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第三章『王都』
93話 準々決勝最終戦
しおりを挟む『さぁ! 見どころだらけの準々決勝もいよいよ最後! 次の選手も大物だぞ! 聖紋剣使いとして名高い王国第二騎士団の若きナンバー2! 次代の騎士団長はこの人か? フラスク・パイソン卿だぁ!』
司会の興奮した声が、闘技場全体に響き渡った。聖紋具のスピーカーは今回初めて導入されたはずだが、司会の人は早くも使いこなしているようだ。
もう一台のスピーカーからは、音楽が増幅されて流れてくる。予備として用意した方を楽団の音楽用に使ったのか。聖紋、便利だな。
『もう一人の選手も大物だぁ! 先の大戦勝利の立役者! 最前線で自ら斬りこみつつ指揮を執る姿が、多くの帰還兵たちの語り草となった"不敗の英雄"、ポインタ・シーゲン子爵だぁっ! 本戦では騎士団の選りすぐられた精鋭をまったく寄せ付けず、無傷での準々決勝進出! 大戦の英雄の実力は本物だ!」
ユニィのお父さんの登場に、僕らは立ち上がって拍手を送った。
「父さまがんばるのですーっ!」
ユニィが、いつものちょっと変な言葉遣いで絶叫している。
入場してきたシーゲン子爵は、上半身をはだけていて、だらしない太鼓腹をさらしている。肩には太いミスリルメッキの棍を担いでいて、全体的な印象は七福神の布袋様のようだ。
「あれ? ユニィのお父さまって、戦う時ムキムキになるんじゃなかった?」
クソ親父が義母さんに懲らしめられていた時、シーゲン子爵は巻き添えをくっていたが、その時はダンディなマッチョに変身していた。
「仙術でパンプアップするのは、本気になった時だけ……って、この話、前にもしたのです」
そうだっけ? そう言えばそんな話をしたかもしれない。
『始めっ!』
司会者が開始を宣言する。
同時に、闘技場に強い突風が吹き荒れる。フラスク卿の姿が掻き消えて、シーゲン子爵の四方八方から風の刃が降り注いだ。
「すごい! かぜのせいれいさんだ」
ストリナには、何か見えているらしい。目を輝かせて食い入るように試合を見ている。
「あれ、大丈夫かな?」
砂ぼこりが激しく、中の様子をうかがい知ることはできない。あの砂ぼこりの発生源は何だろうか。まさか、舞台を削っているとか?
「あれくらいは何てことないのです。神術で父さまの防御を抜こうと思ったら、ジェクティ様クラスを連れてこないと無理なのです」
そう言えば、クソ親父も包帯まみれにされてたっけ。良く分からないけど、義母さんって何者なんだろうか。
『おーっと! 初手はフラスク卿の風の聖霊神術だぁっ! 小柄な身体をうまく使って、空を飛んでいるぞぉ!』
司会の実況解説を聞いて、ようやくフラスク卿の姿を捉えることができた。フラスク卿は確かに空を飛んでいる。腕を開くと、服に幕が張られていて、前世テレビで見たムササビのようだ。
「フラスク様って、監査官だったオーニィ様の兄上よね? すごくよく似てる」
なるほど。そういや、オーニィさんもかなり小柄で若く見えた。そういう意味ではよく似ている。
「あの家は、小人族の姫の血が入っているそうなのです」
「そうなんだ。だから、あんなに小柄なんだね~」
ユニィとマイナ先生のお喋りを聞きながら、ちょっと違和感を感じた。
「小人族? って何?」
聞いた事のない名前だ。
「あれ? イント君、もしかして、その辺知らない?」
轟音が響いて、砂ぼこりが一気に晴れていく。シーゲン子爵の姿がここからでもはっきりと見えた。
棍を天に突きあげて、僕にもわかるぐらい霊力を体内に圧縮し始める。
「知らない」
シーゲン子爵の太鼓腹がみるみる凹み、胸板が厚くなる。ついに本気を出すようだ。
『シーゲン子爵の反撃だぁ! フラスク卿の風の結界が、シーゲン子爵の一振りで吹き飛ばされたぞぉっ! そしてこれはどうしたことだ~!』
シーゲン子爵の変身は、一瞬で終わった。観客たちは大興奮だ。
「えーっとね。人にはいくつかの種族があるの。身体が小さくて子どもっぽい見た目の小人族、耳が尖っていて細身の森人族、背が低くてがっしりした身体つきなのが岩人族、獣の特徴を持つ獣人族とかね。それらが古くに混血したのが、私たち人間族と言われてるの」
なるほど。やっぱりこちらの世界はファンタジーだ。
オーニィさんは小人族と言われれば納得できるし、工房のヤーマン親方は岩人族っぽい。こないだ会った父上の元パーティメンバーであるアノーテさんは耳が少し尖っていたので森人族だろうか。
「なるほど」
納得しつつ試合に目をやると、舞台上では『縮地』で一気に間合いを詰めたシーゲン子爵が、フラスク卿の剣を素手で握りしめているところだった。
「あー、あの剣、多分聖紋具なのです。壊したらかわいそう」
ユニィが悲鳴をあげる。だが、そもそも素手で武器破壊できるという発想が、まずおかしいと思う。
ところが、フラスク卿もユニィと同様の警戒をしたようだった。即座に剣を手放して上空に逃れると、空中から風の神術と小さなナイフをばらまく。
ナイフがミスリル製なら、ハイレベルな仙術士でも傷をつけられる。それを嫌がったのか、シーゲン子爵が『縮地』でその場から消える。が、神術もナイフも、急角度で曲がって縮地を追尾していく。
「わ~お」
ストリナが感嘆の声をあげる。シーゲン子爵は追尾してきたナイフを、棍をくるりと回転させるだけで正確に打ち落としたのだ。
『縮地』は、言ってしまえば急加速して急減速するだけの技だ。だが、急加速と急減速では使う技術が違って、それを一瞬で切り替えないといけない。
つまり、シーゲン子爵がやったのは、一瞬で加速した後、減速しながら飛んでくる数本ナイフを目視して最小の動作で打ち落としたということだ。
あまり観客たちに伝わっている様子はなかったが、あれはこちらの世界でも人外の所業だろう。
対するフラスク卿の投げナイフ追尾も、理屈からしてわからない。僕も投げナイフは幼い頃から訓練してるのでできるけど、追尾なんて不可能だ。
村でやっている人を見たこともないので、こちらも人外の所業といっていいだろう。
「世の中は広いなぁ。すごい人がいっぱいいる」
結局、『雲歩』で空中を走ったシーゲン伯爵が、武装を失ったフラスク卿に棍を一閃して地面に落とし、勝負はついた。
地面に激突する寸前、クッションのように防御壁が展開されて大怪我を防いでいたけど、あれは多分義母さんの仕業だ。
「あたしたちもいつか出場しようね!」
いや、さすがにこんなの無理でしょ。ストリナって最近脳筋ぶりに拍車がかかってるのは気のせいだろうか。
2歳下の妹やら山賊やらに負ける程度の実力しかない僕が、こんな大会に出たら一回戦で負ける自信がある。
「まぁ機会があれば」
答えながら思う。絶対ないだろうけど、と。
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