラムとナログの戦争で活躍して男爵に叙爵された男です。東方で育ち、若い頃にログラムに帰還した経歴の持ち主で、『仙術士』の始祖のようです」

 ギルドマスターは、自分の商会でも仙術士の傭兵を雇っているので、存在自体は知っていた。しかし、それを誰が広めたかまでは知らなかったらしい。表情に少し驚きが浮かぶ。

「ほう。『仙術士』っちゅうたら、肉体を術で強化できて、さらに修行を積めば神術が効かなくなるっちゅうアレか。東方には仙人伝説があるから、その秘伝を東方から持ち帰ったってとこやろな。せやったら、他にも持ち帰った技術があるやろ?」

 海の向こうにある砂漠地帯のさらに東には、こちらとは違う発展の仕方をした国があるらしい。時々そこで作られた品が流れてくるが、どんな技術が使われたのかわからないものも混ざっている。

 商人にとって、東方の知識は、喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

「は、はい。心臓と呼吸が停止した後の人間を復活させる方法を広めたという情報があります。他に、塩を使った熱中症の治療法及び予防法、レイスウィルスの発見及び除霊法などもコンストラクタ家発祥とのこと」

 ギルドマスターは途中から深くうなずきはじめる。

「それやな。熱中症の治療と予防に塩が必要になってるんや」

 溢れ出した金の臭いに、会議室がざわつきはじめた。

「マスター、これは稼ぎ時ですよね!?」

 テーブルに身を乗り出して、出席者が声を張り上げる。

「せや。嵐がくるで。うちが条件にしてたんは塩の価格上限の撤廃や。それが実現した以上、少なくとも次の連邦評議会までは自由に売れる。ここで稼がんかったら商売人の名折れや! 荒稼ぎしたれ!」

 出席者たちは、嬉しそうに立ち上がり、歳に似合わない小走りで会議室を出ていく。

「み、皆さん! 会議はまだ終わっていませんよ!? 席に戻ってください!」

 司会進行役が慌てて声を張り上げても、もはや誰も聞いていない。

 やがて、会議室からはギルド職員を除く出席者は誰もいなくなった。

「マスターまで……」

 職員たちは、申し合わせたように一斉にため息をつく。

 ここは、アンタム都市連邦に所属する商業都市ビット。そして、この会議はその最高意志決定機関のものである。


◆◇◆◇


「ちょっと何を言っているのかわからない。もう一度言ってくれるか?」

 ナログ共和国西部国境警備隊の旅団長は、向かいに座る使節団の団長の言葉に耳を疑った。

「ですから、ポインタ・シーゲン子爵とヴォイド•コンストラクタ男爵並びにジェクティ・コンストラクタは、新騎士団設立により領地を離れます。それにともなって、こちら側の国境兵力も半減させるそうです。国王から国交正常化に向けた親書も預かっています。侵攻計画は中止していただきたい」

 旅団長は頭を抱える。この親書が届けば、主戦派は力を失ってしまうかもしれない。自分の後ろ盾は、まさにその主戦派だ。最後のチャンスは今なのに、目の前の男は侵攻をやめろと言う。

「貴殿の任務は、『死の谷』に建設された侵略拠点に対する抗議であったはずだ。国交正常化は任務ではないはずだが?」

 そして、旅団長がここにいるのは、砦の建設を口実にログラム王国に侵攻するためだ。敵のミスリル製の武器は四百。旅団に集まっているミスリル製の武器は三百五十。もう少し集めれば、再侵攻の準備が整う。

「そういう貴殿も、あの二人を闘技大会に参加させる工作など役割ではなかったでしょう? あちらの国王も、大層喜んでいましたよ?」

 旅団長は言葉に詰まる。大会に参加すれば、王都滞在期間が延びるだろうという、ちょっとした足止めのつもりだったのだ。

 結果、工作を依頼した貴族の提案は国王の目に止まり、思惑通りに足は止められた。

「喜ぶ? なぜ喜ぶんだ?」

 だが、喜ばれるいわれはない。

「コンストラクタ男爵は、戦争時に少数の手勢での奇襲を繰り返して我が国を翻弄しました。ついたあだ名が『闇討ち』ヴォイド。彼はあちらの貴族の間では、卑怯者と馬鹿にされていたのですよ」

「知っている。だから優勝させないための工作も簡単だったよ」

 実際、我々以外にも同様の工作が入っていたらしく、策は簡単に実現してしまった。

「ええ。おかげで当たる相手のほとんどが優勝候補。しかし、それでも彼は優勝し、その強さを内外に示してしまった。あちらの古い貴族たちにとって、彼は弱いと信じられていたのに」

 そう。時間を稼ぐという当初の目的は達せられたが、それ以外の部分は食い破られてしまった。

「いや、その評価はあり得ないだろう。奴が卑怯者なのは否定しないが、我らの旅団は、あの日たった3人に敗北したのだぞ? 奇襲であれ何であれ、弱いわけがないだろう」

 旅団長はあの日のことをよく覚えていた。いかなる防御も貫く正確無比な矢の狙撃と、兵士をなぎ倒す爆裂神術が降り注ぐ戦場。そして矢や神術を防ぐことができた強者も、知らぬ間に何者かに斬り捨てられた。

