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大野小百合(3)
しおりを挟むしばらくして、俺は気が付いた。百合と小百合の両者が一緒にいることがないのだ。
どちらかがいると、どちらかがいない。
仕事の場合もあれば、遊びの場合もある。
でも、二人一緒という場面がないのだ。
この法則性を、俺はこっそり、『百合と小百合の法則』と呼ぶことにした。
そして、両者の容姿、趣味、嗜好それに話し方(関西弁)が極めて酷似していることにも気が付いた。
別の人間というには、似すぎている。
叔母と姪だから、似ているのだろうか?
そう思うが、それにしても似すぎている。
まるで、小百合が年をとって百合になったようだ。逆に、百合が若返って小百合になったとか。
まさかね。
こっそり祐樹に言うと、ネット小説の読み過ぎだと一笑された。
そんなこんなでグルグルするうちに、ゴールデンウイークが過ぎ、中間テストが始まった。
テスト期間中は柴山なんかへ行ってる余裕はない。
ひたすら、忘れたことを思い出し、思い出せたことで解答を求めるのだ。
人間は、忘れる生き物だ。俺が忘れっぽいからと言って、認知症だと批判されることはないだろう。
でも、記憶力が良ければ、もっと楽に生きてけるだろうに。
ないものねだりだ。
中間テストが終わったので、即行柴山へ出かけた。
留守番の小百合がいて、百合が東京へ出かけたと笑いながら事情を説明してくれた。
小百合によれば、井上の会社の編集長から、どうしても東京近郊に住んでほしいとの要望はあるのだという。
自然の中というなら、多摩とか伊豆とか、とにかく行き来しやすい場所に住んでほしいというのだ。
「でも、多摩とか伊豆の山の中って、絶対、こことあんまり変わらへんと思うんやけど」
百合は、性懲りもなくそう言ってるらしい。
ただ、東京へ呼ばれて、ホテルに缶詰めにされることが増えてるのだという。
高校二年の俺たちは、ことの成り行きに興味を持った。
井上どころかその上の人まで出て来て、百合と戦っているのだ。
がんばれ、百合!
「俊哉、片や海千山千の編集長、片や腹黒の大阪のおばちゃん。この勝負、勝つのは、どっちだと思う?」
祐樹が訊くので、頭を抱えた。
「お前な、あの人たちにとっちゃ、大問題なんだぞ」
「あの人たちって、どっちのことだ?」
うっ。そう来たか。
「井上と編集長に決まってる」
「百合さんにとっちゃ、大問題じゃないのか?」
「まあ、ほどほどの問題だろうな。あの人にとっちゃ、見世物にならなかったらそれで良いんだから」
「で、どっちに賭ける?」
「百合さんに500円」
確率2分の1だ。
丁半どっちって感じだ。どうせなら、好きな人に賭けたい。
「じゃあ、俺は、編集長に500円にしよう」
祐樹が乗って、賭けが成立した。
台所で食事の用意をしていた小百合が聞き耳を立てていたようだ。
突然、笑い声が聞こえた。
そんなに笑わなくても良いじゃないか。
パスタができたと呼びに来た小百合が、笑いながら俺たちに言った。
「ウチも編集長が勝つに500円や。
おばさん、あれで、案外優しいんや。
そやから、他人が自分のせいで苦労しとるって状況を申し訳なく思とるはずや」
「まさかあ」
「うっそ」
声がキッチリハモった。
小百合が、俺たちの声が揃ったのがおかしいと腹を抱えて笑ったので、俺たちは憮然としてパスタを飲み込んだ。
百合と小百合の違いは、百合がいろんな料理を作るのに、小百合はパスタをゆでてレトルトのソースであえる料理しか作れないってことだ。
いっぺんだけパスタ以外のものを作ったが、それはたこ焼きだった。
大阪の家には、もれなくたこ焼き機があって、大阪人はたこ焼きを作るのが上手なのだと言いながら、器用にたこ焼きを丸めていた。
百合の姪だけあって、粉もんが得意らしい。
そして、この日、もう一つの違いを見つけた。
小百合が笑い上戸だということだ。
全く、針が転げてもおかしい年頃の娘は困ったものだ。
何度か柴山へ通って、断片的に聞いた話を組み立てる――こちらに下心があるので、真正面から本人に訊けないのが辛いところだ――と、どうやら小百合は、高校を卒業後、親族一同の命を受けて、百合の世話をすべく柴山へ来たらしい。
事情が分かると、安心して好意を持つことができるようになった。
だって、いくら百合の姪だといっても、正体が分からない相手に恋なんかできるわけないじゃないか。
後に、クラスの女子に、
「やめておこうって思っても、してしまうのが恋というものなのよ。
松村くんみたいに相手の素性と立場を考えてから好きになるとかならないとか言ってるうちは、恋じゃないわ」って、バカにされた。
でも、祐樹も俺と同じようなものだった。
祐樹も小百合に好意を持っていることが分かると、俺は焦った。
俺たちは夏目漱石の『こころ』みたいに、友だち同士で一人の女性を愛してしまうのだろうか?
それは、困る。
祐樹に恋をする女子は多かった。
今まで何度もラブレターを預かった。
俺がラブレターを預かると、決まって祐樹は文句を言った。
祐樹は、女子が俺に手紙を預けるのは、俺に対して失礼だと言うのだ。
俺は別段気にならなかった。好きな相手じゃないし、お役に立てるなら、まあ、いっかってな調子で引き受けたのだ。女子が祐樹を好きになるのは、いつものことだし。
でも、今回は違った。
俺は小百合が気になっていた。気になって仕方がない。
側にいたいと思う。これが好きってことだろう。
祐樹も同じなのだ。
絶望的な展開だった。
今まで祐樹に勝てたことなんかない。
勝てるはずがないと思っていたし、勝とうと思ったこともない。
でも、このままずるずる流されたら、祐樹と小百合が上手く行って、俺一人『はみご』になる。
それが怖くて我慢できなくて限界を超えて爆発したら、下手すると小百合どころか祐樹まで失いかねない。
それだけは、嫌だ。絶対嫌だった。
崖っぷちに立たされた気分だった。
神さまって、いるんだろうか?
いるなら、もっと俺たちを公平に扱ってほしかった。
だって、そうだろ?
俺と祐樹は仲が良い。趣味も似ていりゃ、好みも似てる。
それなのに、容姿も成績も運動神経もそして女子の人気も全然違うのだ。
羨ましさを通り越して嫉妬した。
そういう思いを持つのが嫌で、自分を抑えた。
でも、そうやって自制する自分に偽善っぽいものを感じて、自己嫌悪になった。
どうすれば良いか分からなくて、グルグル悩んだ。
息苦しくて、祐樹の顔をまっすぐ見ることができない。
誰かに助けてほしくって、でも、こういう場合、誰が助けてくれるというんだろう?
散々悩んで、ふと気が付いた。
たった一人、俺の話を聞いてくれる人がいることを。
あの人なら、答えを教えてくれないまでも、俺の気持ちを楽にしてくれるような気がした。
今度会ったら、じっくり話を聞いてもらおう。
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