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最終章
2 魔女の終わり
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レンファとの思い出は、全部語り切れないほどたくさん増えた。
魔女の家で出会ったこと、手当てをしてくれたこと。僕をみて、何度も救ってくれたこと。
一緒にバタークッキーを食べるのが大好きで、作るのも大好きで――僕はうろ覚えで鈴ベリーのミルクジャムを作って、それを付けて食べるのも最高だったな。
川でクマみたいに魚とりをする方法は――セラス母さんが「はしたない」って怒るけど、僕らの末っ子まで引き継がれた。
今はもう魔女を求めてやってくる客なんてほとんど居ないけれど、秘薬のつくり方や材料の採り方だってしっかり受け継がれている。
レンファは街へ行くたびルピナと口喧嘩して、たまに手足まで出して一方的に痛めつけていたのが面白かった。
ルピナは僕らの結婚式に出席してくれたし、僕らだってルピナの結婚式をお祝いした。
結婚から3年後に相手の浮気が発覚して離婚した時には、子供たちを家に置いて、ルピナの家で3人集まって夜通し酒盛りしたっけな。
確か、あの時だけだよ。レンファとルピナが抱き合っているのを見たのは。
僕が贈った花の指輪を詰めてできた作品は、彼女にとっては宝物になったらしい。
蔵に押し込められたビンにホコリが被らないよう磨いて、日に当たると変色するのが嫌だからって、換気のために窓や扉を開け放ったら飛び蹴りされたこともある。
一度エルトベレが不注意でビンを割った時には、2週間くらい誰とも口を聞かなくなって本当に困ったよ。それでも指輪だけは欠かさず受け取ってくれるのが、なんだかおかしかったな。
花が大きすぎるだの、今詰めているビンにこの色は合わないだの、センスがないだの――指輪については、散々文句を言われた気がする。
文句を言いながら花が萎れるまで指に嵌めて、毎晩慎重にビンに詰めている姿が可愛かったから、平気だったけど。
「本当に、よく頑張ったね」
いつ死ぬか分からない。子供たちに母親の思い出を残しきれないかも知れないと思って、僕は何冊も日記を書いた。
例えレンファが居なくなっても思い出をしまっておけるように、いつでも引き出せるように。
だけど、最近の日記はとても人に見せられるものじゃない。書き殴ったような字は荒れているし、内容もあまり――楽しいものではないから。
「レンファ、約束だよ。本当はすぐにでも君のことを追いかけたいけど……10年ぐらいはこの家で、死なずに我慢するから。もしまた生まれ変わっちゃったら、僕のところへ還っておいで」
家族全員がグスグスと鼻を鳴らして、レンファのベッドを囲んでいる。正直なところ、本当にレンファの居ない世界で生きられるのかな? って思いはある。自信がない。
でも安心させてあげたいし、安らかなまま死なせてあげたい。
僕が笑えば、彼女の「アレクを残して死んでしまう」なんて罪悪感を少しでも薄れさせることができるだろうか? 〝待つ〟という約束以外で、どうすれば安心して死ねるだろうか。
レンファは安心して笑うどころか、大粒の涙を流した。
「10年も……待てない」
「待てない? ううん、僕は待つよ。だから平気だ、安心して――」
「違う……私が、待てない……10年もあの世で、1人きりにするんですか――?」
まるで悪夢にうなされるみたいに「寂しい」って泣かれて、僕は困った。
きっとレンファには「これで終わる」って確信があるんだろう。もう二度と生まれ変わらないし、呪いは解けていると確信しているんだ。
「でも、僕はもしもが怖いよ……僕が追いかけて本当に後悔しない? 僕はこっちで寂しく10年待つから、君も10年あっちで待つんだ」
レンファは何も答えずに、ただ泣いている。
そして、死にかけで意識が朦朧としているとは思えないような強い力で、僕の服の左胸辺りを握りしめた。
絶対に笑顔で見送ろうと決めていたのに、この力強さに振り回されることもなくなるのかと思うと、堪えきれなくて涙がこぼれた。
「これからもずっと大好きだよ、レンファ。ほんの少しだけお別れだ。今まで本当にありがとう、僕は幸せ者だね――」
言わないって決めていたはずが「でも本当は、行かないで欲しいな……」なんて、情けない声を出してしまう。
レンファは最期、薄っすらと笑った。
その顔は幸せそうで、安らかなものに見えた。だけど黒々としたキツネ目の奥に言い知れない何かを感じて、ハッとする。
「アレクが来てくれないなら……もういい、私が……絶対に――」
その言葉を最後に、愛しいキツネは動かなくなった。〝不老不死の魔女〟は最期、ただの女になって死んだ。
死んでも僕の胸元を握りしめて離さないレンファの手は、左だった。僕は漠然と、最期にひどく呪われたことを理解する。
――ああ。きっと、レンファと再会するのに10年もかからない。彼女は今に僕を迎えに来てしまうだろう。
魔女の執着と確かな愛情を感じて、心が満たされた。
僕は安心して生きよう。そして、レンファが迎えに来た時には抵抗せず受け入れよう。
まだ温かい魔女を抱き締めて、僕はほんの少しだけ「残される家族に悪いな」と思った。でも〝少しだけ〟の時点でたかが知れているよね。
結局、僕はいつだって自己中心的で、僕の魔女さえ居ればそれで良いんだ。そしてそれは、最期の最期まで僕しか見なかったレンファも同じだろう。
「待ってるよ、レンファ。おやすみ」
