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第二章『王都招聘と婚約』
50話 8歳児の失敗
しおりを挟む「さて、今回はお前を叱らねばならん。なぜだかわかるか? イント」
僕らは魔狼の群れを撃退した後、その死体を可能な限り集めて馬車に乗せ、シーゲンの街に到着した。
今は回収した魔狼の死体を売りに冒険者ギルドに来ており、その精算待ちの時間を利用して昼食の真っ最中である。
「わかりません。僕はそれなりに戦果をあげたはずです」
クソ親父は、マイナ先生と婚約する話をしていた時の上機嫌が何だったのかと思うほど、不機嫌になっていた。
「確かに、単独での討伐が7頭に、援護が8頭か。一頭は馬車に巻き込まれて売り物にならなかったが、まぁ8歳にしては悪くないな」
『8歳にしては』という部分にカチンとくる。だがグッとこらえた。
「今回のお前の失態はいくつかあるが、まず一つ目。任務の途中で、商人と別の契約したそうだな?」
確かに、銀貨20枚で魔狼の撃退を請け負った。
「それに何か問題が?」
イライラが声にでるが、構いはしない。
「問題が? だと? 大ありだよ。お前あの商人とあの場で契約する意味が分かってんのか?」
クソ親父の口調が急に荒くなる。子ども相手に大人げない事だ。険悪な雰囲気のせいで、冒険者ギルド中から視線が飛んでくる。
「食い殺されそうになっているのを助けただけで、契約はその報酬というだけですよ」
僕が答えると、鋭い視線で睨まれた。一瞬、斬られそうな気がして背筋が寒くなる。クソ親父がそれなりに短気なのは、アモン監査官の失言の件で明らかなので、怒らせると本当に斬られかねない。
「賢そうに何言ってんだ。あいつらが食い殺されそうになってたのは、自前の護衛をつけてなかったからだ。同行は許したが、護衛までは約束していない」
それぐらいは知っている。馬鹿にされているのだろうか?
「だからって見捨てるのはどうなんですか? ちゃんと追加報酬を取りましたよ」
あのまま行けば、犠牲者が出ていた。僕らがいる隊商から、犠牲者を出すなど、あってはならない事だ。
「それを許したら、どうなるかわかってんのか? 事前に金を払わず、襲われた時だけ金を払うってやつが増えちまうだろ。だいたい、『死の谷』からあれだけ離れた場所に、魔狼が集まってたのだって、『死の森』を舐めた商人たちが半端な護衛で塩漬け肉を運んだからだ!」
僕もこの街までの道すがら、横転して壊れた馬車が道の脇に転がっているのを見た。それも何台も。
当然馬車の持ち主は命か財産、もしくはその両方を失っている。つまり、僕らは今後村の発展に寄与したかもしれない商人を壊れた馬車の数だけ失っているのだ。
「そうだとしても、目の前の人を見捨てる理由にはならないよ! 塩漬け肉がちゃんと流通しないと、流行病は改善しないんでしょ!?」
必死に反論を試みる。今回の襲撃で討伐された魔物は百頭以上。そんな群れがうろついていたのでは、街道の安全は保障できないだろう。
「だったら何か? 甘ちゃんの商人を無償で護衛してやんのか? 俺たちは都合の良い駒じゃねえんだ! 自分のことぐらい自力で守りやがれ!」
クソ親父は僕の意見を受け入れない。
「じゃあ何でシーゲンの街の騎士団は街道の魔物狩りをするのさ? 商人を含めた往来の行き来を保障するためでしょ?」
「うるせぇ! ともかくお前は任務の途中で、当主である俺の意向を無視して契約を結んだ。言わば二重契約だ。うちからの報酬はない! 無くした矢とナイフも自力で買い直せ!」
「ちょ、それは横暴だ!」
激怒したクソ親父は、食べかけの食事をそのままに立ち上がると、肩を怒らせて去っていった。一緒に同席しているストリナは泣きそうで、義母さんは呆れた様子で僕を見ている。
「イント? あんたが言っていたのは貴族の論理で、ヴォイドもそれは理解してるの。でも、コンストラクタ領は魔物が多いから、甘い認識で来られると生きて帰れない。だから助ける優先順位をつけていたのだけど、あなたがタダ同然で助けてしまった。だから、みんなが見ている前で叱らないといけなかったのよ。あれは例外だって示すために」
義母さんが小声で説明してくれた。確かに、魔物が出てから護衛料を支払う、とか都合の良い事を言い出す商人が出ないとも限らない。それはわかる。
