58 / 190
第二章『王都招聘と婚約』
58話 シーゲン子爵家の幼馴染
しおりを挟む「で、師匠は息子と婚約者を取り合った末に、負けた腹いせに息子をぶっ飛ばして怪我をさせて、姐御にぶっとばされたわけですな?」
ここはシーゲンの街の中央にあるシーゲン子爵邸である。
シーゲンの街は城塞都市と呼ばれ、堅固な城壁と複雑な街路で守られているが、その中でもこのシーゲン子爵邸は街のどこからでも目に入るほど背の高い建物だ。街の北側の城壁と一体となっている姿は、ほとんど城といっていい。ここは、僕が生まれる前に戦争をしていたナログ共和国との国境の街で、ログラム王国の守りの要なのだ。
そして親父と向かい合い、ゲスい笑顔を浮かべているのが、そんなシーゲンの街を治める領主のポインタ・シーゲン子爵その人である。
マイナ先生の授業での説明によると、シーゲン子爵は前の戦争を将軍として戦い抜き、国土を回復させた英雄らしい。
今ではまるまると太っていて、英雄という雰囲気ではないが。
「お前は子爵で元将軍。元俺の上司だろう? いい加減師匠はやめてくれないか」
親父はぞんざいな口調でテーブルに突っ伏した。話を逸らせようとするあたり、まずいとは思っているようだ。
冒険者ギルドの訓練場で親父を投げた後、親父は熱くなって僕をぶっ飛ばした。まったく記憶にないが、ストリナに治癒神術を使ってもらわなければならないような状況だったらしい。
朝、宿屋で目を覚ました時、隣のベッドに包帯でグルグル巻きになった親父が寝ていたけど、あれは義母さんにやられたのか。
「いやいや、師匠は師匠でしょうに。まぁでも、人生失恋することもありますわ。残念でしたなぁ」
話題を戻して含み笑い。親父で遊ぶのは良いけど、マイナ先生を巻き込むのはやめてあげてほしい。隣を見ると、同席しているマイナ先生が、顔を真っ赤にして俯いている。
「おい。本音を言ってみろ」
親父が顔だけ上げて、シーゲン子爵を睨みつけた。
「天罰じゃろ。ざまぁー」
シーゲン子爵が素直に本音を返して、再び親父が撃沈する。
「だいたい、師匠は昔からおいしいところを持って行く側だったんじゃから、息子にぐらい遠慮してやればええじゃろ! ワシらは全部持っていかれた! オーブ姐さんにジェクティ姐さん、アノーテにパイラ様、果ては受付のモモちゃんまで———」
シーゲン子爵ってこんなに面白い人だったっけ? 心の声が駄々洩れだ。いつもは挨拶が終わったら子どもだけで遊びに行っていたので、こういったシーンは見たことがない。
「モモちゃん? 冒険者ギルドの受付の?」
義母さんが呟いて、ゆらりと立ち上がる。表情がなくて怖い。
「ちょ、おまっ。ちょっと来い!」
親父がシーゲン子爵を連れて、逃げるように部屋を出る。
「リナ? ちょっと一緒に来てくれる? これからお父さんが大怪我をするかもしれないから、助けてあげてね?」
義母さんはドレスでおめかししているストリナを呼ぶと、親父の出て行った扉から出ていった。
「じゃあ、わたしも後始末があるから、ゆっくりしていってね」
笑顔のシーゲン子爵の奥さんが後に続き、部屋には僕とマイナ先生、それにシーゲン子爵の娘のユニィが残される。
シーゲン子爵邸には毎年2回ほど挨拶に来ていたが、ユニィとはそのたびに遊んでいた。いわゆる幼馴染というやつだ。
ちなみにユニィにはすでに婚約者がいて、恋愛的な要素はまったくない。
「イント君ごめんね? わたしのせいで酷い目にあわせちゃったみたいで」
マイナ先生は、昨日の冒険者ギルドでの話を聞いてしまったので、座ったまま頭を下げてきた。ドレスの胸元は開いていたので、胸が膨らんでいるのがしっかりわかる。
頭を下げた瞬間に自分の目線が吸い寄せられたことに気がついて、あわてて目線をそらす。
「いや、悪いのはあのクソ親父だよ。マイナ先生は悪くない」
そうなのだ。シーゲン子爵の先程の話を聞く限り、親父は若い頃浮名を流していたらしい。まだ未練があるようなので、先生に近づけさせないようにしないと。
「えへへ。ありがと」
手振りをしていた手を、マイナ先生に軽く握られて、思わず舞い上がる。ユニィがいるのにずいぶんと気安い。
「もうそんなに仲良くなっているのです? イー君とマイナ先生が婚約するとか、いきなりすぎてびっくりなのです」
ティーカップを淑女のように持ったまま、ユニィが口を開く。姿勢や物腰は貴族の淑女のものだが、表情がジト目で本来の性格を隠しきれていない。
「え? 先生? ユニィとマイナ先生って知り合いなの?」
マイナ先生はシーゲンの街に住んでいたわけだし、面識があってもおかしくはない。が、僕は知らなかった。
「ユニィ様は算術の生徒でした」
マイナ先生が手を握ったままだと答えてくれる。領主の娘の家庭教師とか、改めてマイナ先生ってすごかったんだな。
「そうなのです。でも、一週間ぐらい前に婚活するからと辞めてしまったのです」
なるほど。婚活。そう言われるとなんか照れくさい。
前世を全部覚えているわけではないが、多分彼女がいたことはなかった。それが、今世では彼女を飛び越えていきなり婚約者である。8歳なのに。
世界が変われば常識も変わるらしい。
