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第三章『王都』

82話 【閑話】執務室2

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「それで、コンストラクタ家の動きはどうだ?」

 執務室で浮かれているのを隠そうともしないこの男は、ここログラム王国当代の国王、ファンク・ログラムその人である。先の戦争中、父親を退位させて即位した王であるため、まだ若い。せいぜいが二十代中盤といったところか。

「まず、コンストラクタ村から護衛で同行した元冒険者たちが、一時的に現役復帰して、王都周辺の魔物狩りに参加しているようです。全員がミスリルの剣を持っているという噂で、流行病の影響で増加していた魔物が減り始めているようです」

 答えたのは、最近貴族院と国王との連絡役に指名されたオーニィ・パイソンである。
 小人族の血が入っているため、背が低く見た目は幼いが、彼女は諜報部にも籍を置く若き俊英だ。

 国王は、昨日手元に届いた報告書を見る。どうやら、あの剣は鉄剣に薄いミスリルの膜を貼り付けたものらしい。詳しい製法は書かれていなかったが、報告書と一緒に、現物が10本ほど届いた。
 見た目は質素な鉄剣だが、ミスリル特有の光沢があり、仙術士の素養があるものが使えば、鉄剣を遥かに凌ぐ斬れ味を発揮する。

「この報告書の筆跡に見覚えはあるか?」

 国王が報告書の表紙を見せた。背の低いオーニィは、身を乗り出すように報告書の表紙を覗き込む。

「イント君のものですね。中を見せていただいても?」

 オーニィが手を伸ばしかけたところで、国王は報告書を手元に引き寄せた。

「これは機密書類でな。見せることはできない。で、コンストラクタ家でその剣の量産化は進んでいると思うか?」

「生産拠点が不明ですので、なんとも言えません。最初に目撃されたのは、シーゲンの街の賢人ギルドですが、あそこには鍛冶場がないので、きっとどこかに秘匿されているのでしょう」

 すでに色々なルートから、似たような話は入ってきている。国王は早々に飽きた。

「他には?」

「その報告書に使われている紙ですが、シーゲンの街の賢人ギルドが最近製造に成功した未発表の高級紙です。製造工房は秘匿されていましたが、そちらは割り出しに成功しました。原料に木の皮と塩が使われているようですね」

 国王は改めて報告書を見直す。言われてみれば、あまり見たことのない良質の紙だ。つまり、コンストラクタ家は未発表の高級紙を何気なく使えるということか。もしかしたら、製造に何かしら関わっている可能性もあるかもしれない。

「あー、その紙は多分、ワシの義兄が作ったもんですわ。シーゲンの街で賢人ギルドのマスターをやっとるんですが、明後日に王都で論文の発表があるとかで、昨日挨拶に来よったんです」

 横のソファで身じろぎしたのは、副宰相のコモン・ドゥ・フォートラン伯爵である。彼は、立ち上がると、きちんと装丁された本を国王の机に置く。

「これは?」

 国王は、本を手に取ってパラパラとめくる。その紙は、報告書と全く同じものだ。

「その論文発表会場で売られる予定の本ですな。『ヒッサン訓蒙』というタイトルで、作者はうちの姪です」

 最初の数ページの解説を見る。要旨は、計算を記号化して短く記載する方法や、大きな数字を構造化して簡単に計算をする方法、一桁の掛け算の暗記法などだった。

「なるほど。数秘術か。これで掛け算や割り算も簡単にできるようになるなら、この本は高くなりそうだな」

 謳い文句の通りなら、この技術は画期的だ。この技術を各役所に導入すれば、事務は大幅に改善するだろう。

「それが、”秘術”になるんかは微妙でしてな。兄が言うには、活版印刷という技術で、本が大量生産できる時代が来るとかなんとか」

 フォートラン伯爵はもう一冊、同じ本を出してくる。

「まだ試作段階らしいですが、これと見比べてください」

 渡された本を見比べる。内容は全く一緒、それどころか、文字の形まで同じだった。しかも、それが全ページ。手作業では、ここまで精密に同じにすることは難しいだろう。

「これはどう言うことだ?」

「さぁ? 詳しくは言いませんでしたが、これと同じものが百冊、従来の紙で百冊、粗悪な紙で百冊あるそうです」

 合計で三百冊。革命的な冊数だ。本は書き写されて増えて行くが、初版でそれほどの冊数が売られるとは、聞いた事がない。賢人ギルドもかなり自信があるのだろう。

「めまいがする話だな。これは一冊貰っておくとして、その姪とやらは未婚か?」

 国王の興味は一瞬コンストラクタ家から逸れた。

「未婚ですが、以前お話したイントと、塩問題の解決を婚約を認める条件にしてる子ですわ。もし、王家でご所望とあっても、本人たちが好き合っている以上は、イントが失敗するまで待ってもらわなあきませんな」

 フォートラン伯爵は肩をすくめて、国王の発言を先回りして封じる。

「はっはっは。ここでもコンストラクタ家か。あの家は本当に面白い。しかし、嫁に出すのに抵抗がありそうだな」

「あの家には女にだらしないヴォイド卿がいますからな。最初話を聞いた時、自分の第二婦人にしようとしたとか。一緒に暮らすと何があるか心配で。いっそ、コンストラクタ卿には家を出てもらいたいくらいですわ」

 悪い顔でフォートラン伯爵が笑う。

「ほう。そう思うか。良いだろう。これを読んで、問題点を洗い出しておいてくれ」

 国王も同じような笑みを浮かべて、1枚の巻物をフォートラン伯爵に渡す。フォートラン伯爵は中をちらりと見て、驚いた顔をしたが、そのまま懐に巻物をしまい込んだ。

「で、情報はもうないか?」

 急に国王に問われて、集中して話を聞いていたオーニィが我に帰る。
 
「コ、コンストラクタ男爵とシーゲン子爵が、王都郊外の魔境で修行に入ったようです。コンストラクタ男爵夫人も同行しているようで、王都に残っているイント君に家の実権が移ったようです」