「でも僕、そんな説明は受けてないよ?」
「そうね。ヴォイドもまさか跡取りで、しかもまだ子どものイントが、狩人勢に混じって救援に行くとは思ってなかったんじゃないかしら。いつも戦うの嫌がってたし」
「え?」
衝撃的な言葉に、頭が真っ白になる。つまりあの時の指示は、僕に対してのものではなかったという事か。
僕は指示されてもいないのに、向いていない戦闘をしに行ったのか? しかも報酬は商人からの銀貨20枚だけで、失った武器は自腹で補充。
「えっと。ちなみに投げナイフとか矢って、一本いくらぐらいするの? あと、木に刺したらナイフの刃が欠けちゃったんだけど、研ぎに出したらいくらかかるかな?」
衝撃から抜け出せないまま、義母さんにお金を確認する。
「投げナイフは銀貨15枚前後じゃないかしら。矢は、うちで使ってる品質のもので、7本セットで銀貨2枚ぐらいでしょうね。もっと安いものもあるわ。研ぎは銀貨1枚ぐらいでしょうけど、自分で出来るようになりなさい。」
矢とかナイフとか、気楽に使い捨ててたけど、結構高いんだな。つまり現状復帰するだけで、銀貨18枚かかるということだ。
「利益は銀貨2枚かぁ。貯金への道は遠いなぁ」
銀貨2枚では、これまでの貯金と合わせても、マイナ先生を雇えない。
「あら、暗算できるのね。儲からないことを理解してくれて嬉しいわ。次はあんな派手で贅沢な戦い方しないで、地道にやりなさい。槍は剣より安いし使い捨てじゃないんだから、次は忘れちゃダメよ」
僕が落ち込むと、義母さんは飴と鞭を同時に繰り出して来た。
我が家は無駄にうるさい。訓練の時でさえ、無駄に剣を打ち合わせたら刃こぼれするとうるさいし、毛皮を傷物にする倒し方をしても怒られる。加えて矢や投げナイフを使い捨ててもダメらしい。
ただ、両親の言っている意味は、足し算と引き算が使えれば簡単に理解できる程度のものだった。
僕は戦うだけでも赤字ギリギリ。生きて行くにもお金が必要で、武器だけでは足りないから、今はその分赤字だ。いわばお荷物である。
お金が貯まらないのは、生きて行く力が足りないからだ。それはわかる。だがそれでも、何かが違う。何が違うかはわからないけど、何かが違うのだ。
「聞いてる? イント」
考え事をしていると、義母さんが念を押してくる。
「うん。わかった……」
戦い方一つとっても、損得があるのだ。損ばかりすると生活が出来なくなる。きっと領地の運営というのは、こういう事の積み重ねなのだろう。
「とりあえず、イントが助けた商人が来てるわよ。舐められたらヴォイドの機嫌が一段と悪くなるからね。今後に響かないように、きっちり片付けてきなさい」
義母さんが指した先には、見覚えのある太った商人と、供の御者が立っていた。商人はなぜか頭に包帯を巻いて、腕を布で吊っている。
先ほどの騒ぎを見ていたのか、二人とも顔色が少し悪い。
「あー。ついてきてくれたりとかは?」
急激に自信がなくなってきたので、義母さんに助けてもらおうかと思ったが、義母さんは笑顔で首を横に振った。
「だよねぇ」
クソ親父に真正面から対立したから、僕の肩を持ったらさらに機嫌が悪くなるのを警戒しているのだろう。
僕はため息を一つついて、席を立った。
それにしても、我が家はスパルタすぎないだろうか。剣術、槍術、弓術、神術、仙術あたりを教え込んでくるのは、地域的に将来できないと死にそうなので仕方ないとしても、実際に魔物狩りに連れて行って実戦させるのはどうかと思う。
昨日は国王から遣わされた監査官に色々説明しながら案内したし、今日も勘違いした僕が悪いとはいえ、魔物と戦って商人と直接報酬の話をしなければならない。
8歳って何だろう。貴族って何だろう。前世の常識だと考えられない。
そんな事を考えながら、もじもじしている商人が待つ食堂の入り口に辿りつく。
クソ親父は、商人が自前の護衛なしに僕たちの中に参加した事と、土壇場になって僕がそれを助けてしまった事に怒っていた。つまり、今後そういう常習者が出てしまう事を懸念しているわけだ。
ケチをつけてきたのは気に入らないけど、子どもだからと甘くみられるのも嫌だ。当主の判断である事は間違いないので、なんとかして再発を防がないといけない。
はてさてどうしたものか。
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