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第二章『王都招聘と婚約』
63話 錬丹仙術の復活
しおりを挟む油汚れを落とすには、やっぱりアルカリが一番だった。ユニィのナイフを一度ばらして、灰を煮込んだ鍋に浸して油を落とし、すすいでふき取る。
神術で簡単にできるようになったメッキより、ある意味で手間がかかった。
ユニィのナイフのメッキがうまくいって、その後は近くの武器屋で買った剣、話を聞いたアスキーさんが買いあつめてきた剣と次々メッキしていったところ、ミスリルの槍の穂先を素材に、100本近くの剣にメッキができてしまった。
剣の油落としは賢人ギルドの職員にも手伝ってもらって大大的にやったが、それでもまだ槍の柄の部分はまるまる残っている。
「師匠の息子、どうなっとるんです? ワシ、この問題でかれこれ5年以上悩んでいたのに、話を聞いて半日で解決とか、ちょっと理解が追いつきませんぞ」
親父とシーゲン子爵は、一足先に報告に帰ったユニィのナイフを見て、慌てて賢人ギルドにやってきていた。
そして現物を見たシーゲン子爵とアスキーさんと親父が話し合った結果、この剣の存在は秘匿しないことになったらしい。見せて抑止力にする方針のようだ。
天井が高い一階のホールでは、元々いた人々を端に寄せて、ミスリルメッキの剣のテストが始まっている。やっているのは、村の狩人たちと、シーゲン領の騎士団の人たちだ。
「まったくだ。展開が早くてかなわんよ。陛下に何と言われるか」
親父もシーゲン子爵も、メッキされた剣を握って、具合を確認している。
ちなみに義母さんは2階の部屋で、槍の柄を水銀に溶かし込む作業を行っている。僕らが勝手に実験したにもかかわらず、実験に使われる水銀の量は倍になった。多分賢人ギルドの倉庫にあった在庫を全部出してきたのだろう。
「そんなことより、性能のほうはどうなの?」
僕は気になって親父に聞いてみる。親父はこちらを一瞥すると、試し切り用に用意された鉄の棒を、軽く一閃して切断して見せた。
「えっと?」
親父は普通の剣でも鉄ぐらいなら切断していそうな気がする。こんなパフォーマンスを見せられても困ってしまう。
「ふむ」
続けてシーゲン子爵も同じように鉄棒を切断する。感想を言わない。
「もったいぶらずに教えてよ」
二人とも、ちょっと考えている。
「リナ、ちょっとこれを振ってみてくれるかい?」
結論は出なかったらしい。親父は一緒に来ていたストリナを呼んで、剣を手渡す。小さな体と比べると、大人用の片手剣がとても大きく見える。
ストリナは剣を持った瞬間、重さで少し揺らいだが、一瞬で重さを感じさせない構えを取った。
「そこの棒を切ってみてくれるかい? 剣を自分の手足の延長だと思って、霊力の輪郭もしっかりイメージして……そうそう、刃筋もちゃんと立ててね。力はいらないから」
親父は、ストリナに手取り足取り何かを教えている。その結果はすぐに出た。
ヒュンという風切り音と共に、鉄の棒があっさり切断される。ストリナが鉄の剣で細めの木の棒を切断したところは見たことがあるが、6歳で斬鉄はちょっとシャレにならない。
端に追いやられた賢人ギルドのメンバーが、小さな女の子が鉄の棒を切断したのを目撃してざわつきはじめた。
「おにいちゃん! きれたよ!」
ストリナが自慢げに駆け寄ってきたので、頭を撫でてやる。
「リナはすごいね。切れたね」
ストリナは抱きついてきたが、思わず棒読みの返事をしてしまう。いや、抜き身の剣を持ったままなのは怖いので、剣はちゃんと鞘にしまってから抱きついて来て欲しい。
「ふむ。ミスリル製の剣と比べると、若干性能は落ちる。だが、鉄製の剣と比べると、比較にならないレベルだな。耐久性はまだわからないが」
親父はちょっと苦々しそうに言う。合格なのか不合格なのか。
「これ、曲げてしまったミスリルの槍が素材なんだけど、これで同レベルの槍を返したことになる?」
ストリナの剣を回収して鞘にしまいつつ、親父に訊ねる。
僕にとって、曲げてしまったミスリルの槍と同等のものを村に返さねばならないという約束が、一番の難題だった。修復だけで金貨500枚かかると言っていたので、相当な価値があるのは間違いない。
「仙術耐性と耐久性次第といったところかな。あの槍からこの剣を100本もどうやって作ったか知らんが」
う~ん。認められるにはまだ足りないか。材料的にはあと4~500本ぐらいならなんとか作れそうだが、耐久力がないなら同じである。それをテストするには時間がかかりそうだ。
借金返済の道は遠い。
「あ、みんないたわね。ちょっとこっちに来て。子爵様も」
そこに、2階から義母さんが降りてきた。顔がちょっと紅潮している。
「ん? なんだ?」
義母さんに連れられて、僕らが2階の作業部屋に上がると、部屋の前に見張りが二人ついて、厳重さが増していた。
部屋の中に入ると、すでにマイナ先生とターナ先生とアスキーさんがいる。そこに僕ら家族4人と、シーゲン子爵が入ると、もう座る余地もないぐらい狭くなった。
「ちょっとこれ、見て欲しいんだけど」
チラリと部屋の隅を見ると、3分の1ぐらいなった槍の柄が立てかけられている。あれからけっこう溶かされてしまったらしい。
「この水銀がどうかしたのか?」
なぜだか義母さんがちょっと自慢げだ。
「はい」
親父に槍の柄を短く切ったものを渡す。
「その水銀に、符咒仙術の要領で霊力を流し込んでみてよ。あ、直接水銀は触らないでね」
親父は首を捻りながら、全身に薄っすら光る赤い刺青を浮かび上がらせる。顔にも浮かび上がって、ちょっと歌舞伎っぽい。
「どういうことだ? お? おおおおおお? これはまさか!?」
親父はアマルガム合金に柄を差し込むと、歓声を上げた。そのままズルンと柄を引き抜くと、片手剣の刀身が出来上がる。
僕を含めた数人が、ギョッとして一歩下がった。
「おい! 試し切りの棒!」
親父が大きな声で叫ぶので、3分の1ほど残っていた槍の柄をシーゲン子爵に渡す。シーゲン子爵は七福神の布袋さんのような姿から、毘沙門天のような全身筋肉に変身しながら、両手で棒を構える。
一呼吸あけて、全身に親父と同じ赤い刺青が浮かぶ。2人とも本気だ。
「よし行くぞ!」
親父がアマルガムの剣を、ミスリルの棒めがけて一閃した。
部屋の中で何かが爆発して、一瞬で鼓膜が機能しなくなる。
「…………! …………!?」
ミスリルの棒が綺麗に切断されて、親父が跳び上がって大喜びしていた。爆音の余韻が耳に残っていて何を言っているかわからない。
一方、シーゲン子爵は切断された棒を呆然と見ている。
ミスリルの切断ぐらいなら、さっき義母さんもやっていた。そんなに驚くところでもないだろう。
義母さんから何か説明を聞いたシーゲン子爵と親父が、僕を見た後にアスキーさんを見る。
そして、そのままアスキーさんに詰め寄っていった。
水銀の価格交渉だろうか? 明日には王都に向けて出発するので、もうあまり交渉する時間がない。僕が交渉するのはめんどくさいので、当主として是非ともがんばってもらいたい。
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