 国王は脳裏に、子どものくせにやたら堂々としたイントの姿が浮かぶ。多少は緊張していたようだが、パール伯爵の威圧を受けても反論するなど、ただの子どもには不可能だろう。
 コンストラクタ男爵の薫陶を受けた者は、どこかしら、何かしら、普通というものから逸脱していくが、あの子も間違いなくそれだろう。

「紋章院からの俸禄が届いているだろう。彼はまだ8歳だ。浪費はしていないのか?」

 報告では、蓄積された俸禄は金貨四万枚だったらしい。コンストラクタ男爵が俸禄を受け取っていないことを知っている貴族たちは、大半が以前の処分に対する不服の意思表示と解釈していた。
 さらに踏み込んで、叛意の現れと解釈している者たちもいたほどだ。

「冒険者ギルドに、百カ所以上の魔境の調査を依頼しましたね。封蝋の使用申請があったので受理しました。あとは、貴族街で中古の屋敷を探しているようです」

 報告にホッとする。王都に屋敷を持つのは、国王への恭順をあらわす。これで、コンストラクタ家の叛意を疑う者はかなり少なくなるだろう。

「それは早いな。交渉には家臣を雇ったのか?」

 まだ最初の面会の日程調整をしていてもおかしくない頃合いだ。

「いえ、手紙を持って、冒険者ギルドに自ら乗り込んだようです。最終的な妥結額は、金貨7千枚だとか」

 国王は堪えきれずに吹き出した。

「はははっ。8歳の子どもが、そんな規模の依頼を直接持ち込んだのか。しかも冒険者ギルドはその依頼を疑わずに受けたのか。末恐ろしい子どもだな」

 金貨一枚あれば、庶民が一人、一年は食べていける額だ。金貨7千枚は安い金額ではない。
 
「はい。すでに支払いは実行され、各地の支部を巻き込んで実行準備に入りました。流行病のせいで魔物狩りが滞っておりましたので、魔境周辺の魔物狩りも計画されているようです。うまくいけば、街道の安全性は一気に向上するでしょう」

「なるほど。ならば大量の肉が出るな。ここで塩がなければ、腐らせてしまうか。だからこその規制撤廃。どこまで先を読んでいるのか、なかなか面白いな」

 国王は、サラサラと命令書を書いた。

「フォートラン卿、これを義倉院に手配しておいてくれ」

 命令書は未来の日付となっている。ちょうど、武闘大会の決勝戦が行わる予定の日だ。内容は、備蓄している塩の売却である。

「よろしいんで?」

「構わんよ。パール伯爵の妨害が失敗すれば上限価格がなくなって大儲けだし、そうでなければ上限価格で売れば良い。肝心なのは早さだ。少しぐらい援護しておかないと、我が国を見限られたら大変だからな」

 国王は悪企みが楽しくて仕方ないらしい。

「ああ、需要が高いと価格が高くなり、供給を多くすると値段が安くなるんでしたか。なら、高いうちに大量に売って、輸入や国内生産がうまくいって安くなってから買い戻せばええんですな。うちの派閥も、一枚噛ませてもらいましょか」

「好きにすれば良い」

 話を聞いていたオーニィも、命令書の内容に目を走らせ、自分がここにいる意味を考える。国王は、知られてはならないことは見せない。
 と、いうことは、この命令書は知られても良い内容なのだ。

「これは、うちの父に話しても良い内容でしょうか?」

 国王は我が意を得たりとばかりに、ニヤリと笑う。

「かまわん」

 現在、王国内の派閥は四つ。

 オーニィの父が所属するのは聖堂派と呼ばれる、教会寄りの貴族たちが集まった派閥だ。オーニィ自身はさほど信仰を意識してはいないが、敬虔な信徒が多く、国王から見れば中立で、政争には積極的に関与してこない。
 この点、旧王を中心とした公国派や、現王の即位によって既得権益が奪われた貴族たちが集まった古典派とは毛色が違う。

「いや、もう少し踏み込んでおくか。もし聖堂派が塩備蓄の売却に協力してくれることになったら、これをやろう。もちろん、もし協力してくれなくても、君の扱いは何も変わらない」

 こういう情報は、知らせたところでどう転ぶかわからない。もしかしたら、聖堂派が逆に買い占めに走る可能性もあった。
 だがそれも、コンストラクタ男爵の息子が描いていたように、塩の国産化と複数の国から輸入に成功すれば、塩は値崩れを起こして大損失になる。

 もしも聖堂派が買い占めに走る場合、イントに対する妨害活動もあわせて始まるだろう。そうなれば聖堂派である自分は立場的には妨害に走らなければならないが、コンストラクタ家の面々とは仲良くなれそうではあったので、個人的にはあまりそういうことはしたくない。

 そんなことを考えながら、オーニィは国王の手の中にある紙を見た。

『マヨネーズのレシピについての報告』

「そ、それは!」

 オーニィの手が震える。コンストラクタ村からお土産にもらったマヨネーズは、半分を国王に献上させられ、もう半分は3日ともたなかった。今はもうほとんど禁断症状になってきている。

「コンストラクタ卿からマヨネーズのレシピをもらい受けた。入手困難な素材については、コンストラクタ村から売ってもらう算段をつけている。最初は君にも分けてやろう」

 もはや、オーニィに選択肢は残されていなかった。

「はい! 全力を尽くします! 急ぎますのでこれにて失礼します!」

 オーニィは、略式の敬礼をした後、転がるように廊下へ飛び出していった。
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