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第二章『王都招聘と婚約』

64話 【閑話】ナログ共和国西部国境警備隊

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「ご報告です。密偵から、シーゲン子爵及びコンストラクタ男爵が、予定通りシーゲンの街を離れたとの情報が入りました」
 
 そこかしこに書類が積まれた執務室で報告を受けているのは、ナログ共和国の西側の国境を守る旅団長である。

 旅団といえば、通常なら数千人規模がせいぜいだが、彼が率いている兵士は、補給部隊を含めて2万人以上の規模だ。

「そうか。奴らのミスリル製の武器の収集状況はどうだ?」

 すべては予定通り。共和制をしいているナログ共和国と比べて、王政をしいているログラム王国は貴族の特権意識が強く、成り上がりの貴族に対して旧来貴族の警戒感は強い。

 戦後、戦犯として成り上がり貴族であるコンストラクタ男爵を処刑させようとした裏工作には失敗したが、中央との分断には成功した。最近コンストラクタ男爵は流行病に対する有効打を見つけて、再び成り上がりのキッカケを掴んだようだが、おそらく王都まで行ってしまえば、我々が警戒感を吹き込んだ貴族たちが足を引っ張ってくれるだろう。

 前回の戦争の時、我が国にはいなかった仙術士の養成は、今も急ピッチで進んでいる。あちらの仙術士の配置は東部国境に偏っているので、先に奇襲して叩いてしまえばこちらのもの。今回は協力国も多くなりそうなので、おそらくログラム王国は滅ぶだろう。

 旅団長は、頭の中でそう皮算用してほくそ笑んだ。

「王国から貸与されていたものは、すべて返却されたことが確認できています。現在自腹で買い集めているようですが、領内に残されているのは、12~3本といったところではないかと。国王から個人に下賜されたものは王都に持っていっているでしょうし」

 若い副官は、情報部がまとめた資料を把握していた。ミスリル製の武器の有無は、戦況に大きな影響を与える。

 仙術士には神術が効きにくく、熟練者は普通の武器でも傷つかなくなるが、ミスリル製の武具なら効果があるからだ。

 シーゲン子爵やコンストラクタ男爵、そしてその弟子たちが大活躍して以降、周辺国の戦略は大きく変わった。

「こちらは仙術士を2千。ミスリル製の武具を2百はそろえている。今回は楽勝だな」

 これからの戦争は、ミスリル製の武具と仙術士を多くそろえた者が勝つ。評議会の老害どもも、我々がログラム王国の王都を落とせば、文句は言うまい。

 奴らは慣習的な緩衝地帯で、こちらに通知なく砦を建設した。大義名分も十分だろう。

 旅団長は皮算用を重ねていく。

「それなんですが、妙な情報もありまして」

 少し言いにくそうに、副官が旅団長の楽観的な思考に割り込んだ。

「なんだ?」

「奴らが出発前に立ち寄った賢人ギルドから、大量のミスリル製の剣が運び出されたようなのです」

 副官の爆弾発言に、旅団長は跳ねるよう立ち上がった

「何だと? 数は?」

「およそ4百ほどではないかと」

「馬鹿な。我らの倍だと? 陽動のための偽情報ではないのか?」

 旅団長の顔は徐々に蒼くなっていく。

「その可能性はあります。賢人ギルドの職員が、街で鉄の剣を買い漁っていたので。ただ、運び出された剣のうち50本程度が、冒険者ギルドに耐久テスト名目で貸与されたようです。それらは流行病のせいで滞っていた魔物狩りに利用されて、多大な成果を上げているようです」

「つまり、少なくともその50本は本物ということだな。これはやられたか」

 旅団長は頭を抱えた。コンストラクタ家は貧乏貴族で、シーゲン家は領地に城塞都市を持つ中堅貴族だが、我が国と貿易できない行き止まりの街だ。税収が大きいはずもないだろう。

 そんな家が、それほどのミスリルの剣を用意できるだろうか?

 どこまでが本物の情報で、どこからが偽情報なのか、さっぱりわからない。

「いくらなんでも、4百というのは虚偽情報でしょう。50本、たとえその倍あったとしても、簡単に踏み潰せるのでは? 我が国の仙術士中隊は今のところ無敗ですよ?」

 悩む旅団長に、副官は不思議そうに言う。ログラム王国との戦争後しばらくして創設された仙術士中隊は、確かに無敗を誇っている。だがそれは、海賊や周辺国の海軍相手であって、ログラム王国相手ではない。

「そうか。お前は知らんのだな。コンストラクタ男爵は、アノーテ師の師匠にあたる。その実力は、アノーテ師以上なんだそうだ」

 アノーテ師というのは、ナログ共和国に仙術をもたらした始祖にあたる女性だ。終戦後、ログラム王国から派遣され、元首と結婚した元第3王女の護衛をしつつ、ナログ共和国の兵士や冒険者に仙術を教えている。

 副官は、かつて彼女が訓練中に仙術士の特務兵をまとめて吹き飛ばすのを見た。実力は段違いだろう。

「ですから、男爵を王都へ行かせたのでは?」

 男爵やシーゲン子爵がいなければ、東部は薄っぺらな紙のようなものだと、副官は考えていた。

「ちなみに男爵の息子は、たった2人で赤熊を仕留めている。8歳だそうだ。娘はその息子と互角で、仙術と神術両方を使いこなすのだそうだ。こちらは6歳。子どもでさえそれだけの実力があるのだ。アノーテ師クラスの弟子が他にいても不思議ではない」

 上官の懸念がコンストラクタ男爵の弟子育成能力にあると気づき、副官の顔も曇っていく。少なくとも、ナログ共和国には神術と仙術を両方使える人間はいない。
 
「では、侵攻は中止ですか?」

 副官は上官の意図を計りかねていた。ここで引けば、ナログ共和国内で臆病風に吹かれたと思われかねない。侵攻計画を知る上層部はそれなりにいるのだ。

 一方、旅団長は、ミスリル製の武具の出どころについて考えていた。間違いなく、国家レベルでも急にそろえるのは厳しい数だ。何者かの支援を受けているのは間違いないが、そんな兆候はなかった。

「延期だ。更なる武具の収集を急がせろ。あと、奴らを支援しているのが誰なのか割り出せ。いくら使っても構わん」

 副官は一礼すると、部屋を出ていった。もし何者かの支援を受けているとして、その何者かの目的は何か。

「チッ。予定が狂ったか。仕方ない。奴らがこちらに戻ってこないように、手を打たなければな」

 コンストラクタ男爵が暗殺と殲滅を繰り返したせいで、ナログ共和国でまともに指揮ができる軍人は半減してしまった。旅団長自身、仙術の訓練をつんで簡単に暗殺されないようにしていたが、それでも警戒を緩めるつもりはない。

 旅団長は引き出しから便箋を取り出して、次の手を打つために手紙を書き始めた。
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