――終わりを迎えられたこと、本当におめでとう。だから、一日も早く僕を呪い殺してね。
魔女の家で出会ったこと、手当てをしてくれたこと。僕をみて、何度も救ってくれたこと。
一緒にバタークッキーを食べるのが大好きで、作るのも大好きで――僕はうろ覚えで鈴ベリーのミルクジャムを作って、それを付けて食べるのも最高だったな。
川でクマみたいに魚とりをする方法は――セラス母さんが「はしたない」って怒るけど、僕らの末っ子まで引き継がれた。
今はもう魔女を求めてやってくる客なんてほとんど居ないけれど、秘薬のつくり方や材料の採り方だってしっかり受け継がれている。
レンファは街へ行くたびルピナと口喧嘩して、たまに手足まで出して一方的に痛めつけていたのが面白かった。
ルピナは僕らの結婚式に出席してくれたし、僕らだってルピナの結婚式をお祝いした。
結婚から3年後に相手の浮気が発覚して離婚した時には、子供たちを家に置いて、ルピナの家で3人集まって夜通し酒盛りしたっけな。
確か、あの時だけだよ。レンファとルピナが抱き合っているのを見たのは。
僕が贈った花の指輪を詰めてできた作品は、彼女にとっては宝物になったらしい。
蔵に押し込められたビンにホコリが被らないよう磨いて、日に当たると変色するのが嫌だからって、換気のために窓や扉を開け放ったら飛び蹴りされたこともある。
一度エルトベレが不注意でビンを割った時には、2週間くらい誰とも口を聞かなくなって本当に困ったよ。それでも指輪だけは欠かさず受け取ってくれるのが、なんだかおかしかったな。
花が大きすぎるだの、今詰めているビンにこの色は合わないだの、センスがないだの――指輪については、散々文句を言われた気がする。
文句を言いながら花が萎れるまで指に嵌めて、毎晩慎重にビンに詰めている姿が可愛かったから、平気だったけど。
「本当に、よく頑張ったね」
いつ死ぬか分からない。子供たちに母親の思い出を残しきれないかも知れないと思って、僕は何冊も日記を書いた。
例えレンファが居なくなっても思い出をしまっておけるように、いつでも引き出せるように。
だけど、最近の日記はとても人に見せられるものじゃない。書き殴ったような字は荒れているし、内容もあまり――楽しいものではないから。
「レンファ、約束だよ。本当はすぐにでも君のことを追いかけたいけど……10年ぐらいはこの家で、死なずに我慢するから。もしまた生まれ変わっちゃったら、僕のところへ還っておいで」
家族全員がグスグスと鼻を鳴らして、レンファのベッドを囲んでいる。正直なところ、本当にレンファの居ない世界で生きられるのかな? って思いはある。自信がない。
でも安心させてあげたいし、安らかなまま死なせてあげたい。
僕が笑えば、彼女の「アレクを残して死んでしまう」なんて罪悪感を少しでも薄れさせることができるだろうか? 〝待つ〟という約束以外で、どうすれば安心して死ねるだろうか。
レンファは安心して笑うどころか、大粒の涙を流した。
「10年も……待てない」
「待てない? ううん、僕は待つよ。だから平気だ、安心して――」
「違う……私が、待てない……10年もあの世で、1人きりにするんですか――?」
まるで悪夢にうなされるみたいに「寂しい」って泣かれて、僕は困った。
きっとレンファには「これで終わる」って確信があるんだろう。もう二度と生まれ変わらないし、呪いは解けていると確信しているんだ。
「でも、僕はもしもが怖いよ……僕が追いかけて本当に後悔しない? 僕はこっちで寂しく10年待つから、君も10年あっちで待つんだ」
レンファは何も答えずに、ただ泣いている。
そして、死にかけで意識が朦朧としているとは思えないような強い力で、僕の服の左胸辺りを握りしめた。
絶対に笑顔で見送ろうと決めていたのに、この力強さに振り回されることもなくなるのかと思うと、堪えきれなくて涙がこぼれた。
「これからもずっと大好きだよ、レンファ。ほんの少しだけお別れだ。今まで本当にありがとう、僕は幸せ者だね――」
言わないって決めていたはずが「でも本当は、行かないで欲しいな……」なんて、情けない声を出してしまう。
レンファは最期、薄っすらと笑った。
その顔は幸せそうで、安らかなものに見えた。だけど黒々としたキツネ目の奥に言い知れない何かを感じて、ハッとする。
「アレクが来てくれないなら……もういい、私が……絶対に――」
その言葉を最後に、愛しいキツネは動かなくなった。〝不老不死の魔女〟は最期、ただの女になって死んだ。
死んでも僕の胸元を握りしめて離さないレンファの手は、左だった。僕は漠然と、最期にひどく呪われたことを理解する。
――ああ。きっと、レンファと再会するのに10年もかからない。彼女は今に僕を迎えに来てしまうだろう。
魔女の執着と確かな愛情を感じて、心が満たされた。
僕は安心して生きよう。そして、レンファが迎えに来た時には抵抗せず受け入れよう。
まだ温かい魔女を抱き締めて、僕はほんの少しだけ「残される家族に悪いな」と思った。でも〝少しだけ〟の時点でたかが知れているよね。
結局、僕はいつだって自己中心的で、僕の魔女さえ居ればそれで良いんだ。そしてそれは、最期の最期まで僕しか見なかったレンファも同じだろう。
「待ってるよ、レンファ。おやすみ」
――終わりを迎えられたこと、本当におめでとう。だから、一日も早く僕を呪い殺してね。
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