 普通の戦場は雑兵から死んでいくが、あの戦場は上位の指揮官から順番に死んでいった。生き残った兵士は多かったが、中隊長以上の指揮官は全滅。とにかく異常な戦場だ。

 あれを引き起こした本人たちが、弱いと評価されるのは理解できない。

 もしも古い貴族が本当にそう評価していたなら、策が完全に機能しなかった原因はそれだ。

「そう。まさにそれですよ。我が国もアノーテ師を得て『仙術』の導入には成功していますが、それでも最も先進的なのはかの国で、あの大会を見た者は、その強さを実感してしまった。かの国王は笑いが止まらないでしょうな」

「そうは言うが、神術だろうと仙術だろうと、ミスリルがあればどうにでもできる。もうすぐ侵攻の準備は整う。議会の決定ならば従うが、貴殿に従ういわれはないな」

 あの日、ミスリル製の武具の攻撃は、闇に紛れたヴォイドに通った。殺すことはできなかったが、負傷はさせられたのだ。もっと武具があれば、強力な仙術士でも制圧できる。

「ではこうしましょう。我が使節の護衛として参加しているペーパは、アノーテの直弟子の一人で、かの大会では4位になった仙術士です。彼とそちらの旅団の精鋭百名を戦わせてみましょう。ミスリル製の武具があったとしても、当てることができなければ意味はありません。おわかりですよね?」

 不遜な発言に、旅団長の機嫌が急下降する。国境警備は重要な任務だ。

「いいだろう。だが、ペーパが負ければ、あなた方の持つミスリル製武具をすべて供出していただこう。ここにないものも、すべてだ」

 外交使節の団長は肩をすくめて、旅団長の怒気を受け流した。

「いいでしょう」


 ———そして、その日の模擬戦は、国境警備隊の間で伝説になった。



◇◆◇◆


「公国派は指示通り備蓄の塩を売ったか?」

 大会から2週間、上限価格が撤廃された塩は急騰を続けている。値上がりを防ぐために、王家の備蓄は国民への配給に回され、国王は貴族たちに備蓄の売却を指示した。

 さらにコンストラクタ領で産出される塩も次々と王都まで運び込まれ、順次売却されているが、塩の急騰は止まる気配を見せてない。すでに上限価格の30倍を突破し、庶民にとっては高級品となってしまっている。

 王都の備蓄も配給に回しているが、そんなものは焼け石に水だろう。

「いえ。さらに買い占めに走っているようです」

 宰相が答え、国王が不敵な笑みを浮かべた。イント・コンストラクタがもたらした知識をもとに、悪だくみを練る。

「本当に馬鹿な奴らだな。『神の見えざる手』だったか。奴らは自らの信じる神に裁かれるのだ」

 『神の見えざる手』というのは、いわゆる『市場原理』のことを指す。需要が多ければ値上がりし、供給が多くなれば値下がりして適切な価格に落ち着く。それが神の手に見えたのだろう。

「ええ。ルールは変わるものですからね」

 ログラム王国は内陸国で海に面していない。だから元々塩は西のナログ共和国と東のアンタム都市連邦からの輸入に頼っていた。
 しかし、10年前の戦争によりナログ共和国との国交が断たれ、塩の供給はアンタム都市連邦に独占されてしまった。

 結果として、塩の価格はじりじりと上がり、アンタム都市連邦で起きた製塩所の火災以降、塩は入ってこなくなった。

 イント・コンストラクタが塩の価格上限を撤廃するように提唱したのは、塩の売買価格の規制によって、商人たちの仕入れ値と売値が同一価格となり、流通が止まってしまっていたからだ。

 これを撤廃すれば、値上げをすることが可能になるため、流通は回復する。

 だが、それだけでは、価格の高騰を防ぐことができないため、イントは別の手段を提示した。それが、塩の国産化と、ナログ共和国との国交正常化による貿易の再開である。

「せいぜい買い占めてもらおう。神は奴らを助けるかな」

 塩の供給経路が複数に増えれば、供給量が増えて競争も起きる。いずれ神の見えざる手は復活するだろう。
 今買い占めに走っている貴族たちは、塩の暴落によりかなりの損失を被ることになる。

 もちろん、国王は助けるつもりがない。

 国王は高値の今、備蓄をすべて売り払うように貴族たちに命じているので、買い占め行為は反逆である。おそらく、貴族たちも救済を申し立ててはこないだろう。潜在的反逆者が、勝手に力を失っていくのだ。

「神といえば、イントに例の件を相談してみたんですが……」

「ほう」

「『聖典』を大量生産したらどうかと言われました。シーゲンの街の賢人ギルドが『活版印刷』という技術を研究していて、完成すれば安く本が作れるそうです。口語訳した『聖典』を大量に世に出せば、似非聖職者どもの欺瞞に多くの人間が気付くというわけです」

 国王は面白そうに手を打つ。聖職者が存在するためには、信仰すべき神が必要で、つまり『聖典』を否定できない。

「まさに神の逆襲か。イントは公国派を研究し尽くしているようだ。父親が騙された復讐をしようとしているのかもしれんな」

「だとしたら、なかなかに辛辣な復讐ですな。表立っては争わず、奴らを弱らせるなど、なかなかできるものではありません」

 塩の買い占め失敗も、聖典の大量生産も、公国派は立場上文句が言えない。自らの行いによって、自ら衰退の道を歩くことになる。
 コンストラクタ家と対立したパール一門も、同様に没落への一歩を踏み出しているところから見て、意図的であることは間違いない。

「そうだな。そう言えば、コンストラクタ家は、騎士団設立の関係で人員の不足が決定的になっているらしいぞ。誰ぞ送り込むか」

「そうですな。ちょうど優秀なのもいますしな」
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