「おかげさまで、うまく行きました。あとはシーゲン子爵家とフォートラン本家を説得できれば、晴れてイント君と結婚できます!」
貴族家には、家と家との間に疑似的な親子関係がある。コンストラクタ家の場合、寄親はシーゲン子爵家で、そのシーゲン子爵の寄親がフォートラン伯爵家だ。
二つとも完全に味方の派閥である。なんで説得の必要があるのか、僕にはわからない。
「それ、興味あるのです。馴れ初めから教えて欲しいのです」
ユニィにねだられて、一ヶ月前から今までの事を話して聞かせる。もちろん、聖霊や教科書については伏せてだ。
「キスでマイナ先生を助けるなんて、お姫様みたいでロマンチックなのです……」
そんな調子で、ユニィは御伽話でも聞くように、大げさな反応で聞いていた。
「そういえば、ユニィにも婚約者いたよね? 最近どうなの?」
一通り話し終えた後、ユニィの婚約者について話を振ると、ユニィは少し渋い顔をした。
「リシャス様です? パール家とは領地がお隣なので、たまに会いに来るのです。でも、全然ダメなのです」
あら。よく知らなかったけど、ユニィの婚約者はパール家の人なのか。つまり、アモン監査官の親族ということになるけど、初対面のアモン監査官の態度的にあんまり良い印象がない家だ。
だが、いくつか爵位と領地を持っていて、有力な分家も多数あるらしいので、影響力は強い。
「何がダメなの?」
「剣が得意と自慢してくるので、兄様と手合わせしてもらったのです。でもへっぴり腰でびっくりしたのです」
うわぁ。けっこう辛辣だなぁ。僕もそう思われていたらどうしよう。
「あんな弱っちいのは嫌なのです。だから、いつか婚約を解消してやるのです!」
鼻息の荒い話を聞きながらユニィの婚約者に同情していると、外から地面が揺れるほどの爆音が響いてきた。
「でも、イー君がそんな賢いって聞いたことがなかったのです。いつの間に勉強したのです?」
ユニィは爆音を黙殺する。マイナ先生は窓を気にしていて、無視しきれていない。
「そこはまぁ、本を読んだり?」
ユニィは疑わしそうに、こちらを見てきた。幼馴染だけあって、僕の性格は見抜かれている。やりにくい。
「やっぱりマイナ先生のおかげなのです? 私も算術以外も習えば良かったのです……」
微妙に的外れだが、好都合だ。このまま勘違いしていてもらおう。
「また習うと良いよ。マイナ先生の授業わかりやすいから」
僕の発言が意外だったのだろう。マイナ先生は嬉しそうに目を丸くすると、隣から僕を抱き寄せてくる。
「家庭教師続けて良いの? もーイント君、カワイイんだから!」
いちゃつく僕らを、ユニィはジト目で観察していた。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
転生したら《99%死亡確定のゲーム悪役領主》だった! メインキャラには絶対に関わりたくないので、自領を発展させてスローライフします
ハーーナ殿下
ファンタジー
現代の日本で平凡に生きていた俺は、突然ファンタジーゲーム世界の悪役領主キャラクターとして記憶転生する。このキャラは物語の途中で主人公たちに裏切られ、ほぼ必ず処刑される運命を持っている。だから俺は、なるべく目立たずに主人公たちとは関わりを避けて、自領で大人しく生き延びたいと決意する。
そのため自らが領主を務める小さな領地で、スローライフを目指しながら領地経営に挑戦。魔物や隣国の侵略、経済危機などに苦しむ領地を改革し、独自のテクノロジーや知識を駆使して見事発展させる。
だが、この時の俺は知らなかった。スローライフを目指しすぎて、その手腕が次第に注目され、物語の主要キャラクターたちや敵対する勢力が、再び俺を狙ってくることを。
これはスローライフを目指すお人好しな悪役領主が、多くの困難や問題を解決しながら領地を発展させて、色んな人に認められていく物語。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~
櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。
転移ですか!? どうせなら、便利に楽させて! ~役立ち少女の異世界ライフ~
ままるり
ファンタジー
女子高生、美咲瑠璃(みさきるり)は、気がつくと泉の前にたたずんでいた。
あれ? 朝学校に行こうって玄関を出たはずなのに……。
現れた女神は言う。
「あなたは、異世界に飛んできました」
……え? 帰してください。私、勇者とか聖女とか興味ないですから……。
帰還の方法がないことを知り、女神に願う。
……分かりました。私はこの世界で生きていきます。
でも、戦いたくないからチカラとかいらない。
『どうせなら便利に楽させて!』
実はチートな自称普通の少女が、周りを幸せに、いや、巻き込みながら成長していく冒険ストーリー。
便利に生きるためなら自重しない。
令嬢の想いも、王女のわがままも、剣と魔法と、現代知識で無自覚に解決!!
「あなたのお役に立てましたか?」
「そうですわね。……でも、あなたやり過ぎですわ……」
※R15は保険です。
※小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる