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第三章『王都』
92話 メガネとコンクリート
しおりを挟む「イー君は忙しすぎるのです。せっかくゆっくり観戦できると思ってたのに、がっかりなのです」
国王陛下と宰相さんが去った後、隣にやってきたのはユニィだった。串焼きを取り分けた皿と、二人分の飲み物を持って来てくれる。
「ごめん。子どもに意見を聞きにくる大人がこんなにいるとは思わなかったんだ」
眼下では、戦う二人の動きが、かなり鈍ってきていた。望遠鏡がないので細かくはわからないが、長期戦で息も切れているのだろう。
「ん? 望遠鏡は?」
そう言えば試作品15号と16号はどこ行ったんだろう?
「ああ、望遠鏡なら陛下が持っていたよ? これで3つ納品完了だね」
マイナ先生、見ていたなら止めてくださいよ。
「そうなんだ。遠くて試合がよく見えないや」
納品するために持ってきたわけではなくて、試合を見るためだったんだけど。
まぁ、謁見の時に持って行かれた試作品の分も、後から褒美の金貨が届いたので、損はしてない。
仕方なしに、試作品17号を取り出す。近視用のメガネで、凹レンズになっている。磨くのが凸レンズより面倒で、左右で同じにするのが面倒なので、まだ2つしかできていない。レンズのカーブもかなり緩めにしてある。
「うっわ。きっつ」
試しにかけてみたが、まったく見えるようにはならない。僕は近視ではないのだろう。
「何それ?」
マイナ先生が興味を持ったので、メガネの試作品を見せる。
「近視用のメガネって遠くが見えにくくなってる人用の道具なんだけど、僕はかけたほうが見にくくなるみたい」
ちなみに、もう一つの18号も近視用のメガネだが、度は測り方がわからなかったので、かなりきつめに作っている。
「前に言ってたやつね。これで本当に見えるようになるの?」
まだ半信半疑といったところか。
「かけて見る? ちょっと目を閉じてみて」
メガネを反対に向けて、マイナ先生の顔にゆっくりとメガネをかけていく。マイナ先生は素直に目を閉じて、それを無防備に受け入れてくれた。
キスを迫っているみたいで、ちょっとドキドキする。
「もういいよ」
マイナ先生はゆっくりと目を開いた。
「待って! これどういうこと?」
そのまま、マイナ先生の目が、限界まで見開かれていく。目玉がこぼれ落ちそうだ。
「どうしてこんなに良く見えるの? この距離からでも試合の動きがちゃんと見えるよ?」
頬も紅潮していて、メガネも似合っていて、可愛さがワンランクアップしている。どうやら、マイナ先生は軽度の近視だったらしい。
「レンズで目のピント調節をサポートしているからだよ」
「これ頂戴! あとわたしのお師匠様とか父さんも見えにくいらしいんだけど、もう一つの試作品ももらって良い?」
マイナ先生、珍しく僕の説明を聞いていない。賢人ギルドの人は、目が悪い人が多そうな気がするし、仕方ないか。
「良いけど、どんな様子なの?」
「お師匠様は手元の文字が見えなくて、腕を伸ばして遠ざけて読んでるよ。父さんは書類の中に頭を突っ込んでる感じ」
「お師匠様の近いところが見にくいのは遠視だね。このメガネだと合わないから、別に作るね。お父さんには合うかもしれないから、先生の試作品17号と18号できついか弱いか見てもらって、親方に頼もう」
「わー! ありがとう。すごいすごい」
マイナ先生は嬉しそうに、メガネをかけたまま、各部屋に常備された飲み物や軽食のメニューを読んでいる。
この世界ではじめてのメガネ女子。試作品なのでおしゃれとは言い難いけど、とてもよく似合っていた。
「イー君、最近どんどん遠くなっていくのです。あたしも何かやりたいのです」
隣に座ったユニィが少し寂しそうだ。ユニィと僕は同い年。僕にできるのなら、ユニィにもできるのではないだろうか。それに、僕ばっかりが苦労するのは何か違う。
「じゃ、ユニィには『黄泉の穴』で石灰石を開発してもらおうかな?」
液体石鹸を生産する際に、ターナ先生が石灰水を使ったらしいが、その産地はシーゲン子爵領内の魔境、『黄泉の穴』だった。聞いた限り、鍾乳洞がたくさんあり、そこに魔物が大量に住み着いているらしい。
今回冒険者ギルドへの調査依頼にフェイクとして混ぜたが、石灰水があって鍾乳洞があるいうことは、まず間違いなく石灰石も発見されるだろう。
塩の生産拠点となる砦は、堀と柵に囲まれている。堀は地属性の節理神術で作ることが可能だが、柵は堅固な城壁にした方が防御力が高くなるはずだ。
「石灰石? それは何に使うのです?」
「実は、人工的な石を作る時の材料になるんだ。大きな石をそのまま運ばなくて良くなるから、魔境の砦の城壁に良さそうかなと思って」
前世の大規模な建造物には、共通して使われていた素材があるが、こちらではまだ見ていない。
「ん? それって漆喰のこと? 新たに開発しなくても、普通に手に入るんじゃない?」
確かに、村でも漆喰は割と簡単に手に入った。石造りの家を建てる時、こちらの世界で目地として使われるのは漆喰か粘土だからだ。
「漆喰とは違うよ。僕が作ろうと思っているのはコンクリート。多分漆喰より硬いと思う」
まぁ、コンクリートと漆喰の何が違うかまでは前世でも習っていないのでわからないが。
マイナ先生は、少しずり落ちたメガネを指でクイと持ち上げ、こちらを見てくる。
「また何か企んでるね?」
企むとは人聞きの悪い。
「その石灰石というものを採掘できるようにしたら、"コンクリート"が作れて、イー君の役に立つ?」
ユニィは乗り気になってくれた。
「もちろん。開発に必要な費用は貸すから、ユニィがシーゲンおじさんの許可も取って開発してよ」
「うん。わかった! やってみる!」
僕のお願いに、ユニィは嬉しそうにうなずいた。安請け合いして取引条件すら確認してこないし、純粋すぎて心配になる。シーゲンおじさんも怖いから、できるだけ公平な取引を心がけよう。
舞台上では、ちょうど準々決勝第3試合の勝負がついたところだった。
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